今回だけは、という条件で、自分で着替えをし、ベッドに横にならせて貰っている。
床に就いている時は、部屋の外に護衛が立つのみで、やっと1人の時間を得られた。
しかしまあ。
「今回だけて…………」
次回が恐ろしい。私の事はもうほっといてと思わず言いたくなる位、疲れた。
毛布で見えない自分の足をチラリと見やって、寝返りを打った。熱を持っているのか、じんじんと鈍い痛みが続いている。足は既に筋肉痛。腕も、肩も、疲れと言う重りが、全身をずっしりと覆っていた。
「お腹、空いた」
しかし身体が重い。横になってしまったら、一層、重くなった。空腹でも、動きたくない。相当疲れていたんだなあ、なんて、どこか他人事のように思った。
すっかり暗くなってしまった外。引かれたカーテンの向こう側は見えない。ベッド横のチェスト上に、時計らしき物があったが、頭を上げる気力もなくて、ゆっくり瞼を閉じた。
考える事が沢山ある。沢山、沢山ある、のに、脳ミソまで疲れて働かない。
眠気の波が押し寄せる。
考えなきゃ、考え、なくちゃ。
私は、何をしたらいい。白い、馬。せいれい、かみ、さま………ゆう、ひいろ。
―――………
“互いに作用し合う”
ふ、と意識が戻って、思ったのがそれだった。
強く印象に残るそれが、何だか解らなくて、ぼんやりとそれだけを頭で繰り返していた。
互いに作用する、互いに作用する、互いにって何と何にだよ。
そこまで考えてやっと、私いつの間にか寝てたのか、と気が付いた。じゃあ何か夢でも見てたんだろうな。映像全く残ってないけど。
「ふ、あー……んー」
欠伸が漏れて、そのまま伸びをして、うっすら瞼を開ける。部屋が暗い。
横向きのまま、もぞもぞと緩慢な動きで、目覚まし時計を掴むべく手を伸ばした。あれ、何処だ。寝呆けて落としたかな……えーと、あ、あれ?
自分のベッドは、手を伸ばせば床に触れる。しかしベッドの下へと伸ばされた手は空を切るばかり。すかすか、まるで手応えがない。
「んんん?」
なんだ、何かおかしい。私のベッドって、こんな柔らかかったっけ。床は一体……あ、着い、
「もあ!」
ズルッと滑る自分の身体。顔から落ちて、胸と顎を強打。い、痛い………。
しかしおかげで目が覚めた。うん、まずベッドに足を残した間抜けな格好から脱却しようか。
改めて床に座り、僅かに光の漏れている方へと顔を向ける。目が慣れてきていた。
「……………あ」
なんだあのでかいカーテ………と最後まで思わずに、此処が自分の部屋でないと認識した。認識しちまったなんてこったい。
「夢なら良かったと思うんだろうって? ああ思うね全力で」
いいじゃん夢オチ期待したって。他人事だったら何とでも言えるさ。私誰と会話してんだこれ。
「何だっけ………フォ、フォー………フォックス? …………北の国か」
ぼそりと自分に突っ込んでから、はー、と息を吐く。
北の国なわけがない。寧ろ北の国ならどんなに良かったか。城だよ城。信じらんない城に泊まっちまったよ。
「足ダルいー……」
はしたなくも、立ち上がる気力がない為、這って窓辺に移動する。
僅かに開いた隙間から、青白い光が漏れていて、縦長の窓の下までくれば、黒い夜空に月が浮いているのが見えた。少し欠けた、白い月。
変な色形してたり、2つあったりしたらどうしようかと思ったが、此処から見える月も、私の居た世界と変わらないらしい。
寝たのが早過ぎたのか、まだ夜とか………。
「寝れないよね、もう」
再び溜め息を吐いて、それから、くそ、と小さく悪態吐いた。
眠れない。お母さんの顔が浮かんだ。そしたら、お父さんの顔も浮かんで。
「違う違う」
頭を振って追い出す。
帰りたい。
会いたい。
それは放っておくと私の中に破裂しそうな位、いっぱいに膨らんでしまうから。
「他に考えなきゃいけないこと、あるじゃない。帰りたいなら、考えなくちゃ」
やるべき事をやらなくちゃ。欲しいものがあるのなら、努力しなければ。
何もしないで手に入れられるほど、世の中甘くはない。
「落ち込んでる暇ないんだから」
自分に言い聞かせる。ぺたりとお尻をつけて座り込んだまま、見上げる月はぼやけているから、大した効き目はないけれど。
手の甲に、ぽた、と小さな重量を感じたから、全然効き目はないけれど。
「うー、生きててばんざいー」
情けない声で、ちっとも万歳なんてらしくない声で、両手を上げた。
優しい月明かり。全部は照らしきれない淡い光。
なんとかなるよ。
頑張れ私。
夜がちょっぴり、センチにしただけだから。
明日からまた、頑張れるよ。
馬鹿みたいなお土産話、沢山持って帰ったら。
家族に笑われながら、私も笑えるよ。
だから、だから、
「おうちに帰りだいいー……」
今は、弱音を許して。
情けない姿が、夜に紛れてしまう今だけは。
花の色は
メグミ・キサラギについて、出来るだけ多くの情報を持ってこい。
余りにも大雑把なくくりで言い渡された命令に、黒服の男達は一度戸惑いを見せたものの、目の前の男に鋭い視線を向けられて、黙って部屋を後にした。
それから、命を下した方の男は、ひとり別の場所へ向かう。
王の寝室の真下にあたる、滅多に使われる事のない客室。一応客室とされてはいるが、よほど信用足る者でなければ、まず此処は利用させない。
何年も使われていないその部屋の前、今夜その部屋を埋めたひとりの客人を思って、男は小さく眉を寄せた。
扉の前に立つ2人の鎧兵士に、目配せして下がらせると、そっと耳を澄ます。
中は静かだ。大人しく寝ているか、と彼が息を吐こうとした時だった。
「!」
どた、と鈍い物音がし、男は神経に緊張を巡らせた。
扉に耳を寄せたが、その後音はしない。しかし小さな声を拾い上げた。
「…………………」
まさかな、と彼は思った。
しかしそれを思う事自体、彼にはあり得ない事で、そう思った自分に少々戸惑う。自分にまさかはない。ありとあらゆる事態を想定するのが、自分であり、役目でもある。
緩く息を吐き、余計な考えを振り払うと、男はゆっくり、慎重に扉を開けた。黒い片目だけが、細く長い隙間から中を伺う。
「寝れないよね、もう」
暗い部屋で、窓の下に座り込み、何かを呟く後ろ姿があった。
ひとりきりの黒い瞳が、細くなる。
「違う違う」
緩く頭を振る、小さな後頭部をじっと見つめても、何をしているのか、実際解らないというのが本音だった。そして注意深く後ろ姿を見ているうち、男は彼女の肩が震えているのに気が付く。
彼の中で、はっと何かが瞬いた。
「帰りたいなら、考えなくちゃ」
出そうになった声を、手で押さえる。
「落ち込んでる暇ないんだから」
鈴の転がるような彼女の声が、震えている。
「うー、生きててばんざいー」
やがて嗚咽が漏れて。
「おうちに帰りだいいー……」
そして男はゆっくり手を下げた。静かに扉が閉まる。
ゆっくり、吐き出される息。
「………いいんだよ、お前はそれで」
「っ! さっ………」
いつから居たのか、廊下に立っていた別の男に、彼は愕然とした。
「3代、目………」
「いいんだクロウ。お前がやってる事は、間違ってない」
泣きたくなった。
彼、クロウは、誰に誉められたい訳でも、誰に認めてもらいたい訳でもない。
けれど――
「お前が守ってくれるから、風の王は安心して眠れるし、俺は遊んでいられんだ」
だから、お前は間違ってねぇ。
と、微笑む彼に、クロウは泣きたくなった。
(伝説が伝説でなくなった日)
(それぞれの胸中を抱え)
(今日が過ぎて行く)
(さて)
(変わったものは何か)
(変わらないものは何か)