14


座ったソファーの上。から、立ち上がる気力が湧かない。
必死だった私は見ていないけれど、オズはどうやらドアを吹っ飛ばしたらしい。
バタバタと人が出入りを繰り返す観音開きのそこは、半分丸々無く、半分は傾いている。部屋も嵐が通り過ぎた状態で、私が座るソファーだって、これ最初ひっくり返ってたからね。
だからもうなんだか呆然とするしかなくて、ソファーから動けないのだ。


「こりゃあれだ、部屋を替えなきゃなんないねっ」

「ソウデスね……」

「メ、メグミは着替えもまだだろ。足も診て貰わなきゃなんないし、ねえ?」

「ソーデスネ……」

「…………あっ、なんか、あったかいもんでも飲むかい?」

「メイさん………」

「なっ、なんだい?」


何でも言って何でも……!
という顔をしたメイさんを、ゆっくり見上げる。


「これは………普通、なんです、ね?」


部屋を片付ける人達。皆けろりとしていて。さっき小耳に挟んだのは、今月何回目だっけ、とかで。
笑って誤魔化そうとしたであろうメイさんの、ひくつく笑顔に、確信を得た。
キャプテンもとい、破壊魔王もとい、部屋をこんなにした張本人は、私に構っている間にそそくさと逃げたらしいクロウさんを追い掛けてどっか行った。どっちも私を放って、どっか行った。殺意が湧くよコンチクショウ。


「………で、でも3代目も悪気があった訳じゃ! 若いからね! つい周りを見失っちまう事もあるさ!」

「若いから……」

「そう! 若いから!」


ボソッと本音が出たのは、致し方ないと思います。


「は………若けりゃ何でも許されんのか」

あたしが悪かったよおおおお!


だからそんな目をしないでおくれそんな死んだような目を!
と泣き付かれてしまったとしても。致し方ない。うん。ほら、私も若いしね。













積み木が3つ

















寝間着のままウロウロする訳にはいかないので、隣の部屋で着替えた。その際、ずらりと並んだ洋服達は、どれもやたらフリフリキラキラしていて、何処のパーティーに出席ですかコノヤロウと頭痛を催させた。
しかしニコニコ顔の女の人達にそんな暴言は吐けず、制服はと聞けば洗濯中だし、頭を悩ませる私だったが、そこにたまたま通り掛かった少年が。
あれ! あれとおんなじのが着たいです!
そう嬉々として叫んだ私は、女の人達に小さな悲鳴と共に後退りされ、あれこれどっかで見たぞと既視感を覚える。うん、昨日もやりましたね。
快活なメイさんが、ご令嬢もたまには変わった物をお召しになりたいんだよねと味方してくれたから良かったけれど、未だにお嬢さま設定には慣れそうにない。
因みにメイさんは、多分今回限りの味方だと思われる。命を危険にさらされた私を気遣って、今回だけは好きにさせてやろうという。
それだけ私が憔悴してたとも言う。

まあともかく、だ。
カーゴパンツとTシャツのような作業着スタイルを得た私は、今は静かな部屋で足を診て貰っている。
小さな丸眼鏡の奥で、優しそうな瞳が此方を向いた。


「うん、良好だね」

「じゃあ、これもうしなくてもいいですか?」


声に喜色が混じっているのを見抜かれたのだろう。皺を深くさせたおじいさんが、笑って頷いてくれた。


「無茶はいかんが、これなら安静にしとりゃ、明日にゃ治るだろうて」


すっかり瘡蓋になった傷を見ながら、おじいさんの薬すごいですねえと感心した声を上げると、嬉しそうに笑ってくれた。それから、ところで、と不意に視線を上げる。


「ありゃあ、放っておいていいのかい?」

「ああ……あれですか」


お医者さまのおじいさんの視線の先。私の背後。
私が振り返れば、ささっと引き戸の影に隠れた。何故隠れる。


「私にも、どうしたらいいのか解らなくて……」


頭にオレンジを掲げているその人は、私が見ると隠れる、の繰り返し。
足の治療に部屋を出た辺りから、妙な視線を感じて、振り返れば、オズがいて、う、と一瞬固まり、何故か慌てだし、そして隠れた。それがずっと続いている。
余りの慌てぶりに、近付くのが躊躇われ、正直どう反応したらいいのか解らない。と言うか最早何がしたいのか解らない。
花瓶なのか壺なのか、廊下にあったでかい陶器のそれを頭から被られた時には流石に、近寄り難いと言うより、近寄りたくなくなった。
弱った笑みを浮かべた私に、おじいさんも困った顔で笑う。


「3代目も困ったもんだ。子どもの頃を思い出すよ」

「オズの子どもの頃、ですか?」


再び私の背後に目をやって、おじいさんは優しく目を細める。


「喧嘩しちゃあ、ああやって物陰から顔を覗かせていた」

「喧嘩って……」


誰と?
首を傾げると、おじいさんは小さく笑った。


「3代目の兄弟みたいなもんでな、仲が良いのか悪いのか、しょっちゅう喧嘩しとった。謝るに謝れんでな。そりゃ可笑しかったよ」


そうそう、クロウとも昔はよくぶつかったもんだよ。
可笑しそうにそう付け足して、おじいさんは薬箱を閉じた。
クロウさんと、って事は、その兄弟みたいな人とは又別って事だよね。オズの子どもの頃かぁ。

あれ?

ふと思う。謝るに謝れない、とおじいさんは言った。謝る。………心当たりはあり過ぎた。もしかして、謝ろうと、して、る?


「変わらんのう」


私がそんな疑問を抱いている間にも、おじいさんは古びて所々黒ずんだ薬箱を、優しく擦るように撫でながら微笑んでいる。
懐かしいのかな。


「情けない所もあるが、お嬢さん、3代目をよろしくなあ」

「あ、はい……………はい?」


きゅ、と突然手を握られ、戸惑う。
え、なに、何故手を握る、よろしくって………なに? どういう意味? 何をよろしくしたら、って待て待て頷くな何を勝手に満足しているかよろしくって何よ!


「しっかし、あのやんちゃだった3代目が、痴話喧嘩とはなあ」

何の話だか詳しく


ち、痴話喧嘩!? え、オズと私の間に痴情なんかないよ!?
訳が解らない私に、おじいさんは何度も頷くだけで、答えてはくれないっておいいい! なに! 自分の知らぬところで何かが勝手に進んでいるこの感じ!


「おおおじいさ、何かおかし、勘違い! そう何か勘違いされてませんか!?」

「勘違い?」


焦る私をきょとんと見下ろして、じゃあ喧嘩はしとらんのか? と首を傾げる。


「あ、はい、喧嘩なんてしてませ、いや違くて! 喧嘩はしてませんけど! そっちじゃなく!」

「? ……まあ、なんにせよ、仲良くな」

「いやだから……………ええ、はい、そうですね……」


朗らかに悪気なく微笑まれては、口を噤むしかなった。因みに、試しに振り返ってみたが、ビクッと震えまた隠れたオレンジさんは全く頼りになりそうになかった。だれか、私に説明を。


「あの、じゃあ、私失礼します………」

「ああ、お大事になあ」


此処は諦めて後でメイさんに訊こう、とサンダルに足を通し立ち上がる。
部屋を出て頭を下げ、引き戸を閉めた。


「…………はあ」


閉めた扉に向かって息を吐く。私が部屋を出た時点で、オズの姿は消えていた。しかし多分居る。見えないけどおそらく居る。もう本当にどうしたらいいのよ。溜め息出るよそりゃ。


「オズー……」


カタッ、と小さな物音が、後ろの方でした。引き戸の前から振り向くと、続く廊下の左右に部屋が転々と並んでいる。ドアがあるものから、無いものまで。
一番近くの部屋は扉がない。組んだ石が四角く囲むそこを、覗いてみた。


「暖炉、いや釜戸、かな……?」


見た事はないが、煉瓦で組まれた石釜戸だろう。煉瓦の凹凸が出来たいびつな穴には、火が焚かれた後がある。台になったその上には、はめ込み式の鍋が2つ、並んでいた。木で出来た鍋蓋が乗っている。
だが料理をしたような匂いは全くせず、今居た医療室と同じ匂いがした。部屋の隅に、植物で編まれた大きめの籠が幾つかあり、そこに乾燥させたっぽい草が積まれている辺り、釜戸があってもきっと厨房ではない。
右手に釜戸。左手奥に草の籠。正面に四角く切り取られた窓。
そして、頭を部屋に入れなければ見えない右手前の壁。背中を寄り添うようにさせて、そこに彼は居た。


「………………あの」


顔を逸らしたままの彼が、肩を揺らす。何をそんなに怯えているのか。体格差のあり過ぎる彼が、私なんかに何を怖がるのか。


「何か用が、あるんですか?」


……………無視かい。

暫く待ってみたものの、声は愚か顔さえ向けて貰えず、ちょっと凹む。謝ろうとしてくれたんじゃ、ないのかな……。でも違うなら、何なんだろ。少し逡巡し、1つの可能性に気が付く。もしかして。


「あの、私、解らないことばっかりで……だから、失礼があったなら……あの、ごめんなさい」


行動から察するに、私に何かを伝えたいのだと思う。ただ、それはとても言い出しにくいことで、だから彼は言い淀んでいる。それらから導き出した可能性。私が何かをやらかした。って可能性だ。
知らず、何か間違いを犯していたとしてもおかしくない。私ここの知識ゼロだからね。そしてそう思ったら、途端にそれしかないように思える。優しいからな、この人。いやはや、気を使わせてしまった。申し訳ない。
すっかり気落ちして、顔を引っ込める。それから、ゆっくり歩き出した。
うーん、学んだ方がいいなこりゃ。メイさんに頼んだら教えてくれるかな。他人に頼らなきゃどうにもなんないのは釈だけど、常識を知らないままにして人に迷惑かけたくないし。
とか思って頭を掻いていた、ら。


「メグミ!」

「わっ、え、あ、オズ」


後ろから大きな声で呼び止められた。声にはちょっと驚いたが、振り返ればオズが廊下に仁王立ちしていて、その表情を視界が捉えた瞬間、びくりと震える。
眉間に縦皺、鋭く光る眼光、軽く噛んだ唇。率直に言って怖い顔。怒っている。頭に浮かんだ。なんか知らんけど怒ってる。次に脳が急速に原因を探り出し、焦りか恐怖か、鼓動が早まる。
なんだ、何故怒っている。怒らせた。何故。何か言ったか。謝っただけだ。あやまっ………、


「………も、もしかして謝り方も違ってたり、とか?」


やべぇ。だとしたらやべぇ。血の気が引くのが解る。迂闊に発言さえ出来ないよなんてこったジーザス……!


「い、いやあの、すすすみませ」
「悪かったっ!」
「わあ! ごめん、な、さ……い?」


飛び上がり、思わず両手を脇に縮こまらせて謝罪を口に、そして途中で止まる。

正面に見えるのは、オレンジ色の頭。後ろへ流されていた髪が、ハラリと落ちる。
きっちり腰を折ったのは、私ではなく彼だった。


「へ?」

「ごめん………! 俺、すぐ周りが見えなくなって、ああ、違う違う、俺、だから、っ、本当にごめんっ」


ああ、どうしよう。
さっき、確かに、人生最大の災難にあった。ふざけんな死ぬとこだと思った。オレンジ残らず引っこ抜くぞこらとかも思った。
でも、でも、


「どんな罰でも受けっから、好きに殴ってくれてもいいし」


こんな誠意を見せられて。


「気の済むようにしてくれ」

「………じゃあ」

「ああ」


許せない筈がない。


「オズのお家に泊めてください」

「解った! ……………は?」


お城もう限界で、と失礼な本音を言えば、頭を上げたオズがポカンとしたまま、また「は?」と漏らした。



















(貴方は愛されている)
(町の皆に、お城の皆に)
(その理由が)
(解る気がする)


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