13



「ど、どうしてこんな所で寝ていらっしゃるのかしら………」

「解らないわ……遠い異国の方らしいから、これが風習なのかも……」

「床で寝るのが?」

「だ、だから解らないわよ私だって!」

「ちょっ、しー!」

「ん………」


はっと息を飲んだ数人の侍女は、足元で小さく身動ぎした少女を、じっと見つめる。


「「「………………」」」


息を止めて見守っていたが、まるで栗鼠のように丸まって床で眠る少女が、またスヤスヤと寝息を立て始めたのを見て、ほっと肩を撫で下ろした。


「良かった……気持ち良さそうに寝ていらっしゃるもの、邪魔したくないわ」

「でも、このままではお身体が冷えてしまいますわ」

「どうしましょう……」


ふー、と溜め息を吐き、揃いに困って首を傾げた侍女達。
解決案は出そうにない。と思われたが。


「あ、ねぇ、3代目を呼んだらどうかしら」

「ええ……? いいのかしらそんな………そりゃあ、3代目のいい人なら、お部屋に呼ぶのは問題ないかもしれないけど、寝ていらっしゃるし………そんな、いけないわよう」

「顔がにやけてるわよユラ」


そうは言っても、突っ込んだ方も口元を緩ませている。
結局、提案者も、突っ込まれた方も、突っ込んだ方も、皆同じように口元を緩ませて、部屋を出て行った。

その事を、彼女は知らない。


「んご………あき、ら、死ね………」


全然、まったく、知らないのである。
















嵐は目覚めと共に














瞼を射す、眩しさに、目を覚まして。
ぼんやり、朝か、なんて思って。
ぶるり、と身体が震えて。
もうすぐ夏本番なのに、なんでこんなに涼しいのか、とは流石に寝起きの頭じゃ考えなくて。
布団布団、と薄手の夏掛け布団を手探りで探して。


「ん………んー?」


手に、腕に、触れる感触が、まるで動物を撫でているかのようで。あれ、と疑問が湧いて、更に寝返り打ってしても布団も見付からないから、仕方なくちょっと瞼を開けた。


「……………どこ」


目に映ったのは、知らない天井だった。眉が寄る。暫くそのまま停止。
そしてはっと目を見開いて、がっくり溜め息を吐いた。


「あのまま寝たのかあ………」


いやしかしまさか2回も、夢じゃない事にがっかりするとは思わなかった。これ、明日とか明後日とかも繰り返すんじゃないか。


「明日、か」


昨夜の月はすっかり消えて、眩しい光の射し込む窓を見上げる。いつまで、だろう。何度、朝を迎えるだろうか。


「朝からなんて悲しいんだ……いらない。そんな悲観いらない」


そんな悲しい目覚めは欲しくありませんよ。朝なんだから元気に目覚めたいよ。ううん、しっかし部屋素敵だなこれ。


「うしっ、恵起きます!」


くよくよしないのが私のいいところ。復活、とばかりに身を起こす。んー、と思い切り伸びをして。


「だっ、わああああ!」
「ほぎゃああああ!?」


バターン! と部屋の扉が勢い良く開いた。ついでに叫び声と共に何か塊が飛び込んできた。
びくーっ! と身体を揺らし、私は両手を上げたまま固まった。更に扉が閉まるのも見た。


「ちょ、おい! お前ら何考えて、開けろこら!」

「…………オズ?」


閉まった扉を叩くのは、昨日出会った、一度見たら忘れなさそうなオレンジ頭。
思わず漏らした声に、ぎくっと肩を揺らして、扉を叩く手を止めた。


「………………………」


そして動かない。


「オズ?」

「ぅはいっ!」

「わっ」


お、おお……びっくりした。動かないからもう一度声を掛けてみたのだが、もの凄くいい返事が返って来て、私がちょっとびくっとしてしまった。ぴしりと姿勢を正した彼は、未だ扉と向き合っている。


「ちちち違うんだ、俺は連れて来られただけで、つか寝てたんだ、さっきまで寝てたんだ気が付いたら扉の前に居て」

「うん、あの、怖いからこっち向いて話してくれませんか」


ドアとキスでもしそうなぐらい近くで、ぶつぶつと言われても、ただ怖いだけだ。あれ、この人こんな人だったっけ?


「やっ、す、すぐ出て行くし!」

「もっとこう、堂々としてたような……隊長、キャプテン……そんな感じだったよね………?」

「あけ、開けろばか!」


ドアのノブが、がっちゃんがっちゃん鳴って、我に返る。いかん、思考に沈みかけていた。


「オズ……あの、落ち着い」
「あーけーろー! まじで! いい加減にしろ!」

「いやドア壊れる……! ちょ、オズ、ドアが、」


そんな取っ手をガチャガチャしたら取っ手取れる……!


「ちっ、開けねえと蹴り壊すぞこらぁああああ!」
「ぎゃー! 破壊活動反対!」


物騒! なにこの人物騒!
彼の足に蹴り上げられて、ギシギシと軋む部屋の扉。
言う前にもう蹴ってるじゃん。もう扉壊れそうじゃん。
昨日のキャプテンは幻だったんじゃないか、と思う程に乱暴なオズに、逃げ場はないかと探して、はっ、出口にいるわ破壊魔王みたいのが! と絶望感を味わう事になった。


「どっ、どうしよう、ベランダ、うわ広っ、ベランダじゃないこれバルコニーとか言うやつだよああああ鍵が! 開かん……!」

「てめ、そこに居るなクロウ……扉ごとぶっ殺すぞ」

「テッ、テーブルの下に……! 駄目だ高そうだから近付くのが怖い!」

「いいか? 最後だからな? あ、け、ろ」

「はっ! そうだベッド、も右に同じいいい! てか部屋中高そうな物ばっかりで肩身が狭い!」

「っおーし、いい度胸だ……精霊よ、風の精霊よ。契約の元に、我が前に姿を……」

「早くっ、ほんとに早く帰してくださいもう頼むからああああ!」

「現さん!」


ごっ、と急にそれは私を襲った。飛び散った髪。はためく服。
ウロウロ、オロオロしていた私は、何故か結局元の場所に居たのだけれど、突然強風に煽られて、動きを止めた。
そろ、と後ろを振り返る。


「ひい!」

「ぶっ、殺す……!」


だぁれかあああああ!
部屋が! 地獄に!
可愛い可愛いと思っていた筈の精霊も、巻き起こされる風力のせいで凶器にしか見えない。壁に掛けられた小さな絵画達は見事に吹っ飛び、大きな姿見の鏡さえ、上のネジ1つを残してバッタンバッタン暴れている。ローテーブルの上の銀の水差し、銀の皿と盛られていたリンゴとブドウ、それらはとっくにテーブルごと部屋中を自由に飛び回っているし、ソファーもあっちへずれ、こっちへずれしてわあああこっちきた!


「ひいいい部屋の中で嵐! 部屋の中の嵐で死ぬ!」


目を瞑ると何が飛んで来るか解らない為、両腕で顔を覆って、薄目で危険を回避する。いや実際は回避出来てないですけど。立ってるのが精一杯ですけど。


「吹っ飛べ!」

「ぎ、ぶあっ!?」


身体が浮く、どころじゃない。魔王の声に従順に、吹っ飛んだ。と同時に、ガタガタ煩かった窓が開いた。
で、どうなったかだが。


「あばばばばば……!」


咄嗟に掴んだカーテンが、ぶち、ぶち、と嫌な音を立てているのが、聞こえる。
実際はゴウゴウと耳を唸らす風のせいで、聞こえはしないんだろうけれど、手から伝わる感触が、聞こえると錯覚させた。此処が地上何階か、考えたくもないが、そう、私は外に吹き飛ばされる1歩手前。
もう誰でもいい。この際非現実的な角の生えた馬でもいい。誰か私を助けて。


「だ、だれ、かっ、おっ、オズゥウウウ!」


頼むから! 魔王さんよ! 私に気付け死ぬ!
隣を通り過ぎて行った水差し、皿、テーブル、にゾッとして力一杯叫ぶ。てかテーブルが、テーブルって……!


「おう、クロウ。無事か。次はてめぇだな」

「っ、本当にやるとは、貴方はなんて無茶を……て、わあああ3代目っ! 後ろ! 後ろ!」

「そんな古い手で誤魔化そうったってそうは……」
「いいから後ろ! 後ろ見てくださ、あああ危なっ!」

「……に、逃げんなよ?」

「そんな事言ってる場合じゃないんですって!」


カーテンが悲鳴を上げているような気がする。ず、と手が滑り、もう駄目かも、と諦めが過った。


「っ………は、れ………?」


その時だった。身体を煽り続けていた風が、ふ、と止んだ。髪が重力を受けて落ちる。勿論私の身体も落ちる。


「はぅ!」


バルコニーに落ちる。
痛い……痛いよお母さん……これが生きる痛みなのね……。

って。


「そんなわけ、あるか……ぐふ」


異世界2日目を迎えた朝。

私は死線を彷徨いました。


















(メグミっ!)
(オズ……私は、もう……)
(しっ、しっかりしろ!)
(う、オズ、貴方を……)
(大丈夫だ、今医者に……)
(貴方を、一生……許さない)
(え)



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