降ろして、降ろして、降ろして。
何回言ったか解らない。
自分の全体重が、オズの背に乗っているかと思うと、死にたくなる程恥ずかしくて、だけど聞き入れて貰えず、寧ろ暴れんなと怒られた。私が悪いのか。何故だ。
「なんでそんな嫌がるのかねぇ。楽でいいじゃないか」
なるべく密着しないよう、上半身を起こし、恥ずかしくて俯いたままの私を、隣を歩くメイさんが、呑気に見上げている。
楽とかそういう問題じゃなく、てか他人事だからそんな気軽でいられるんだ。私にしたらこれ以上ない恥さらしなんですよ。
「3代目が不満なら、私が代わって……」
「いい。いらない。必要なし」
「………なんで3代目が言うんです?」
「てかそもそも私は自分で歩くって言ってるんですけど」
反対側の隣では、やはり呑気に歩くクロウさん。何故誰も気にしないんだ。
またクロウさんとオズは、3歩進む度に何かを言い合う。もう仲が良いのは解ったから。黙って私を解放してくれ。この羞恥プレイから。
「駄目だろ。無理して酷くなったらどうすんだ」
「そもそもなら、そもそも3代目の責任なんですから、遠慮なんてなさらないでください」
「そこだけは結託するんですね………」
拒否を口にすると、2人して丸め込もうとしてくる。もう諦めるしかないのか………うう、こんな事なら昨日あんなに晩ごはん食べるんじゃなかった。おかわりまでした自分、育ち盛り過ぎる。
「3代目なんて、遠慮なくこき使ってやればいいんです」
「お前それ普段から思ってんな………」
オズの歩みに合わせて揺れる自分の身体。はぁ、と溜め息を吐く。
「まさか。恐れ多い。たまにですよ」
「たまには思ってんじゃねぇか!」
にっこり笑ったクロウさんの横顔を見ながら、噛み付くように叫んだオズの声を聞きながら、仕方ない、と腹をくくった。
街並みと違い、真っ白なお城の、赤絨毯の敷かれた城内。時々メイさんの渇が飛び、すれ違う誰もが頭を下げるのを見ながら、オズ達ってなんなんだろう? と小さな疑問が浮かぶ。それから、小さな不安も。
のこのこ付いて来てしまったけれど、私はオズが何者かも知らない。
いい人ってのは、感じるけど。
しかし根拠はない。彼の笑顔は安心するし、彼にはそういう魅力があるけれど、それって私が一方的に抱いている印象だ。
かなり長い事背中で揺られ漸く、白い扉の前で止まった時、小さな不安は着実に大きくなっていっていた。
「メイ、湯の用意」
「はいよ」
メイさんだけが、元来た廊下を引き返して行くのを見送って、いたら、グン、と身体が前方に引っ張られた。
慌てて前を向き、オレンジ頭の脇から顔を覗かせる。
そして私は、固まった。
「寝台に降ろすぞ」
「…………………………」
口を開けたまま、ゆっくり、天井を見上げる。
のっそのっそと歩くオズに合わせて、頭上のそれは過ぎて行く。
それからまたゆっくり、首を動かし、部屋を見る。視界の端に、オレンジ色と、何かえらい物が見え、直ぐ様また前を向く。嘘、嘘だ。これは何のドッキリだ。
呆然としている内に、そのえらい物の上に、降ろされた。ふかり、沈む自分の腰。
「んじゃ、俺は行くから。何かあれば、後はメイに言ってくれ」
口を閉じる事が出来ない。
両手を中途半端な位置に上げたまま、爽やかに、あっけらかんとしたオズを見上げる。
私が降ろされたのは、ベッド。
まさかの、お姫様ベッド。
天蓋付きの、用途の解らなくなるような広さのベッド、なんて、初めてに決まっているが、ベッドだけじゃない。
天井に煌びやかなシャンデリア。電球じゃない珠のような何かが煌々と光っている。
部屋はザッと見ても、うちの総部屋を足したより広いし、家具なんか金の装飾付き。げげ、白い鷲みたいな彫刻があるよ、うわーなんだあの山盛りフルーツ金の皿に乗ってるよしかも床はアレだ、実物見たことないけど、ペルシャ絨毯みたいな感じときた何処の異国の豪邸だ此処は。あ、異世界の城か。
「どした、ぼけっとして」
ぼけっと…………、
「いやするでしょうこれはぼけっとなるでしょう! なん、これは何ですか!?」
「これ?」
ええいキョトンと首を傾げるな!
「ここですよここ! 部屋! 部屋がセレブなんですけど!? ハリウッド5つ星!? スター御用達!?」
「………………はり、すたあ?」
だから首を傾げるな!
通じないネタはもういい!
「部屋に何か問題でも?」
「そうっ! そうです部屋に問題あります!」
部屋っつうか最早建物全体的に!
オズの後ろで、いくらか真剣な顔をしたクロウさんに、勢い良く何度も頷く。
「……申し訳、ありません。では急いで別の部屋を用意します」
尚もブンブンと頷く。
やっと通じた、と思ったのだが、何をどう解釈したのか、顔を曇らせたクロウさんは、ここより良い部屋はあまりありませんが……、と続け、まるで通じてない事を知った。
ちっがあああああう!
「何か、ご要望などお聞かせ願えますか」
よくぞ聞いてくれた!
何故か疑うような、探るような眼差しで首を傾げるオズの前に、ストン、と降り立つ。ここで今、伝えないと、一生私を解って貰えない気がする。
声を大にして主張する。
私は。
一般庶民。
です!
「もっと! 身の丈に合った部屋にしてください!」
オズは相変わらず、眉を寄せたまま、私を上から下まで眺める。クロウさんが、また申し訳ありません、と謝罪を口にした。あれ、反応違う気がする。なんで謝る。
「これでも、城内で王室に次いで良い部屋で……ここより広い部屋などは、ちょっと、」
「だからちげぇえええ!」
視界の隅で、オズの肩がビクリと揺れた。
「私は! こんな広い部屋もて余すだけだし! なんで私1人で、こんなオズが4人は寝れそうなベッドを使うのか、さっぱり理解出来ないし! と言うか緊張して眠れる気がしないし! 私は!」
蛇口を勢い良く捻ったように、耐えたそれが爆発する。圧倒されたように、ポカンとする2人が、口を挟まないのをここぞとばかりに。
「私は! なんなら納屋でいいぐらいなんですぅうううう!」
私の精一杯の主張は、広い部屋に、反響した。
如月恵、生まれも育ちも、平凡一般家庭です。
善意の向こう側
人を見る目は、あると思う。
ある程度、彼女という人柄を掴みかけていて、まぁ、変な奴だとは最初から思っていたが、それ以外。なんつうか、隠し事の出来ない質じゃねぇかとか。
だから部屋に不満があると言い出した時は、違和感を覚えた。
そういう類いの女ではないと思っていた。見誤ったか、と過った。
けれど。
「ぶはっ! っ、くくくっ!」
「え、笑われた」
納屋でいいとはまた、突拍子もねぇな。
「ははっ、おんもしれーなぁ、あんた」
「それ貶してますよね?」
「褒めてる褒めてる」
「繰り返した………!」
険しい顔で視線を逸らした彼女にまた笑う。どうやら贅沢には縁のない暮らしをしていたみてぇだな。
隣で困ったような、不可解だというような顔をしているクロウに、どうすんだという視線を投げ掛けた。
「いや、納屋と言われましても……そういう訳には……」
うはは、困ってる困ってる。理解出来ねぇだろーなぁクロウには。
城内でも王族の部屋に次いで良質な部屋を断り、もっと質素な部屋に替えろ、いや替えてください、って言うような奴は、まぁまず居ねぇだろ。
「というか、あの、私出来ればお城以外で寝かせていただきたいと言いますか、あの、こういうのほんと慣れてなくて、逆に疲れると言いますか、」
「疲れ、るので……?」
「ああっ、いえっ、すすすすいませ、あの、良くしていただいて本当に、ほんっとーに! ありがたいと思っております! すごく! 心から!」
「はぁ……」
慌てている彼女の、力一杯の訴えは、悪いが見ていて面白い。自然に頬が緩む。
ずっと見ていても飽きないっつーのか。見ていたいと思わせるっつーか。
目が、離せない、っつーか。
「しかしながら、風影様にお会いになって頂くには、此方に身を預けて下さらないと……」
見た感じには解らねぇかもしれねぇが、クロウは相変わらず困惑気味だ。長年付き合っていてこそ解る。
眉下げて素直に、困りましたね、って顔をしてやがるが、内心彼女の腹を探るのに必死だろう。
王族にお目通り、ってのは簡単に出来るもんじゃあ、ねぇ。
「そうなん、ですか?」
これまた困った顔をした彼女は多分、クロウとは違って本心で困っているんだろう。なんとなくだけど、そう思える。
彼女を城内に置くのは、ぶっちゃけ監視する為だ。俺が連れて来たってこたぁ、十中八九本物の救世主だと認めざるを得ないだろう。
だが救世主だからといって、無害とは限らない。風影を危険に晒すような事態は、絶対に避けなければならない。
危険を避ける為にも、目の届く範囲に置くのは、政略の基本だ。クロウはなんとしても、彼女を見極めたいんだろう。
「なぁクロウ、風間の南の部屋が空いてたろ?」
「………3代目、しかしあの部屋は、」
「おめーは頭がかてぇのがいけねぇよ」
目で反論するクロウの肩を叩き、次いで解っていない様子で俺達を交互に見る彼女に笑いかける。
「大人しくおぶわれてくってんなら、部屋替えてやる」
「お、おおう、究極………」
「究極なのかよ………」
叩けば埃が出る?
いや、出ねぇよ。こいつは。
(きっと、俺は触れちまった)
(彼女の心に)
(きっと、あん時の涙に)
(彼女の心があったんだ)