02


異世界People





坂道とも言えないような、緩い斜面の上から、そこへ道は続いている。町の様子が見えるそこで、一旦足を止めたオズにならい、私もそこから町を眺めた。
彼の家のある町。切り立った崖を背に広がっているようだ。
建物は4、5階建てが多く、道なりに並んでいて、所々に見張り台のような木で組んだ櫓が突き出ている。煙のような物が上がり、小さな人が建物の間を動いているのが解る。生活の匂い。人の暮らす気配。ほっとするのと同時に、自分の知らない世界で、町があり人がそこで生活しているのが、不思議な気分だった。
私の倍以上はありそうな、太い2本の木の柱が、町と道の境になっているようで、何か不思議な紋様が描かれたその柱の前に、人が2人、立っているのが、此処からでも見て取れる。

ここまで、前を向いたままこちらを一向に見なかったオズが、振り返った。


「ここが俺の町。ウィングタウン。通称風の里。どうだ? いい町だろ?」


何処か誇らしく、得意気に笑う彼を、困ったように見返す。
ちょっと異世界へ遊びに来ましたぁー! な、帰れる前提があったなら、感動して、はしゃいでいたかもしれない。けれど。


「うん、そうか、も。何て言えばいいか……見たことない、です」


自分の置かれた状況は、知らない場所をはしゃげる程、安易ではない。これからの事を思うと不安だし、見る物見る物、初めてになる。へらり、笑ってみたけれど、その戸惑いは、上手く隠せず、オズに伝わってしまった。


「わ、わりぃ……」


バツの悪そうな顔をして、目を逸らしたオズに、慌てて否定する。


「違うの違うの! ご、ごめんなさい。オズは悪くないんだから、謝らないで下さい」


私ってダメだな。オズに気を使わせてばっかりだ。
親切にしてくれている彼に、こんなんじゃ申し訳ない。

彼は明後日の方向を向いて、俺の馬鹿、とか、む、神経? とかなんとか……呟いている。馬鹿は私で、無神経も私。
だからこっそり、その影で溜め息を吐いた。あんたって解りやすい。不意に友人に言われた言葉を思い出した。その時。


「3代目、その女は誰です」

「なぁぉおっ!?」


びびび、びっくりした!

飛び上がった私は、吃驚しすぎて勢いそのまま、オズの脇腹に飛び付いた。つか吃驚した!


「!! ごほっ! ごほっ、ごほごほっ!!」

「だ、大丈夫ですか?」

「何してんですか。あんたは」


オズがものすっごい咳き込んだので慌てて離れて、彼の背中に隠れると、背を擦ってあげた。
何が起こったのかよく解らない。ただ、誰もいなかったはずの場所に、何かが突然現れて、とにかく吃驚した。人だと理解したのさえ、吃驚したちょっと後だ。
影から恐る恐る顔を出して、そっと覗き見る。あ、男の人だ。なんて言うか……怪しげな男の人。うん、一言でまとめたらこんな感じ。
黒い布で、鼻から下を隠していて、多分それが怪しい原因。黒い長袖のシャツは、身体のラインが出る細身の物で、スラッとしている。腕を組み、立つその姿は、何だか高圧的に感じて、益々オズの後ろから出たくなくなった。
解ってる、うん。私オズをめっさ盾にしてる。何にも考えず、普通に盾にした。わぁ、私逞しいー。なんて神経してんだろう普通に酷い子。でも出ない。絶対出ない怖いから。


「ごほっ!……べ、別に、何も……ふぅ、咽ただけだ。……あぁ、あんがとな」


前半は前の男の人に、後半は私に、声をかけると怯える私の頭をぽんぽん、と叩いた。叩かれた頭を押さえる。
盾にしている事は気にしていないようだ。いい人だ。本当にいい人だ。ちょっと感動。

そのやり取りを見た男の人が眉をぴくりと動かしたが、それに私は気が付かず、彼が声を出してから、彼に再び視線を移した。


「で、その女はなんです?……まさか、攫っ」
「違ぇよ馬鹿。お前、人を何だと思ってんの?」


どうやら知り合い。それも結構よく知る間柄。っぽい。多分。恐らく。


「……見ず知らずの女を町に入れる訳にはいきません」


見られてます。

ものっそい見られてます。
男の人は、オズの影から顔だけを出す私を、黒髪の間から覗く眉を寄せて、見て、と言うか最早観察している。
オズの足の間から出ているであろう私の足から、裾を掴む手、竦めた肩、行き場がなくて彷徨く目線、頭の先まで。じろじろじろじろ………居心地が悪い。
そんな見ても、別に何にも出ませんよ。顔も変わりませんよ。何処にでもありそうな平凡な顔が平凡にそこにあるだけですよ。


「こいつは落とし子だ」

「!!」


視線に耐えつつ、誰かー何とかしてーと他力本願に思っていた私の前で、オズがおもむろに言って放った。
落とし子? って何だろう。竜の落とし子? 誰が?
つい首を傾げ、ふと男の人を見る。と、彼は目を見開いて、今度はオズを凝視した。え、何その顔。
益々不思議になって、私はオズの服を離した。半歩だけずれて、影から出て、オズを見上げてみる。
オズは黙って頷いただけだったけど、どうやら相手はそれだけで、悟ったらしい。


「まさ、か。……あぁ! 風の神よ……!!」


期待と憧れを、同時に含んだ目を向けられた。ビクリと肩が揺れる。
何これ。酷い。さっきよりもひどい居心地だ。
最悪だ、逃げ出したい。


「はっ! し、先礼しました! よもや救世主様だとは思いもせず、申し訳ございません!!」


ひぃいいいい!!
生まれて初めて見た!!


ど げ ざ


やめてよ変な目で見ないでと眉を顰めていた私の目の前で、突然、一体何を思ったか突然、男の人が地面に伏した。
一気に全身に鳥肌。叫びたい。どうしたお前と叫びたい。どうしたお前頭大丈夫ですか!


「や、やめ! 止めてくださぃいいい!!」


なんとか止めてもらおうと自分も膝を付いて、彼の肩を押す。とにかく必死。土下座される恐怖。そう恐怖だ。何だ土下座されるってこんな怖いものなのか。


「救世主様……! なんとお心の広い!」

「頭! 頭を上げて下さいいいいい!!」


何 この 人 !?

必死なのに、多分私真っ青なのに、布を口元から下げた男の人は、きらっきらした瞳で、うっとりと私を見上げて来る。しまいには手を両手で握られた。あ、美形。じゃなくて!


「あの、とにかく、」

「何かありましたかー?」


柱の前に居た人が、駆けて来るのが視界の端に映る。映ってちゃんと顔を向けて、ぎゃあ、と叫びたくなった。柱の前に、人が、人が集まっている。此方を指差し、続々と、町から人が………。


「それに、可愛らしい。救世主様が、こんなに可愛らしい方だとは思いませんでした」


だ ま っ て 。

追い付いた柱前に居たひ、面倒だな、柱の2人が、私と男の人を交互に見て、目を丸くしている。更に何人か此方へ駆けて来ている。

ほら、目立ってるっ! 超目立ってるからぁぁあああ!
たぁすぅけぇてぇええ!!

涙目でオズに助けを求めると、彼は苦笑して助け船を出してくれた。


「風影に伝えて来い。こいつは家に連れていく」

「三代目っ! こいつなどとっ! そのように失礼な…」
「あー! もーうっせぇ! 早く行け! 一大事だろうが!!」

「!」


男の人の意識がオズに逸れた。ほっとする。もう少しで逃げ出すところだった。

相変わらず、何だ何だと、訳が解らない様子の柱の2人は、オズの声にビクリと姿勢を正した。僅かに荒げた声を向けられた当の本人は、ちょっと目を見開いた後、片膝を上げ、片膝を付いた体制を作ると、オズに向かって頭(こうべ)を垂れた。


「………承知しました」


その様子に俄に驚いたのは私で、オズと男の人を交互に見る。
え、あれ、オズって、てかこの男の人って、


「へあ?」


変な声が出た。
右手が、何かサラリとした物に触れた。
すっ、と持ち上がる自分の右手を、見て、その手の下に、黒い手袋をした手がある、のを見て、あ、手を取られたのか、と理解して。


「救世主様に、敬意を」


優雅な、笑顔。優雅な、動作。
手の甲に、柔らかくぬくもりが触れた。


「え、」
「てめっ!!」


オズと同時に声を上げた次の瞬間には、男の人は消えていた。
文字どおり、消えてしまったのだ。


「クロウの野郎、後でぶっ殺す」


何から突っ込んだらいいのか。


「あの人、クロウさんっていうんですか?」

「最初に言う台詞がそれか」


すいません。気になったんです。
あと、ちょっとした逃避。
ぼんやりと自分の手を見る。忘れよう。そう思った。


「さ、3代目、あの」


ぼけーっと地面に座り込んだままだった私は、控えめな主張に、はっと顔を上げた。柱の人が困ったように突っ立っている。
何故か不機嫌そうなオズが、私の腕を引っ張りながら、あー……、とかったるそうな声を出した。


「何でもねー。お前ら持ち場に戻れ」

「はぁ………あの、そちらは?」


オズに立たせて貰った私を、チラと見て、遠慮がちに、でも暗に誰だ、と。


「俺の客」


素っ気なくそれだけ言って、オズは歩き出す。慌てて後を追い掛けようとし、すれ違い様に柱の人にペコリと頭を下げ、て、ぎょっとした。

その人の表情が、クロウさんと言うらしい人のさっきの表情と、同じものだったからだ。何か期待の籠った眼差し。何故笑っている。
何でそんな目をするのか、見られたのか、奇妙に思いながらも、私は大分進んでしまったオズを追い掛けた。
大きな柱に挟まれたそこに出来ていた人だかりを、堂々歩くオズの後ろで、私は小さくなって進む。


「3代目ー! 何かあったんすかー?」
「クロウ、なんかしたんすかぁ?」
「オズ様ぁ! 素敵!!」
「3代目! 今日は良い魚が取れたんだ! 後で寄ってって下せぇ!」
「お、3代目! 門でなんかあったんですかー?」
「オズさまー!」


柱を過ぎて、町に入っても、沢山の声が降り掛かる。私ではなく、オズに向かって、沢山、沢山。圧倒されそうなくらい、次から次に掛かる声に、驚きつつも。

なんか、混ざって、黄色い声が………。


「おーなんでもねぇよ。気にすんなー」

「「「きゃぁあー!!」」」
「うおっ!」


手を上げたオズに、道端の女の子達が、一際大きく歓声を上げた。ビクッとしたのは私だけ。


「行くぞ」


オズは首だけちょっと振り返り、頭を振ってこっちだと方向を示す。いたって普通。なんで。
だって、きゃーきゃー言ってるのに、なんでそんな普通に………あぁ、いつもなのか。普通なのか、これ。

口元が引きつってしまった。


「あ、待って下さい!」


騒がしい町の中。見たこともない茶色のレンガの景色中。
大きな背中を追いかける。
知らない人達の、気さくな笑顔を見ながら。









(3代目ー! ちわっす!)
(おぅ)
(オズ様、)
(今度うちに寄って下さいな!)
(おぅ)
(オズ兄さま! 遊んで!)
(これ! 3代目すみません)
(はは、今日は勘弁な。またな)

(す、すごい………)



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