12


今回だけは、という条件で、自分で着替えをし、ベッドに横にならせて貰っている。
床に就いている時は、部屋の外に護衛が立つのみで、やっと1人の時間を得られた。
しかしまあ。


「今回だけて…………」


次回が恐ろしい。私の事はもうほっといてと思わず言いたくなる位、疲れた。
毛布で見えない自分の足をチラリと見やって、寝返りを打った。熱を持っているのか、じんじんと鈍い痛みが続いている。足は既に筋肉痛。腕も、肩も、疲れと言う重りが、全身をずっしりと覆っていた。


「お腹、空いた」


しかし身体が重い。横になってしまったら、一層、重くなった。空腹でも、動きたくない。相当疲れていたんだなあ、なんて、どこか他人事のように思った。
すっかり暗くなってしまった外。引かれたカーテンの向こう側は見えない。ベッド横のチェスト上に、時計らしき物があったが、頭を上げる気力もなくて、ゆっくり瞼を閉じた。
考える事が沢山ある。沢山、沢山ある、のに、脳ミソまで疲れて働かない。
眠気の波が押し寄せる。

考えなきゃ、考え、なくちゃ。
私は、何をしたらいい。白い、馬。せいれい、かみ、さま………ゆう、ひいろ。










―――………



“互いに作用し合う”

ふ、と意識が戻って、思ったのがそれだった。
強く印象に残るそれが、何だか解らなくて、ぼんやりとそれだけを頭で繰り返していた。

互いに作用する、互いに作用する、互いにって何と何にだよ。
そこまで考えてやっと、私いつの間にか寝てたのか、と気が付いた。じゃあ何か夢でも見てたんだろうな。映像全く残ってないけど。


「ふ、あー……んー」


欠伸が漏れて、そのまま伸びをして、うっすら瞼を開ける。部屋が暗い。
横向きのまま、もぞもぞと緩慢な動きで、目覚まし時計を掴むべく手を伸ばした。あれ、何処だ。寝呆けて落としたかな……えーと、あ、あれ?

自分のベッドは、手を伸ばせば床に触れる。しかしベッドの下へと伸ばされた手は空を切るばかり。すかすか、まるで手応えがない。


「んんん?」


なんだ、何かおかしい。私のベッドって、こんな柔らかかったっけ。床は一体……あ、着い、


「もあ!」


ズルッと滑る自分の身体。顔から落ちて、胸と顎を強打。い、痛い………。
しかしおかげで目が覚めた。うん、まずベッドに足を残した間抜けな格好から脱却しようか。
改めて床に座り、僅かに光の漏れている方へと顔を向ける。目が慣れてきていた。


「……………あ」


なんだあのでかいカーテ………と最後まで思わずに、此処が自分の部屋でないと認識した。認識しちまったなんてこったい。


「夢なら良かったと思うんだろうって? ああ思うね全力で」


いいじゃん夢オチ期待したって。他人事だったら何とでも言えるさ。私誰と会話してんだこれ。


「何だっけ………フォ、フォー………フォックス? …………北の国か」


ぼそりと自分に突っ込んでから、はー、と息を吐く。
北の国なわけがない。寧ろ北の国ならどんなに良かったか。城だよ城。信じらんない城に泊まっちまったよ。


「足ダルいー……」


はしたなくも、立ち上がる気力がない為、這って窓辺に移動する。
僅かに開いた隙間から、青白い光が漏れていて、縦長の窓の下までくれば、黒い夜空に月が浮いているのが見えた。少し欠けた、白い月。
変な色形してたり、2つあったりしたらどうしようかと思ったが、此処から見える月も、私の居た世界と変わらないらしい。
寝たのが早過ぎたのか、まだ夜とか………。


「寝れないよね、もう」


再び溜め息を吐いて、それから、くそ、と小さく悪態吐いた。
眠れない。お母さんの顔が浮かんだ。そしたら、お父さんの顔も浮かんで。


「違う違う」


頭を振って追い出す。
帰りたい。
会いたい。
それは放っておくと私の中に破裂しそうな位、いっぱいに膨らんでしまうから。


「他に考えなきゃいけないこと、あるじゃない。帰りたいなら、考えなくちゃ」


やるべき事をやらなくちゃ。欲しいものがあるのなら、努力しなければ。
何もしないで手に入れられるほど、世の中甘くはない。


「落ち込んでる暇ないんだから」


自分に言い聞かせる。ぺたりとお尻をつけて座り込んだまま、見上げる月はぼやけているから、大した効き目はないけれど。
手の甲に、ぽた、と小さな重量を感じたから、全然効き目はないけれど。


「うー、生きててばんざいー」


情けない声で、ちっとも万歳なんてらしくない声で、両手を上げた。
優しい月明かり。全部は照らしきれない淡い光。
なんとかなるよ。
頑張れ私。
夜がちょっぴり、センチにしただけだから。
明日からまた、頑張れるよ。
馬鹿みたいなお土産話、沢山持って帰ったら。
家族に笑われながら、私も笑えるよ。

だから、だから、


「おうちに帰りだいいー……」


今は、弱音を許して。

情けない姿が、夜に紛れてしまう今だけは。




















花の色は















メグミ・キサラギについて、出来るだけ多くの情報を持ってこい。

余りにも大雑把なくくりで言い渡された命令に、黒服の男達は一度戸惑いを見せたものの、目の前の男に鋭い視線を向けられて、黙って部屋を後にした。

それから、命を下した方の男は、ひとり別の場所へ向かう。
王の寝室の真下にあたる、滅多に使われる事のない客室。一応客室とされてはいるが、よほど信用足る者でなければ、まず此処は利用させない。
何年も使われていないその部屋の前、今夜その部屋を埋めたひとりの客人を思って、男は小さく眉を寄せた。
扉の前に立つ2人の鎧兵士に、目配せして下がらせると、そっと耳を澄ます。

中は静かだ。大人しく寝ているか、と彼が息を吐こうとした時だった。


「!」


どた、と鈍い物音がし、男は神経に緊張を巡らせた。
扉に耳を寄せたが、その後音はしない。しかし小さな声を拾い上げた。


「…………………」


まさかな、と彼は思った。
しかしそれを思う事自体、彼にはあり得ない事で、そう思った自分に少々戸惑う。自分にまさかはない。ありとあらゆる事態を想定するのが、自分であり、役目でもある。

緩く息を吐き、余計な考えを振り払うと、男はゆっくり、慎重に扉を開けた。黒い片目だけが、細く長い隙間から中を伺う。


「寝れないよね、もう」


暗い部屋で、窓の下に座り込み、何かを呟く後ろ姿があった。
ひとりきりの黒い瞳が、細くなる。


「違う違う」


緩く頭を振る、小さな後頭部をじっと見つめても、何をしているのか、実際解らないというのが本音だった。そして注意深く後ろ姿を見ているうち、男は彼女の肩が震えているのに気が付く。
彼の中で、はっと何かが瞬いた。


「帰りたいなら、考えなくちゃ」


出そうになった声を、手で押さえる。


「落ち込んでる暇ないんだから」


鈴の転がるような彼女の声が、震えている。


「うー、生きててばんざいー」


やがて嗚咽が漏れて。


「おうちに帰りだいいー……」


そして男はゆっくり手を下げた。静かに扉が閉まる。

ゆっくり、吐き出される息。


「………いいんだよ、お前はそれで」

「っ! さっ………」


いつから居たのか、廊下に立っていた別の男に、彼は愕然とした。


「3代、目………」

「いいんだクロウ。お前がやってる事は、間違ってない」


泣きたくなった。
彼、クロウは、誰に誉められたい訳でも、誰に認めてもらいたい訳でもない。
けれど――


「お前が守ってくれるから、風の王は安心して眠れるし、俺は遊んでいられんだ」


だから、お前は間違ってねぇ。
と、微笑む彼に、クロウは泣きたくなった。


























(伝説が伝説でなくなった日)
(それぞれの胸中を抱え)
(今日が過ぎて行く)
(さて)
(変わったものは何か)
(変わらないものは何か)


21/55
<< >>
back
しおり
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -