崖と同化する様に立てられたこの町1番の大きな建物。階段の先は、その側面で、階段の多いごちゃごちゃした町並みが、一望出来た。
あまりの見晴らしのよさに、暫くぼうっとしてしまった程で、あんなに強かった風が、そよそよとそよいで、火照った頬に心地よかった。
まあ、景色に見惚れていても、都合良く足の痛みを忘れられたりは、しないんですけれども。
鈍感 expert
建物に沿って歩き、建物と思っていたそれが一枚の壁だと知るまで、大分時間がかかった。だって私、景色に目を奪われていたから。
馬鹿デカい門が、これでもかと私の前に立ちはだかっていた。上に半分見える、先の尖った鉄柵は、下がれば鉄門になるんだろう。
入り口の門番と思われる2人の武装した人と挨拶を交わして、オズとクロウさんは、壁の向こうへと歩みを進めて行く。わたくし、槍を持った人を初めて見ました。
それをポカンと眺めていたが、ゆっくり視線を上げて。
私、は。
はわわわわわ近くで見ると超でかぃいいいいい! お城! お城きたこれ! 城、というより、要塞に近い感じだけど………、
じゃなくて!
私ありんこ! 蟻になった気分! 帰りたい! アイムホームシック!
と、ダラダラと汗を掻いていた。
「きゅ……メグミ様。どうかされましたか?」
「どうかされましたよ。何でしょうか此処は。聞いてませんよ」
動かない私へ、クロウさんが振り返って、不思議そうな顔をしたが、寧ろそんな顔をしたいのは私の方だ。
だがその前に、ちょっと言わせて何よりも。
「あと、様とか付けないで下さい。鳥肌立ちます」
救世主、と言うのを踏みとどまったのはいい、うん。それはいい。けど様って!
気持ち悪いことこの上ない。二の腕の裏がぞわってなった。見えないだろうけど鳥肌が。見せてもいいけど贅肉が。何この自虐。
歩み寄ったクロウさんを見上げる。貴方がそんな細身だから私何か自虐的になりましたよ。
「それは出来ませ……努力します」
嫌っそーな顔をした。もうこれでもかってくらい悲壮に満ちた顔してやった。クロウさんの笑顔がきごちなくなったけど、そんなのを一々気にしてたら駄目だ。学んだ。私は学んだぞ。しっかり自分の意思を伝えないと、城に連れてかれる羽目になるんだ。そうだ。いやだ。入りたくない。断固拒否。これが私の意思だ。
見上げたら首が痛くなる程の立派な建物。そんな所に私、とてもじゃないけど入れない。うん、やっぱ無理。心臓が破裂したらどうすんの。
ここで待っていよう。そうだそれがいい。そうしよう!
「何を言っているんです。さ、風影様がお持ちです」
さぁさぁ、と背中を押される。
てか、心読まれた!?
「い、いやです。私場違いだよ! ちょ、押さないで下さい! ていうか、クロウさん、心読まないで下さい!」
「読んでません。自分でおっしゃったんです。それと、私の事も呼び捨てて下さい」
「そんなの無理です! って、ぇえ!?」
マジですか! 声に出てた!?
そうしてあわあわとしている内に、めでたくお城にイン。わぁ、人生初お城への入場が無事しゅーりょー、って何もめでたくねぇよ! 何ももう好きなだけ狼狽えて、忙しなくキョロキョロする。
私達が追い付くのを待っていたオズは、落ち着かない私に吹き出して笑ったけれど、こっちは笑いごとではない。城だぞ城。おおお入り口の扉でかっ! 中ひろっ! おい絨毯敷いてあんぞ! あ、足の裏に優しい。って何かデカい階段キター! そしてその前で爽やかに笑うオズめっちゃ絵になってるぅうう! 何だこれ叫んで逃げ出したい。盗んだバイクで逃げ出したい。私のメンタルなめんなよ。平凡の域を出ないんだぞ。城なんて前にしたら普通にビビるわ。バイクは何処だ。
「なぁ〜にびびってんだ。別に何もされねぇよ」
いやそういう事でなくて! ちょ、押すなっつってんだろ!
「フフ、3代目は何かしそうですけどね」
「俺が何をするってんだ……え? クロウ」
オズの顔が怖いよお母さん。私を間に挟んで睨まないで下さい間近過ぎて泣きそうですこの人は間違いなく盗んだバイクで走り出しそうです!
「ほら、そんな顔するからメグミさ……ん、が、怖がってしまっているじゃないですか」
「誰のせいだ! 誰の!」
だから何で私を挟んでするんですか泣きそうだっつってんですけど! 主に心の中で!
「3代目! メグミさんのせいにするなんて! 情けない!」
「えぇ!? わた、」
まさかの私!?
「てめぇのせいだろうがぁあああああ!!」
「ぅううるっっさぁあああーいっ!!」
「おぎゃぁああああ!!」
強くではないけれど、クロウさんはさりげに私の背を押し続けていて、だから歩きながら会話していた訳であって、何かもうとにかく長い、果てしなく長い廊下を行っていたのだが、その廊下で騒いでいたら、それを上回る大きな声が響いた。のだ。
当然、吃驚した。で、吃驚した私は側にあったものに飛び付いて叫んだ。
そうしたら飛び付いたものに、ふわり、と包まれた。
? 何だ?
「まったくあんた達は! いつもいつも! ここを何処だと思ってるんだい!?」
説教が始まりました。
ぎゅっと瞑っていた目をあけて、包んでいるものが何なのか確認しようとした。
が、目に飛び込んだのは、黒。
あれ? 目、開けたよね?
「3代目は下のもんに示しが付かないと、いつもあれほど……」
私は柱の様なものに両腕を回して抱きついている。
黒い柱?
「クロウも! 3代目をからかうんじゃないよ!」
「おや、私は事実を述べたまでですよ」
「んだとっ! てめ、ぇ………」
自分の頭の上から声がする。咄嗟に顔を上げると、あり得ない事に、柱と目が合った。
いや柱ではなく。
おっきな、クロウさんの顔。
私が柱だと思っていたのはクロウさんだったようだ。
黒は服の色。
……………って!
「くくくく、くろっ、くっくろっっ!?」
「黒? って何ですか?……メグミさんて、柔らかいですねぇ………」
さらっと変態発言をかますクロウさんを見上げ、口をパクパクさせる。
その時、お腹に圧力がかかり、私を優しく包んでいたクロウさんの手が離れ、た。
笑顔のクロウさんが遠退いて。
ほっとしたのもつかの間。
今度は頭の左上から声がした。
「何してやがる。クロウ、マジで、ぶっ殺すぞ」
「おや、珍しい。本気で怒らせてしまいましたね」
お腹にあるのは腕、声はオズ。クロウさんから引き剥がしてくれたようだ。
そして何故かそのまま。
「は、はは、離しししっ!!」
「いやだ」
何でぇえええ!?
「男の嫉妬は醜いですよ。3代目」
「はっ! 誰が、誰に、嫉妬してるって?」
因みに私はジタバタしている。全くもってどうにもならない。頭上の会話も弾んでおります。なんで、つか、このっ、外れねぇえええ!
「3代目が、この、優秀な、部下にでし、」
「聞いてんのかいっ!? あんた達はっっ!!」
「「い゛っ!?」」
「おえい!」
ゴイーンと2回、鈍い音がして2人は蹲った。
私もやっと解放され、と言うか、廊下の石の上にぼてっと落ちて、おえいとか言ったのはまぁ私なんだけど、転がったまま、救い出してくれた人物に目を向けた。打った膝ちょっと痛い。
淡いグリーンの髪を一つに纏め、歳は30代前半ぐらいだろうか?
綺麗な若奥様、といった感じの女の人が、中華鍋、にみえるものを片手に、2人を見下ろしていた。
あ、あれは痛いだろう……。
うわ、という顔で見ていれば、不意に彼女が此方を向いた。相変わらず転がったまま、ギクリとする。
謝れ私今すぐに。
「あ、あの、すみませんでした……」
あれで殴られたらと青ざめ、急いで身を起こしながら、謝罪を口にしたが、彼女はきょとんと私を見つめ返した。慌てて「その、騒がしくして……」と付け足すと、漸く合点がいったように頷いた。
「あぁ、いいよいいよ。どーせこの2人に巻き込まれたんだろ? あんたも大変だったねぇ」
怒られるかと思ったけど、眉を下げた彼女に憐れまれてしまって、苦笑する。
巻き込まれたって言うのかな今のは。私もいっぱいいっぱいだったからなぁ。引き返したくて。
「あれ、お嬢さん、もしかしてクロウの言ってた……?」
ふと彼女が漏らし、ん、と顔を上げるのと、ふらりとクロウさんが立ち上がったのは同時くらい。頭を押さえるクロウさんは、相当痛かったのか涙目だ。
「っ〜〜……少しは手加減して下さいよ。そうですよ。彼女が落し子です」
「ってぇ……マジ死んだ」
オズも涙目だ。
「このくらいで音を上げてどうするんだい! しっかり修行しな!」
言いながら彼女は私の手をとった。え、え、と手と彼女を交互に見る。
「失礼しました。私は風の民、メイ=サランドン。拝謁出来ます事、光栄に存じます」
身をかがめてその手を頭上に掲げ、一礼された。
「わぁ! や、そんな、私別に偉い人とかそういうんじゃないですから! あの、普通にして下さい!」
ちょ、マジやめて。も、ここで引き返したい!
「そうかい? いや、でもねぇ」
「そうして下さると私も嬉しいんです!」
必死に訴える。最早懇願。必死に普通にしてとお願いする女。私何をしてんだこれ。
「………じゃあ、お言葉に甘えるよ」
困ったような顔で、彼女、メイさんが笑う。
「はい! 私、恵です。宜しくお願いします」
よかった、話の通じる人で。嬉しくなって、中華鍋風ナベ片手のメイさんに向かって、へらりと笑う。
ついでに名乗って、頭も下げた。
「ふふ、よろしくね。可愛いじゃないか。ねぇ?」
「俺にふるな!」
快活な感じのメイさんに、きっと私は、ほっとしたんだと思う。
初めて接触した同姓。知らず張っていた気が、少し緩んだ。
(てか、広いなぁここ)
(んー。何だか鈍そうだね)
(?)
(こりゃ苦労するよ3代目)
(だから、俺にふるなって!)
(??)
(うんうん。メグミさんは)
(可愛いですよね。本当に)
(お前、まだそこ!?)