15


胃がキューってなるような、心許ない気持ちで、昨日最初に案内された部屋に、私は居た。視線を下げれば、殆んどチュールのふわふわしたピンクのスカート。
悲惨な状態になった部屋には使えず、結局この豪華絢爛な部屋に舞い戻った私を待ち受けていたのは、数名の女の人達。
服装がこれじゃマズいと言われ、なんでと理由を訊く間もなく、着替えと言う名のバトルが勃発。今回メイさんは居らず、部屋に送ってくれたオズは早々に女の人に追い出され、助けてくれる人は誰もいない。囲まれ、青ざめ、わあああと悲鳴を上げ、知らない女の人達に全裸を曝す1歩手間までいったりしてたから、時間は大分経っている。いや流石にパンツは下ろしちゃ駄目でしょお姉さんパンツは勘弁してくれお姉さん。

思い出して疲れた溜め息を吐く、と、トントン、扉がノックされた。どうして金縁なのだろう。どうしてノブが金なのだろう。どうして純金だなんてわざわざ言ってくれやがったのだろうお姉さんは。
そして無駄に煌びやかな部屋に対してだけ緊張していたのではなく、ノック音に大袈裟にびくんと反応したのは、これから偉いひとに会うからだ。


「失礼、入っても?」

「あっ、はい!」


緊張し過ぎて、返事をするのを忘れていた。少し開いたドアの隙間から、クロウさんが顔を出して、慌てて何度も頷く。


「今朝は、3代目が、失礼しました」


身体全てが部屋に入りきってから、クロウさんは胸に手を当て頭を下げた。3代目を強調して。
私はそれよりも何よりも緊張が勝っていたから、ぎこちなく立ち上がり、いえ、とだけ返すのがやっと。どれくらい緊張しているかというと、その「いえ」も、そのたった2文字も、声が裏返ったくらい緊張していた。ドンマイ私。


「それに、私も……」


歩み寄って来たクロウさんが、隣に並んで、右腕を差し出す。え? なに?


「配慮が足らず、貴女を危険な目に合わせてしまいました」


その腕と、クロウさんの顔を交互に見ていた私の手を、彼がそっと取る。


「申し訳ない」


まっ、眩しい………!
ぺかー、と美形オーラが彼から出ている気がして、まともに見られない。真摯な瞳をしていたかと思えば、取った手を自分の腕に載せて、にっこり笑う。だから眩しいって……!


「お許しくださいますか?」

「ゆっ、許すも何も! 私はそんな、偉くもなんともないので!」


王様が居る。お城がある。身分階級は、さっぱりだが存在していることくらい解る。私はきっと下方に位置するんだろうとも思う。
だから遜られると、動揺する。そんな事をされて、堂々と受け止めるだけの器量もない。てか苦しい。息苦しい。緊張は増すばかりだし、眩しいから上目で伺わないで欲しいし、つくづく自分が平凡だと思い知る。


「しかし、きちんとお許しいただくまでは、私は私を許せません……」

「わっ、わかっ、解りました! 解りましたから!」


勘弁してくれ、と心が悲鳴をあげる。イケメン耐性も、遜られる耐性も、私にはない。


「それは、お許しいただける、と解釈しても?」


ぶんぶん、思い切り頭を振って肯定を示す。と、また素晴らしい笑顔が返ってきた。溶ける……!


「では、参りましょうか」

「は、はひ……」


優しく手を引かれる。最早腰が砕ける寸前なんですけど。これからエロい、じゃない偉いひとに会うってのに、既に精神が悲鳴を上げているんですけど。ジェントルメェンが、ジェントルメェンが居るよお母さん……!


「男前って、疲れるんですね知らなかった……」

「はい?」

「何でもござーません……」


彼と部屋を出る。後ろに続く女の人達の、うっとりした視線を受けるこの人は、さぞおモテになるだろう。
イケメンは、離れ見てこそ、目の保養。恵心の俳句。


















面影
















ぽん。

と肩を叩かれて、文字通り飛び上がった。緊張し過ぎなのは今更だ。
私が悲鳴、つか奇声を上げてしまったからか、相手も驚いたらしい。派手なリアクションの後に振り向けば、目をまんまるくしたメイさんが、片手を上げたまま立っていた。


「あ、メイさん……」

「どうしたんだいあんたは」

「緊張、なさっているみたいですね」


くすくすと、小さな笑い声。恥ずかしくて頬が熱くなる。


「ああ、謁見かい」


そうなんです、と小さな声で返事をし、頂垂れる。必要だとしても、緊張するもんはする。


「ん? あれ、じゃあ3代目はなんで……先に行ってるのかい?」

「ええ」


きょろ、と辺りを見回したメイさんに、クロウさんが柔らかく笑う。後ろに控えていた女の人達が溜め息を吐く。気持ちは解るよ私もその位置がいいです混ぜて。


「そんなに緊張するもんでもないさ。気楽に行っといで」

「っごふぅ!?」


クロウさんのイケメンぶりに目を逸らして溶けるのを回避していた私を、どうやら緊張で俯いていると勘違いしたらしい。バシリと背中を叩かれ励まされた。むせた。


「っ、き、気楽にはちょっと」


ものすごく強い一撃だったけど励ましだと信じる。信じないとやってられない。
何とか返事をした私を、笑って、それからじゃあねと立ち去ろうとした。そのメイさんの服を、気付けば掴んでいた自分がいた。


「あっ、すいませ………!」


きょとんと振り返ったメイさんに、我に返って直ぐ手を離したが、肩越しにふっと笑われてしまった。眉を下げた彼女が、改めて身体ごと振り返る。


「可愛い事をする子だねぇ」


よしよし、と頭を撫でられて、恥ずかしいやら照れ臭いやらで俯く。


「ふふ、一緒に行ってやるから、元気出しな」


その言葉に、パッと顔を上げる。そしてハッとする。わ、解り易過ぎやしないか私よ………!


「す、すいません」

「いいんだよ。クロウ、代わんな。あんたじゃ役不足だ」

「えっ、」


何を言いだす……!
そんな角が立つような言い方したら、うわっ、クロウさんの笑みが、笑みが険しくなっ、てか険しい笑みってなに! 器用か!


「……………………」

「はっは! あんたそれ鏡で見てみた方がいいよ」

「メイさんんんん!」


止めて怖い私が怖い!
クロウさんの周りだけが暗くなったような気がして、あわあわと取り乱す私の手を取って腕に絡ませると、メイさんはさっさと歩き出した。


「クロウはありゃ、無自覚だね。あんたやるねぇ」

「何を!? 私何にもしてませんよ!?」


どう見てもクロウさんの機嫌を悪くしたのはメイさんだ。私のせいにしないでください私悪くない。
むっつり、黙り込んだクロウさんが後に続くも、私に振り返る勇気はない。



「3代目もまだまだ時間が掛かりそうだが、あんたがいりゃあ、嫌でも芽を出すだろうしね」

「め?」

「まあ、あたしに言わせりゃ、どっちも青いのさ」

「青い?」


解らないそれをおうむ返しする間抜けな私を振り返らず、メイさんはカラカラと笑った。彼女の腕に引かれる、自分の手があったかい。


「あんたはまだまだ遠そうだね。青いと言うより、実もつけてない」

「……えと、なんか、ダメ出しされてます?」


いんや、と存外優しい声で否定して、彼女が振り返った。


「愉快だよ」

「何が!?」


びくりとした私に、メイさんはまたカラカラ笑ってみせた。


「なんだか、娘が出来たみたい」


そして、柔らかく細めた瞳に見下ろされた。どきりと心臓が鳴る。
口を開いたけれど、何を言えばいいか解らなくて、また閉じた。視線が落ちる。私の手を、しっかり支える、彼女の腕。
ちょっと、泣きそうだ。
お母さん、とは似ても似つかないのに。


「えへ」


顔を上げて、へらりと笑う。
メイさんは柔らかい笑みを残し流すように、顔を前に戻した。

お母さん、みたい。

思ったそれは、じんわり、私の心に染みた。





















(擦り切れる心)
(細く、痩せていく中で)
(向けられる優しい笑顔は)
(真綿のようだった)



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