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なんだかんだでどろどろになっていた制服で、ベッドを汚すわけにもいかないから、明らかに似合わなそうなヒラヒラの服を借りることにした。
しかし、じゃあ此方をお借りします、と上下に分かれた方を選んでからが、とんでもなかった。女の人に囲まれて、戸惑っているうちに制服を脱がされそうになった。幸い、どうなってんだこうかああか、と脱がせ方に彼女達がまごついたおかげで、わああと慌てて逃げ出す事が出来たから、他人さまに裸を曝さず済んだけど。
それでも彼女達が諦めたわけじゃなく、メイさんになんて大人しくしてろと叱られる始末。おかしい。私が叱られるのおかしい。

「だっ、だから! 私はいつも自分でやってるんで!」

と叫べば、女の人達が一斉に目を剥いた。どん引きした。声を上げて後退りした。何なのかその反応。
なんか言っちゃいけない事を言ったらしいと私は狼狽え、メイさんが慌てて彼女達を部屋から追い出し。

「3代目の客だって言っただろ! 良家のお嬢さんはそんな事言わないんだよ!」

え、いつから良家のお嬢さんになったんですか私は。










当人が蚊帳の外








報告は、手短過ぎる程手短に、略一言で済まされた。
「俺の精霊は、間違いなく落とし子だって言ったぜ」
そう笑顔で言った3代目は、後は本人が揃ってからだとさっさと王間を後にした。妙に機嫌が良い。


「3代目、彼女の素性などはご報告されないんですか」

「だーからぁ、本人に訊けって」

「…………貴方様は、口にしたそれを、素直に信じたので?」


城内を、彼の後ろに控え歩く。


「おう」


鼻歌でも歌い出しそうな機嫌の良さが、後ろ姿からでも伝わってくる。あっけらかんと返事をする、手を組んだ後頭部を見上げ、溜め息を吐いた。


「おう、じゃないですよ。相変わらず疑う事を知らないと言うか、馬鹿と言うか……」

「馬鹿って言うなぶっ殺すぞ」


馬鹿じゃないですか。
そこら辺に居た女を、救世主だと信じるなんて、馬鹿としか言い様がない。大体………、


「どういった経緯で、彼女と出会ったんです」


大体、救世主がその辺をふらふら歩いているのがまずおかしい。しかも見れば少女ではないか。年端もいかない女が、ひとり草原に居る時点で、怪しきと疑うべき要素が十分にある。


「どうって、別に………ただ気が付いたらそこに居てー」

「気が付いたら……?」


ぴた、と3代目の足が止まった。見えないがきっと「あ」って顔をしているに違いない。


「何ですか、それ」

「い、いやでも、」
「貴方が、気付かなかったんですか? 傍に来るまで? 全く?」


振り返った彼を、訝しむように目を細め見る。彼の言った事が事実なら、彼女は相当な手だれという事になる。
城内に入れたのは早計だったか。


「なあクロウ、そんなに気にすんなよ。あいつがそんな危険に見えるか?」


眉を下げた3代目を見つめ返す。危険に見えるかどうかと言えば。


「………見え、ませんね」

「だろー?」


何が嬉しいのか、笑みを湛えた3代目が、また前を向き歩みを再開する。
確かに、彼女は見た限り、危険人物とは思えない。あの細腕では、剣を握れるかさえ微妙だ。だが油断はならない。私の役目は、疑う事だ。大らかなこの3代目が、疑わない分。


「しかし見えない事がまた、疑念を呼びます。普通の少女に見える事が………」


救世主、とは。
もっと神々しいものだと思っていた。生まれ出でたその時から、精霊に祝福されるような。しかしそのような噂は、聞いていない。


「まあ、あいつもよ、解ってねぇみてーなんだよな」

「何を、です?」

「救世主って事」


眉間に皺が寄る。
彼女を見ていて解った事。
まず、身分はあまり高くなさそうだ。行動や言動から、庶民である事が伺える。
しかしそこで解らない事が出てくるのだ。彼女は可憐だ。町娘の何処にも、あんな非力そうな者はいない。
その点共通するのは、貴族の娘。白い肌も、綺麗な柔らかい手も、それなら合点がいく。
そして最初に戻るのだ。だから未だに、彼女が一体何者なのか解らない。


「解らない? 自分の事なのにですか?」

「みてーだなぁ。おんもしれぇよな、あいつ」

「面白がってどうするんですか………」


少し探ってみるか。名前が本名だといいんだが。


「だってよクロウ、お前も見ただろ。なんだろうなあれ、ほら、あの、あれ」

「あれ、じゃ何も通じませんよ。私は貴方の嫁ですか」

「止めろよ気持ち悪りぃ」

「私の方が気持ち悪いですよ」

「じゃあ何で言ったの!?」


何処に行くのかと思えば、どうやら今日は城の方で休むらしい。あまり使われる事のない自分の部屋の前で止まった彼に、それであれって何ですかと話を戻してやる。


「だから、あれだよあれ。こう、ほわわーんとした、あれ」


はあ? と顔を顰める。ドアの前で、両頬に指を当て歯を見せる彼を暫く見ていたら、漸く理解が追い付いた。


「ああ、あの、笑顔の事ですか」


うんうん、と頷く彼を横目に、扉を開いた。中に入って行く背中を見送る。
笑顔か。笑顔ねぇ。


「ありゃあ、中々平和な所に居たんだろうな」


確かに、あれには驚いた。あんなに柔らかく笑う人を、見た事がない。
風の吹かぬ丘。雨の降らぬ山。魚の採れぬ海。作物の育たぬ大地。年々酷くなっていく上、遥か遠くでされる戦の火の粉が、いつか降り掛からぬとも限らない。
それなのに、あんなふうに笑えるものだろうか。少なくとも、私には無理だ。


「びびってんだろ、クロウ」


どかりと座った長椅子から、にやりと笑顔が飛んで来て、きょとんとした後苦笑いが漏れた。
流石3代目。何にも見ていないようで、よく見ている。長年傍に居る彼の目は、誤魔化せない。
確かに怖いのだろう、私は。彼女が自分の匙で測れない事が。彼女の笑顔に、引き込まれそうな自分が。


「あれこれ考え過ぎなんだよ。お前はそういうとこ、アダムに似てんだよな」

「それは、誉れですね」

「いや貶してんの。あの高慢ちきの名前は貶す時以外出さねーよ」


嫌そうな顔で友人を語る彼に小さく笑っていたら、彼もまた笑顔を咲かせた。


「ま、お前はアダムに比べて余裕が足んねぇな。あの年中偉そうな奴なら、もっと楽しむぜ」

「楽しむ、ですか。ふふ、それはまた、あの方らしいですねぇ」

「だろ? ぜってぇ会わせたくねぇな、あいつとは」


おやまあ、一丁前に独占欲ですか。否、所有欲、と言った方がいいかもしれない。大方、彼女を最初に見付けたその優越感に似たものが、所有欲に繋がるのだろう。
ふむ、と少し考える。それから少しつっついてやる事にした。


「あの方は、手が早い事で有名ですからね」


もし彼女が本物なら、易々他国にやる義理もない。所有欲、よろしいじゃないか。このまま恋情に興味のない3代目が、彼女に懸想でもすれば………あわよくば救世主を我が国のものとする事もありうる。
それでなくとも、3代目が男女の云々関連に興味を示すのは好機。無事に跡取りの役目を果たすきっかけにもなろう。
わざとらしくにこりと微笑みかければ、むっつりと黙り込んだ。


「あれだけ美しい黒髪も、滅多に見られるものでもないですしね。高価な髪油(はつゆ)でもお使いにならねば、あれ程艶やかな髪は保てますまい。そうそう、艶やかと言えば、あの珠のような肌も、素晴らしい。思わず手を伸ばしたくなりませんか」


あの方の興味を引きそうですよね、と付け足してやれば、ぎろりとキツい視線が飛んできた。


「アダムが来る予定もないし、間違っても顔を会わせるこたぁねーよ」


不貞腐れたように口を尖らせ、お茶、と催促する彼を横目に、頭を下げた。内心は可笑しくて仕方ないが。


「かしこまりました」


部屋を出る前に振り返る。


「あの方でなくても、可愛らしい救世主様に興味を抱かれる方は他にもいらっしゃるでしょうねぇ」

「早く行け!」


彼が投げたクッションは、私が素早く閉めた扉に当たった。そしてもう一度開ける。


「私も、参戦しようかと思いますが、構いませんよね?」

「なっ、おまっ、」


再び閉めた扉を、もう開けるつもりはない。
焦った顔した3代目に、もっと焦れと作戦の成果をひとり喜びながら、歩き出した。

侍女にお茶を用意させたら、契約精霊を喚ばなくては。私の契約精霊に、言葉を話すだけの力はないから、真偽は解らない。が、彼女の出自を探る為。何より、国と王の為に。


「私の役目ですからね」


かたかた、と窓枠を揺らす風に目を細めた。小さな呟きは、誰にも聞こえないだろう。
















(嫌な役目だとは思わない)
(私を拾ってくださった王に)
(その恩義に、報いねば)


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