03



「オズって、人気者なんですねー」



家に着くなりそんなことを言う、少女。
寄声を発したり、子供みてぇにわんわん泣いて、喚いたり、かと思えば、見惚れるくれぇに、綺麗な笑顔をする。これが救世主と言うのだから、驚く。
普通の女と歩いた事があまりない俺が、普通に歩いたら、女は追い付けないものだと知ったのは、道を半分以上過ぎた後。それまでどうやら走っていたらしい彼女は、文句をぶつけて来たりは、しなかった。
変だと思う。普通なら、俺が思う普通の女ってのは、合わせてくれと、自分に合わせてくれるのを望む生き物だ。それが出来ないと、やれ優しくないだの、そんな冷たい人とは思わなかっただのと、騒ぎ出す。
ちっこいこの変な女を、ヤクサ畑で一度見失ったが、遠くで何やらわーわー喚く声で、居場所はすぐに知れ、泣いているかと思えば、そうでなく。怒るかと思えば、確かに少し怒ってはいたようだが、兄ちゃん行き先はどこですかーい! と聞いてきただけだ。何そのノリ。今思い返しても意味不明。
それからも、意味不明は続く。ヤクサ畑を抜けた時点で、そう言えば騒いでいたみたいだけど何してたんだと訊ねてみれば。ちょっと草とガチバトルを………とか良く解らない単語が飛び出してきた。がち、ばとる………何だろう。あ、いやいやそれより、衝撃だったのは、この少女が別の世界の住人だと言い出した時だ。
驚いたし、何を言い出すこの子は、とか思ったが、よく考えてみれば、救世主は、文献で知っただけだが、物凄い、こう、神聖化されていたと言うか、天から降りて来るとか、神々の居わす世界からやって来るだとか書かれていたから、そういうもの、なのかもしれないと思えた。
だから変わってるのか。とも思った。

変な、女。だよなつくづく。


「ん?」


チラリ、と見れば、にこにこしたまま、首を少し、傾ける。

黙って笑ってりゃ、可愛い、の、に………?


「って、何言ってんだ俺ぇええええ!!」
「わっほぅううい!? 何!? 何が!?」


落ち着け俺ぇええ………!!

どうもこいつといると調子が狂う。出会いだ。多分出会いがアレだったからだ。
変だ変だと思うのに、のほほんと笑っていられると、何かこっちまで気が緩むと言うか。救世主って事を忘れると言うか。


「何でもねぇ。それで、えー……」


んん、と咳払いして、自分を取り戻す。深く物事を考えるのは苦手だ。んなまどろっこしい事するより、直感に従う方が上手くいく。


「取りあえず、救世主様は、これからどうするつもりなんだ?」


言いながら、椅子に腰を落ち着ける。そうそう、深く考えるより行動だ。訊いてさっさと話を進めよう。
と思ったわけだが。


「……………」

「?」


俺は部屋がどんなだろうと気にならない。今気楽に過ごせる一軒家は、広くはないが気に入っている。
その決して広くはない俺の家の出入口で、突っ立ったままの少女は、眉を寄せ、口端を少し持ち上げる、という微妙な表情で黙り込んだ。
微妙つか、ちょ、変だぞ。何だその変な顔!?


「その呼び方、嫌いです」


そして解りやすく、むう、と口を尖らせた。

あ、と俺の口が形だけを取る。


こいつは確かに本物の救世主だ。



今急速に精霊たちの力が弱まり、世界は荒れている。
その上、もっとも軍事力のあった火の国、アフザレイド帝国は、他国への侵略を始め、今は専ら、帝国に次ぐ力がある北の大国、ノースバレン国と争いを繰り返している。
血が大量に流され、世界は汚されて、精霊たちは更に弱っていく。

悪循環を繰り返す。
もう何年も、野生の精霊を目にしていない。きっともう何十年も、新しい精霊は生まれてない。
それでもまだ、流れる血は止まらない。


ゆるり、息を吐く。

世界の情勢など、この少女は微塵も知らないだろう。何せ別世界から来たってんだから。
このことは、後でこいつに話すとして。

目の前にいるこの少女は、只の普通の少女。
何の変哲もない、只の、女。

眉を寄せて口を尖らせたまま、俯き木目の床を見つめている。

こいつに何が出来る?
それは本人も思っていたようで、難しい顔のまま、ぽつり、言葉を紡ぐ。


「私、何も出来ません」

「…………………………」

「それどころか、この世界について何にも、本当に何も知らない」


唇を、食む。
それを見て、ごめん、が口を突きそうになった。
今、そんな顔をさせたのは、俺だ。けれど。謝るよりも、他に言うべき事が、あるじゃないか。今俺が言うべきなのは、謝罪じゃない。


「俺は、なんていうか……」


俺は、

俺達は、


「は、」


一体何をこの小さな少女に背負わせようとしている?
俺は、もう彼女を見てはいなかった。机の荒い木目を、じっと見つめて。


「はは、情けねぇな……」


漏れたのは、嘲笑。勝手に出た。知るか。俺は考えんのは苦手なんだ。思ったままを口にしろ。


「……………………」


俺は、彼女を見ていなかったから、彼女がどんな顔してたかは、解らねぇ。
しん、とした部屋で、窓枠だけが、ガタガタと風に音を立てていた。

俺は、救世主なんて、信じちゃいなかったじゃねーか。そんな都合のいいもんが、都合よく現れるもんかと、馬鹿にしてたじゃねーか。それが都合よく、自分の目の前に現れたからって。
俺ってやつは、本当、情けねぇ。こいつに出会ったその直前まで、俺はどうあったよ。
荒廃する世界に、俺はどう向き合っていた。


「自分達の、自分の、世界くれぇ自分で何とかしねぇとな!」


そうだ。見えないカなんかに頼るなんて、愚かだ。
ぐん、と顔を上げて、言い切れば、おう、実にスッキリ。腕を伸ばして頭の後ろへ組む。いやいや、実にスッキリだ。考えんのは苦手。此処は俺の世界なんだ。俺が何とかすりゃいい。
あ、俺今いい事言った?
ちょっとかっこ良くね?


「悪かったな!」


にへら、と笑いかける。俯いた彼女の顔は、見えにくく、どうやら、さっきよりも頭を下げたらしい。今度は自分の足辺りをじっと見つめている。
小せぇ頭だな、と思う。旋毛を見ながら、思う。

こいつは、否定しなかった。呼び方が嫌だと、そう言っただけで、救世主じゃないとは、言わなかった。
きっと、俺が、クロウが、此処まで歩いて見た町の連中の顔が、それを言わせなかった。人を思う。思いやる。
ボロ泣きしたくれえ、なのに。知らない世界で、帰りてえと望むのは当たり前なのに。
あんたは、言わねぇで、いてくれたんだよなあ。


「んーじゃ、あんたが帰る方法を探すとすっか!」


何だか口元がむずむずする。視線を前に戻し、誤魔化す為に、わざと明るく声を出して、立ち上がった。


「…………………」


あれ、静か。


「?」


彼女を再び見てみる。
動いてない。微塵も。
だが小さく、唇が動く。


「…………思い出した」


え、あれ?


「聞いて、ねぇ……?」











乱される Pace



(今、俺、大決心、した)
(よな……?)
(いい事言った、と思うんだ)
(けど)
(え、聞いてない?)
(とか、)
(結構悲しいんだけど?)


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