小さな正方形の引き出しがズラリと並ぶ木の棚は、薬棚だそうだ。
その薬棚が四方の壁をぐるりと囲み、畳のような、不思議な匂いが漂う部屋で、年老いた男性に、足を治療して貰った。
よく解らないが、緑色のどろりした物を、足裏と指に塗りたくられ、白い布を当てられ、包帯を巻かれ。これらは多分、治療だと思う。
私の足を見たメイさんは、顔を顰めたが、彼女が何かを言う前に、クロウさんが彼女を引きずって部屋を出ていってしまった。
包帯ぐるぐる巻きの足は、ちょっと大袈裟じゃないかと思い、これくらい絆創膏でいいですよ、と言ったら、変な顔をされた。
後ろに立っていたオズの、ばんそーこって何だ、のひと言で、ああなんだ、絆創膏ないのか、と理解した。
しかしそこで困って。
靴下はおろか靴も履けなくて。
「だから俺がおぶってや」
「スリッパください!」
すり? とおじいさんに首を傾げられた。
スリッパも、通じないのね……。
含毒
スリッパ、と言うか、草履、に近い履き物を借りて、ズリズリと足を引きずるように歩く。
廊下に出れば、何処か不満気なメイさんと、クロウさんが待ち構えていて、クロウさんは、私の足元を見るなり、顔を曇らせた。
けれど、何かを言われる前に、大丈夫です、と先手を打ったから、クロウさんは開きかけた口を閉じて、頷いてくれた。渋々、な感じではあったが。
歩くのはあまり……、とおじいさんにも言われたが、おんぶだけは嫌だ。
で、こうして無事羞恥の事態を免れた訳だが、私は城をなめていた。
街並みと違い、真っ白なお城の、赤絨毯の敷かれた階段を上がり、赤絨毯の敷かれた廊下を歩いて、また階段を上がり、時々メイさんの渇が飛び、すれ違う誰もが頭を下げるのを見ながら、いつになったら着くのか、その広さにまた1つ、学んだ。
お城侮ってたらいかん。
「大丈夫か?」
ポフポフ、と頭を撫でられる。思わず隣のオズを見上げると、ん? と爽やかな笑顔で首を傾げられた。
頭を触る、のは、無意識なんだろうか。なんて言うか……この人は、毒みたいだな、と思う。
今の私にとって、無条件で優しくしてくれるこの人は、毒、だ。
頼りたくなる。甘えたくなる。依存してしまいそうになる。泣きたく、なる。
「ひろい、ですねー」
ふいとオズから目を逸らし、前を向きながら、へらり、笑う。不自然ではなかった筈。
彼に泣き付きたくなる自分が、嫌だ。何だか、彼は全部を受け止めてくれそうな、気がする。理由はないけど、そういう感じがする。
1度、甘えてしまえば、それは際限なく、溢れてしまうだろう。
頼るのは簡単だ。だからこそ、してはいけない。
「お部屋まであと少しですからね」
「部屋、ですか?」
更に不自然にならないよう、クロウさんに質問を繰り出す。
が、他意無く口にしたそれに返ってきた言葉が、とんでもなかった。
「はい。メグミさんのお気に召せばいいのですが……メイを付けますので、何かあれば、彼女にお申し付けください。勿論、部屋が気に入らない場合も、彼女に」
叫ばなかった自分を、褒めてあげたい。心の中では、盛大にひぃひぃ叫んだが。
「ききき気に入らないとかそんな恐れ多い、ってかも、もしか、もしかして、私今夜此処でお世話に…………」
なるんですか、と言いきれなかった自分、確かな小市民。
ま、まさかと思うが、此処に今晩、泊まるのだろうか。いや泊まるとこなんて無一文の私にはないし、どっかにお世話にならなけりゃいかんけどもだね、私はてっきり、本日は親切代表みたいなオズのお宅にお邪魔すると思ってたんですよ。一時休憩ならまだいい。何とか堪えられる。お城にビクビクしながらも、1、2時間ならまだイケる。それ以上は多分泣く。叫ぶ。逃げ出す。極度の居心地の悪さに。
だから、まさか、で終わって欲しかった。んですけど。
「当たり前じゃないですか。今夜どころか、ずっと居てください。我が国は、貴女様を歓迎致します」
ニコニコと、一礼されて。
「あわわわわわ」
「? メグミさん?」
ブンブン、頭を横に振る。振りまくる。言葉に出来ないこの想い。誰か受け止めて。
「何だよ? あ、やっぱ足いてーの?」
違うっ! ちょ、無理なんだって、解って!
「それはいけませんね」
「顔色も良くないしね。もう横になった方がいいよ」
違うんだってー! とは思うが、あうあう、と口を動かしても言葉が出てこない。
「歩けるか?」
頭を振り、は、違う、と気付いた時にはもう遅い。
「んじゃ、ほら」
いいいいやあああああ!
目の前に、オズの背中。しゃがんだ彼は、手を後ろに回し、完全スタンバっている。何のスタンバイかっておんぶに決まっている最悪の事態招いたぁああああ!
「いいいいや、むり、や、ほんとに無理、この歳でおんぶとか、あわわ、ドン引き、そんな私ドン引き」
「ああ? 何言ってんだ。仕方ねーだろ、足ケガしてんだ」
恥ずかしがってる場合かよ、と言われ。恥ずかしいだけじゃないんだ、と心が叫ぶ。
いいから乗れよ、と言われ。いいから遠慮させて、と心が叫ぶ。
いずれも、口に出せず。
「大丈夫ですよメグミさん。3代目もしたくてしてるんですから」
「何かそれ俺が下心あるみたいじゃね!?」
さあ、とクロウさんが、背中に手を添えて促す。1度振り返ったオズと、一瞬目が合った。が。
「何を言うんです3代目。ないわけないじゃないですか」
「お前と一緒にすんなぁああああ!」
このコントのようなやり取りで、直ぐに視線は逸れた。この2人って、いつもこうなのだろうか。ちょっと圧倒されるけど、きっと、仲、良いんだろうなぁ………。
「またあんた達は………ほらっ、メグミも! いつまでグズグズしてんだい!」
「うへい!?」
ツカツカと歩み寄ったメイさんに、突然バシリと背中を叩かれる。ちょっ、凄い痛かったんですけど!?
「3代目も暇じゃないんだよ! さあ乗った乗った!」
「いやそんなドライブ行こうぜみたいなノリで言われても………」
車に乗るんじゃないんだから………。
「さっさとする!」
そして尚も渋る私に、痺れを切らしたのか、メイさん、ここで暴挙に出た。
「どあぅふ!?」
「うおっ!」
どーん、と某海賊漫画も吃驚なくらい、勢い良く押され。見事。
マイボディ、大きな背中に、体当たり気味の、着地。
「う、ゲホッ、ちょっ、ゲホッゲホッ!」
「メイお前よー、馬鹿力なんだから、ちったぁ気を使えよなぁ」
息苦しさに、涙目。何だ今の。猪に衝突されたかと思った。
「あっはは、悪い悪い」
「ったくよぉ………おいメグミ、ちゃんと掴まってろよ」
「ゲホッ、え、なにやおぅ!?」
グン、と身体が持ち上がり、付いていけなかった上半身が、反り返る。混乱しかけ、咄嗟に手を伸ばし、触れた何かを、掴んだ。
「いいっ!?」
「ひっ、わ、ちょっ、なに!」
何だ!? 掴んだそれのおかげで、ひっくり返るのは免れた、のは解る。それ以上の理解を求め、腕に力を込めた。
起き上がって解ったのは、まず、自分が何を掴んでいたか、だった。
「いででで! ちょっ、おま、禿げる!」
クシャリ、と私に掴まれた、オレンジ色。指の間からはみ出た、オレンジ色。
「ごっ、ごめっ、ひぃ!」
慌てて離し、謝ろうとするも、指に絡まる数本……数十本、の髪の毛を見て、喉から悲鳴が上がる。なんてことをしでかしてんだ私!
「てー……」
「すんまっせんんんん!」
申し訳なさ過ぎて、泣きたい。急いで頭を下げ、て、ゴツン、と鈍い音がして星が飛んだ。
「あで!」
「っ! っ!? っ!!」
痛い、なんだこれ痛いいいい!
「お前ね、暴れんな。いてーだろ」
「〜〜〜〜〜〜〜〜!」
「あっ、こら、肩に手を置け、おおお、ばか、落ちる!」
額を押さえ、喉が締まって出ない声で、悶絶する。
すげー痛い、意識飛ぶってくらい痛い。
「何をしてんだいもう………」
「とと、わりーなメイ」
「大丈夫ですかメグミさん」
うー……、と唸り声で返して、細くゆっくり、息を吐く。勢い良く頭を下げたばっかりに、目の前にあったオズに頭突きをかましてしまった。感覚としては、岩にぶつけた感覚だったが、とりあえず謝らなきゃ、そう思う。
「ごめ、すいませ、」
「あー、はは、いきなり過ぎたな。ごめん」
「えっ!? いやそんな、私こそすみません!」
逆に謝られた………! どんだけ良い人なんだこの人!
「俺も悪かったからよ。気にすんな。それより………」
近年稀にみる、お人好しだ。やばい、凄い感動する。何だこの人凄い感動する!
「肩でいいからよ、掴まっとけ。な?」
「はいっ、隊長!」
この人って不思議だ。
毒みたいに優しくて。
感動するぐらい人が良い。
隊長っ、自分隊長に一生付いていくっす! って、思わず言ってしまいそうな。
そういう、力を持っている。
「…………隊長?」
「気にしないでください」
(えと、肩に……ってあれ?)
(あ?)
(……私、おぶわれて、る)
(((気付くのおそっ!)))