何も、
知らない。
何も、
知らない………?
───────── 本当に?
何も、
わからない………?
───────── 思い出して
何を、
忘れてる………?
───────── 思い出して
Messiah
と呼ばないで
「………思い出した」
セーレシウスが言っていたのはとても大事な事なんだ。
救世主の役目、すなわち、私の役目。
神々の、確か、力を解放すればいい、とか言っていた。そうしたら、帰る、力が出来る? みたいな、事だと思う。聞いてて良かった馬の話。
だがしかし。
「どうやって、開放とやらをするのよ」
肝心のところがわからない。
「だいたい、神々って。神様っていっぱいいんの?」
救世主とか言われても、正直言われても、だ。私はさっきまで普通の、女子高生をやってた訳で。精霊やら神様やら理解を越えた話をされても、付いて行くのがやっとだし。じゃあ私世界救っちゃいますてへっ、てな訳にはいかないし。てか無理だし。そもそもだから解放って何よ。牢屋にでも入ってんですか。それ神様と違くね? 解き放ったら災厄とか振りかかりそうじゃね? え、もしかしてそれ私のせいになんの? 何にも知らない一般ピーポーの私が救世主とか持ち上げられて、わっしょいわっしょいで、ヤーハー! 解放してやんぜー! って調子に乗ったら、世界滅んじゃった、とか、おま、それは………シャレになんなくね?
「…………いかん。マイナスに傾いている」
しっかり私! 救世主とか言われても、実際、中身は女子高生。うん。何にも出来る気がしない。
数少ないキーワード。解らないながらもすがるしかない。それしか帰る方法がみつからない。
ふと、さっきの自分の台詞に引っかかるものが、ある。
神様っていっぱい、いるのか。
神様は複数。
ギリシャ神話みたいに。
あ。
「なんか、今までですっごいキーワードがあった気がする」
ギリシャ神話の神様は、太陽の神アポロンとか、愛の神エロス。そういう感じで存在するのだろうか。
何だろう。何々の、神。それにとても引っかかる。
「なぁ、おーい?」
「なんだろう。今までで聞いた言葉の中……?」
喉まで出かかっている気はするのだが、ぼやけて形にならない。
「還ってこーい。無視すんなよー。なー……」
「うるさい」
「ちょ、ひどくね?」
あーわかんない。なんかもう少しって所なんだけど………
「三代目、風影様がお呼びです」
「お、速えなクロウ」
クロウ? クロウって誰だっけ……ああ、土下座の、あれ、クロウ、土下座、んん? んんんん………?
「ぁぁああああああ!!」
「「!?」」
録音されたそれが、頭を流れて。
「風! 風の神様!!」
土下座の、キザな黒髪の、ちょっと色気のある声の、あの人が、言った。
風の神よ、って言った。
「さ、3代目……」
「ゆーな。何もゆーな」
きっと、風の神様はいるのよ!
他に何の神がいるのか知らないけど、取り敢えず、風の神様はいるのよ!!
素晴らしきかな私の記憶力! ただ土下座が衝撃的だったから覚えてただけだけど!
「オズッ!」
「わぁっ!? 何、おま、」
椅子に腰掛けているオズに詰め寄る。鼻息荒い。けど気にならない。ちょっと聞いて下さいよオレンジなお兄さんよ!
「わぁああ! ちか、近い! 近い近い!!」
近いからなんだ近付いてんだよ聞けいいから聞け!
右手で彼のロを塞ぐ。左手は肩を掴んでいる。
「オズ! 私、帰れるかも!!」
「!!」
聞いてよ、兄さん。私、私、
「わた、私っ、帰れる、かもぉ………!」
涙が溢れて、嬉しくて、嬉しくて、止まらない。
堪らずオズに抱きついた。
兄さん、聞いてくれてあんがとよ。口に出したら、本当に、嬉しくて、ああ、私帰れる。帰れるよ。
「ふぇえー………」
「よ、よか、たな…………」
感極まって、きっと鼻水とか出てた。けど、オズの肩から、顔を上げられなかった。ごめんね、汚しちゃう。でも、もうちょっとだけ、貸して下さい。
「う、うん………良かった」
「……三代目、顔がおかしいですよ」
「ううううるせぇ!!」
「うっ!」
耳元で叫ばれて、ビクリとする。
オズのちょっと掠れた声以外の声に、漸く気付く。今さっき脳内で再生された、いい声。クロウさん。
あれ? クロウさん?
「うぇ、何故かクロウさんの、っく、声がするぅー。ズッ」
「!! わ、私の名を!」
ん? あれ、あれれ?
なんでクロウさんの声、が………
「ぎゃぁああああ!?」
「どわぁああああ!?」
がったーん
と、
椅子ごと倒れました。
顔を上げたら、思ったより近くに立っていたクロウさんに、派手に驚いた、私に。
オズが驚いて。
華麗に。それはもう華麗に。私は前へと、椅子とオズは後ろへと、倒れました。
でも、痛くない。
オズを下敷きにしてるから。
「いっ、てぇ………」
あわわわわわ、ちょ、あわわわわわそりゃ痛い! 痛いでしょうとも………!
上から見下ろす私。
下から見上げる彼。
視線がぶつかった。
「っ……すんませんしたぁあ!」
サッと体を退かす。
「きゃっ!」とか、乙女な反応は出来ません。すみません。
誰に謝った自分。
しいていうなら全国の乙女達に謝まったんだよ自分。そして落ち着け自分。
いや待て落ち着けったって、あなた、ヤバイ、絶対顔赤い。心臓バクバク。落ち着ける訳がない。いや違う、今のは違うんだ! 何が違うかはちょ………、言えないけども!!
そろりと視線を動かす。
オズ、は………固まっていた。眼球開きっぱなしで、それはちょっと、痛くなるんで止めた方が……あと、あの、ちびっと怖いです。
「あの…………?」
ちょっとだけ、身を乗り出す。顔を覗いてみる。動か、ない。はっ! もしや打ち所が悪かったとか!? どどど、どうしよう! 救急車! 救急、車、とかないじゃないのぉおおお!?
「あわわわわわ……」
ヨロリ、1歩下がる。
まさか、まさか私は、さ、殺人を…………!
「救世主様! お怪我は!?」
「は! あ、ない、ですよ」
クロウさんの声に、俄に理性が戻る。咄嗟に訊かれた事に答えながら、オズを見て。だ、大丈夫、うん。胸が上下してる。死んではいない大丈夫。いや大丈夫ではない。
「よかった……」
「わっ、私よりもオズが……」
「そんなことよりも!!」
えぇ!? そんなこと、そんなことってあなた!
「私の名を憶えて下さったんですか!?」
「は、はぁ。あの、オズ、動かないんですけど……」
いやあなた、そんな事こそ今どうでもいいでしょうよ。口元の布を下げ、にこにこと笑い掛けられ、更に手を握られ、手を握るの好きだなこの人、と頭の片隅で思いつつ、曖昧に受け答えしたが、動かないオズを思うと気が気じゃない。
それとも何か、これはそんなに大した事ではないと? 動かないのに?
「感動です! 3代目は放って置いても大丈夫ですよ」
「放って!? いや、それは、」
流石に、と続く筈の言葉は、やはりにこにこ顔のクロウさんによって、呑み込まれる。と言うか紡ぐ前に、クロウさんの言葉に、押し退けられた。
「あの顔に似合わずむっつりな男は、貴方に抱きつか、」
「それ以上言うなぁあああああああ!!」
ビクッと肩が揺れた。
私は驚いてオズを見たが、クロウさんは、急に起き上がり叫んだオズに見向きもせず、私の手を握った両手を、少し持ち上げて、ニコッとまた笑う。
「ね、大丈夫だったでしょう?」
「そ、そうですね。よかっ、」
「ぶっ殺す!!」
オズは真っ赤になって怒っている。
何と言うか、うん。元気そうでよかった。
「3代目! 風影様が呼んでるんですって!!」
「てめぇを殺したら行く!!」
そういや、風影様って誰だろう。ガーッ、ってのが1番相応しそうな勢いで、オズがクロウさんを追い掛け始めたのを見ながら、ふむ、と首を傾げる。
風影。風の文字が入っている。様ってことは偉い人。
行き当たるのは自分に良いように解釈された答え。もしかして。
もしかして、風の、神様?
「っ、ク、クロウさん!」
ざわって鳥肌立った。思い当たって直ぐ様、弾けるように声を上げる。
「クロウさん!」
いやに大きな、そうだな、キングサイズのベッドより大きそうな、テーブルの周りをグルグルグルグルと、オズとクロウさんは追いかけっこをしている。ちょっと馬鹿みたいと思ったのは秘密だ。
丁度私から1番遠い位置に差し掛かろうとしていたクロウさんを、呼んだ、ら。
目の前に現れた。
「お呼びですか? 救世主様」
「おっふぉお!? え? え?」
大袈裟に飛び上がった後、彼のいた場所と、今いる場所を交互に指す。あそこから、ここに。え? あそこから、ここに?
「ちょこまかと……逃げんじゃねぇええ!!」
「ぎぃやぁあああああ!?」
ナイフが、
ナ イ フ が、
飛 ん で き た 。
見間違いかと思った。見間違いなら良かった。だがしかし残念な事に真実。
目を剥いて叫び固まった私の直ぐ傍で、鋭い金属音がして、ナイフはクロウさんの持っている短刀に弾かれた。何故短刀を持っている。
結果的に、私には擦りもしなかった、けども!
「殺す気かぁあああ!?」
今のは何! 何故刃物が飛ぶような事になった!
吃驚どころじゃねぇよこれ!? 危うく異世界初日にして天に召されるとこだったよ!?
「い、いや、わり……」
「まったくですよ。救世主様が怪我でもした、」
「救世主いうな!!」
「!?」
意味解んない。出鱈目過ぎて意味解んない。とにかく黙れ。もうお前ら黙れ。
「二人とも、黙って、質問に、答えて、ください」
「「はい」」
ったく、どんな喧嘩だよ。
凶器が使用可って………。
(いや、別に)
(正座は)
(強要してないんだけど……)
(ま、いいか)