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行方不明の常識




改めて案内された部屋は、最初の部屋よりも随分と質素だった。
それでも、私1人では十分過ぎる程広く、白を基調とした家具達も、綺麗に磨かれていた。

凄く、素敵。

夕暮れを迎えた柔らかな陽射しが窓から射し込み、テーブルやソファーの縁を、金色に輝かせていた。
率直に感動して、それからやっぱり、いいのかなって、不安になった。
普通に、同じ規格の宿をとったとして、きっと一晩3万くらいはする、と思う。私の世界では。

風影さまに会うのは、明日、足の具合をみてからとなったから、どう足掻いても1日は此処でお世話になるしかない。
厄介になります、と頭を下げれば、クロウさんが慌てて膝をつき、私などに頭を下げてはいけません、と諭された。
オズは、クロウさんに狼狽えた私の頭を軽く撫でて、あの、人好きする笑みでこう言い残していった。


「あんたを拾ったのは俺なんだ。遠慮しねぇで何でも言え、な?」


さっき過った、一抹の不安。
もし、もし、あの笑顔が嘘だったら?
もしかしたら、笑顔の裏に何かないとも限らない。親切の裏に何かあったら?
そんなふうにムクムクと疑念にまで膨らんで、嫌になった。
大体、此処まできてこんな基本的なことに気付くぐらい、私は平和ボケしているのだ。緊張感のなさ。危機感のなさ。全てにおいて呆れる。
で、じゃあオズに阿呆丸出しでのこのこ付いて来たのはなんでかって、ただこの人なら大丈夫って思ったからだ。それって本当に馬鹿みたいだけど、ただの直感で。

ぷるぷる、と頭を振る。
1人残された部屋のベッドの上で、なんとなしにクッションを抱き締めた。

嫌になった。嫌になったんだ。

平和ボケでも、危機感がなくてもいい。あの人を疑う自分が嫌だ。
こんなモヤモヤした気持ちになるなら、馬鹿みたいな直感に従う方がまし。

彼の笑顔が、好きだ。

それでいいじゃないか。

根拠ないけど。


「……うん、よし! そうだ笑顔は地球を救う!」

「チキュー?」

「いやあなたそんなシチューみたいに……………」

「…………………」

「…………………」

「……………ギャー!」

「わっ、なんだい急に」


目を丸くしたメイさんに、見下ろされている。いつの間に、てか急にって、あなたが現れた事が急ですよね。私の方が確実に驚いてますけど。咄嗟に頭上に振り上げたクッションが物語ってますけど。
しかしながら反応が間抜け極まりないので、何事もなかったかのようにそっとクッションを脇に置いた。


「………えーと、さっきぶりですね」

「ノックしたんだけどね」


へらり、笑ってみたが、吹き出すように言われてしまった。ええ面白かったでしょうね私も馬鹿みたいだと思ったからねだからそっとしといて………!


「驚かせて悪かったね」


いえ、とちょっと不貞腐れ気味に隣のクッションをつつく。ふふ、とメイさんからまた吐息が漏れた。


「お風呂、入れないだろ? だから身体を拭く用意をしてきたんだ」

「えっ、私お風呂入れないんですか?」

「え?」

「え?」


きょとんと見つめ合う。
私が首を傾けると、メイさんも傾けた。逆にメイさんが反対側に首を傾けた時は、私もまた鏡のように動く。


「えーと………?」

「いやだって足が………」

「あ、そうか」


一度足に視線を落としてからまた顔を上げると、どうやら同じく私の足を見ていたらしいメイさんも目線を上げた。


「ありがとうございます、あの、そこに置いといてって、なんか人がいっぱい居る!?」


そこ、とメイさんの背後にあるローテーブルを示そうとしたのだが、その向こう、壁ぎわに、ずらっと人が並んでいた。凄くびっくりしたんですけどいつから!?


「ああ、この子達があんたの身の回りの世話をするから」
「はっ!?」
「何かあったら言って。それとあっちの2人はあんたの警護」
「け、いや、ままま」
「扉の外にもう2人居るからね」
「ちょっと待って限界突破!」


両手を突っ張り、メイさんに制止をかけた。幸い、ぴたりと話は止まり、メイさんは驚いたように私を見ている為、その隙に混乱しそうな頭を整える。
よし落ち着いて、落ち着いて整理しよう。信じられない。色々驚愕し過ぎて混乱しそうだが、えー、そう、まず身の回りの世話をする人が居る、それも私に。
……………私に!?


「わわわわ、わた、わた、」


メイさんの眉が寄った。
彼女を見返して、そうだそれだけじゃない、とまた脳を働かせる。
警護。警護って言った。誰の。私の。
…………………私の!?


「明らかに人材の無駄遣いいいいい!」

「はあ?」


私がそんなうっかり同じ思考結果を繰り返したとは思っていないだろうメイさんが、不可解な顔をする。


「けけけ警護って何の、」


はっとする。危険? 此処って危険な国なの!?

まさか、とは思うが思わず身を縮こまらせ、辺りを見回した。うん、いい部屋。じゃなくて!


「何考えてるか当てたげよーか」

「え」


肩を狭くしたまま、メイさんを見れば、腕を組んだ彼女が片眉を上げた。


「あんたの事は公表してないし、この国は風影様の統治が行き届いた良い国だ。危ない目になんか、合わせるわけがない」

「……………エスパー?」


えす? と顔を顰められた。それに何でもありませんと返して、息を吐いた。


「まあ、いいけど……とにかく、あんたが心配するような事は何もないけどさ、万が一、ってのもあるかもしれないだろ。用心には用心を重ねてってわけさ」

「あの、それってやっぱり、私が救せ」
「とりゃあああああ!」
「わああああああ!?」


なん、なにすんだ突然!
メイさんの、いきなり私の足を持ちひっくり返すという荒技に、後ろ回りをする羽目になった。ベッドの中心に移動した、いやさせられた私は、とりあえず狼狽えること以外、出来そうにない。


「何、何なんですか、え、ちょ」
「しっ!」


ずずい、とベッドに片足を乗り上げ私に近付いたメイさんが、真剣な顔で人差し指を立てた。何だか解んないけど黙った方が良さそうだ、だってメイさんの顔怖い。
私が黙ったのを見計らって、メイさんはチラリと後ろを伺うと、声を落とした。


「いいかい、あんたの事はまだ秘密だ。どっから情報が漏れるか解らないからね。あんたは、3代目の客。それ以外は喋っちゃなんないよ」

「………オズの客って?」

私も小声で伺う。

「それは………えーと………」


至極単純な質問だったと思う。なのに何故かメイさんは言い淀んだ。困ったように視線を泳がす彼女に、首が傾く。


「きゃ、客は客だよ! そんなんどうだっていいだろ。ほら、顔でも拭いて。すっきりするよ!」

「え、いや今の、わ、ちょ、」


ほらほらと手を引っ張られる。いや怪し過ぎるんですけどその強引な誤魔化し方と思ってはいるが、半分引きずられるようにしての移動では上手く舌が回らない。
薄々は気が付いていたけれど、メイさんて力持ちなんですねちょっと痛い………!


「あんた達! 拭き布を用意して!」

「はい」

「メイさ、ちょ、落ち、はう!」

「あ」


あ、じゃないよベッドから落ちたよ片手掴まれてるからバランス取れなくて脇腹強打したよ息が………!


「だっ、大丈夫かい!?」


脇腹を押さえ蹲る私は、生きも絶え絶えだが、なんとか片手を上げて応えてみせた。
顔を上げてはいないが、周りがオロオロしている空気を感じる。だ、大丈夫、大丈夫だから、医者医者叫ばないで護衛さんとやらバタバタしないで大丈夫だから。


「と、とりあえず、あの、少し休ませてください………」

「あ、ああ! そうだね、それがいい! あんた達!」

「はいただいま!」

「え? え?」


脇の下に腕を通された。と思ったらひょいと軽々身体を持ち上げられ、すとんとベッドに降ろされる。
であれ今なんかメイさん凄くなかったかと思っている内に、目の前に女の人が膝をつき、タオルを差し出した。


「あ、すいません、あの、どーも」


頭の上に掲げるように差し出されたそれを、妙にヘコヘコして受け取る。
顔を拭けってことだろうと、ほんのり暖かいタオルをぴたり、顔に当てた。顔全体が暖かさに包まれる。…………うん、落ち着かないね。
揃いの深い緑色の服を着た女の人達を、タオルをずらして盗み見る。
今私の前にいた彼女は、銀の桶と、何枚かのタオルを重ね持った2人の女の人の前へと移動して、銀の桶へとタオルを浸し始めている。他に何か布で顔が全く見えていない人が居たが、メイさんの合図で数人がそれを分け、数人がチェストへ向かい、残った2人はメイさんと何かを話している。
あ、桶の女の人がなんかオタオタしてる………と思ったらタオルを絞る女の人に何かを言ったらしい。今度はタオルの女の人が慌て出し、バタバタと扉の前で同じ姿勢で立ち続けていた護衛さんとやらの元へ駆け寄った。………追い出されている。

と、まあ、これだけ周りが忙しなく動いていたら、落ち着けるわけがない。
適当にコシコシと顔を拭いて、どうしたもんかと溜め息吐き吐き、していたら、女の人がまたタオルを差し出した。え、これ受け取らなきゃいけないもん? なのか?
別にもう必要ないとは思うけど、こういう時、受け取るのが礼儀なのかもしれない。……解らない。この世界で、果たして普通のマナーで対応していいのか。普通のマナーが何なのかもイマイチ解ってませんけれども。こんな至れり尽くせりみたいなのに対応する礼儀なんか持ち合わせていませんけれども。


「あ、あの、お、おー……」


まごまごしていたら、私の持ったタオルも一緒に持って下がって行ってしまった。代わりというように今度はメイさんが目の前に仁王立ち。


「メイさん何か迫力ありますね」


笑顔のぎこちない私を、腰に手を当て見下ろすメイさんは、気合いのこもった鼻息で返事をしてくださった。何か嫌な予感がする。嫌な予感がするんですけど。


「メイ、さん?」

「これ」


とメイさんが言えば、彼女の右から1歩前に進み出た女の人が、ひらり、と洋服を広げた。ピンクのワンピース……ネグリジェ? 袖がパフで、生地がなんかテカテカしてて、レースとか、いかにも乙女趣味な……。


「と、これ」


口を開けっ放しにしながら、今度は左から同じようにした女の人に視線を移す。
こっちは白で、上下に分かれた服だが、レースやリボンが淡い黄緑に変わっただけで、やっぱり全体的にヒラヒラした印象。


「どっちがいい?」


快活な笑顔で訊かれて、あ、これ私が着んのか、と納得した後。


「えっ、私が着んの?!」


なんだか似たようなノリツッコミが本日3回目とは、誰も思うまい。

















(あれ、気に入らないのかい?)
(いやそういうわけじゃ……)
(他にもあるよ)
(わぁどれもヒラヒラですね)


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