正座して床に座る2人を見下ろす。
「まず、風影様って誰ですか?」
2人が顔を見合わせた。
正座を崩し、胡座を掻いたオズが、上目に私を見る。
「風影ってのは、称号だ。この国を治めている者」
称号、かぁ。
神様、じゃなそう……。ちょっとだけ落胆。
続けてクロウさんがスッと立ち上がり、私の手を取って、にこりと微笑む。エレガントな笑み。て、何ですかこの手。
「つまり、王です。風の民をまとめあげ、国を支えていらっしゃいます」
「風の民?」
ペシッ、とオズがクロウさんの手を叩き落とす。
真顔で。
こ、怖いよ。オズ。
「簡単に言うと王族。だが今はこの国の軍は風の民と呼ばれてる」
「軍には風の力の強い者がいますからね……ですが、元を辿れば王族の血をひいている者ばかりですよ」
「ちょ、ちょっと待って下さい」
何だかスケールが大きい。
国、王様、軍。耳慣れない単語ばかり。ついていけない。
ついていかなくていい?
「か、風の力って、何ですか? 軍、てどう見ても平和な感じじゃないですよね?」
いいわけないので、仕方なく、訊ねて無理矢理理解を促す。1つ1つ、解す。
「話すと長くなるが要するに、軍は風の神を護る為に存在する」
「!」
それは、スケールが違かろうと、理解に追い付いていなかろうと、その、言葉だけは、私の胸を高鳴らせる。
「風の神の守人。と、同時に風の加護を得た人々。それが風の民だ」
気持ちが高揚する。仕方ないでしょう?
「ここに! ここに風の神がいるんですか!?」
やっと見つけた帰り道。
「連れて、私を神様の所に連れて行ってください!」
連れて行って。
早く、早く。
私には、この道しか選べない。
一本道
国の事を訊ねられ、俺が普通に答えるのを、クロウは横目で見ていた。
何故そんな当たり前の事を訊ねるのか、知らないのか、疑問に思ったのだろう。けれど、俺が。
クロウにとって、俺が、少女を救世主と言った事は、心の隅で疑っても、結局は疑いようもない真実と受け止められる。この国のどいつに言っても、俺が言ったら、信じるだろう。
まさか、と思いつつも、信じるだろう。それが俺自身の力だとは、思わないが。
クロウは何も言わず、何の素振りも見せず、俺の言葉を継いで、俺と一緒に、彼女の疑問に答えた。
後で説明しろって言われんだろな。
クロウは馴れ馴れしく見えて、これでもかなり警戒している。一々触んなとは思うが、触れて、手の感触や、反応を、観察しているのは、知っていた。
俺が見ている限りでは、普通の少女だ。気配が希薄だが、これといって危険は感じない。
肌は白く、手だって、軟らかで、きっと剣を握った事もない。この間逃げて来た見合いの相手の手も白かった。
けど、貴族の娘のような綺麗な手でも、反応が違う。貴族の娘は奇声を上げない。素振り1つが、粗野だ。町娘みたいに。
ただ、彼女は、1つだけ、だが明らかに、貴族とも町娘とも違う所がある。クロウも感じた筈だ。
緩く、柔く、へにょり、と笑う。
その、笑顔が、違う。
この国に限らず、世界のどこにも、こんなふうに笑うやつは居ない。笑っていても、笑い合っていても、緊張感は常に何処かに漂い、影を背負わせる。
それが戦を知る者と荒れた世を知る者の、今の常。
ああでも、クロウはまだ見ていないのか。クロウが来てからまだ笑ってない。
あの気抜けするような、呆れる程平和な、笑顔を。
「ここに! ここに風の神がいるんですか!?」
見たら、クロウ、お前はどんな顔をするだろう。
俺は、俺はな、ドキリとしたよ。綺麗だと、思ったよ。
また笑わねぇかなって、思ったんだよ。
「連れて行ってください!」
嗚呼、あんたは、見つけたんだな。希望を。
俺ぁ、頭わりーし、考えるより身体が先に動くようなやつだからよ。帰してやるって言っちまったんだよ。だから泣くなって、言っちまったんだよ。
また、笑ってくれねぇかなって、笑わせてやりてぇなって、思うんだよ。
国は、いずれ、俺を縛る。
納得してるし、縛られてもいいと思ってるくらい、国は大事だ。
でも今、縛られる前に、自由な内に、俺がしてぇことするのは、いいよな。
自由に動ける今、なら。
「風の神に、会いてぇのか」
彼女との約束を、果たせる。
「はっ、はい! お願い、お願いします!」
必死だな。苦笑が漏れる。
最近、俺は必死になった事があっただろうか。何とかしてやりてぇなあ。
「風の神はいるにはいるんだが……今は眠っている状態なんだ」
希望の光が揺らいだ。
瞳に絶望の色が差した。
そんな顔すんな。何とかしてやりてぇって、俺思ってっからよ。帰してやると言った以上、何とかして帰してやるからよ。俺ぁ、嘘は吐かねぇんだ。
「メグミ」
色んな言葉は、頭の中で留まった。出たのは最初の一言だけ。
「そんな顔すんな」
俺も、必死に探してやるからよ。だから、そんな悲しそうな顔、すんな。
「わかった。連れて行く」
(笑顔の為に必死になる)
(中々どうして、)
(悪くねぇ)