私はたまに、モップデリス号に乗って海へと出掛ける事がある。
モップデリス号というのは、D達の船の名前。
今はもう、救世主の船、モップデリス号、と言った方が正しいかな。

海へ出る理由は1つ。
釣りをする為だ。

自分達の食事はなるべく自分達で

そう決めたのはいつだったか。

余った魚は売ったり、城で使って貰ったり。私は狩りには向いていないから、自ずと釣りをする事になる。


「ふぁー………」


最近は慣れて来て、餌だけを取られて逃げられる、なんて事は少なくなったけれど。


「…………………」


釣りは気を長く持たないとやってられない。
幸い、待つのは苦痛じゃないが、波の音だけが静かに流れる暖かな船の甲板、それは私の眠気を引き起こす。

瞼が重い。


「…………………」

「…………………」

「…………………」

「……………寝てんの?」

「…………………」

「………メグミちゃん?」

「……………はっ!」


カクン、と頭が下がり、ウトウトしていた事に気付く。
目を開いたり閉じたりして、何とか眠気を覚まそうとしてみたり。

うう、眠い。日射しが………あったか、い………。


「フゥ」
「びひゃぁう!?」


再び微睡みに誘われ掛けたところで、耳元へと吐息が掛かり、飛び上がる。


「「あ」」


そして、掴んでいた釣竿は、私の手から旅立った。
音も無く、海面に吸い込まれて行くのをただ呆然と見つめる。

釣竿、釣竿が………魚が………魚が、っておぃいいいい!


「今夜のおかず! D!」

「だってメグミちゃんたら無防備に寝てんだもーん。こんなとこで寝てたら襲われちゃうよー?」

「ちょ、ちょっとウトウトしてただけだもん。寝てないもん」

「それは寝てたって言うの」

「うう、だってポカポカ気持ち良いんだもん………って、それより! 釣り竿が!」

「俺様の貸したげる」

何故脱ぐ


ズボンを下ろすなぁああああ!

真っ赤になって怒ると、Dは「メグミちゃん専用にしてもいいのに」とか訳の解らない事を呟いていた。
それからトリトンが釣竿を引き上げてくれて、Dが餌を付け直すと、再び釣りを再開する。


「後3匹は釣らないと、ってちょっと、D狭いよ」

「大物釣ったげるよ」

「じ、自分の分持って来ればいいじゃん」

「これでいーの」

「私は良くないんですが」


後ろから覆い被さるように、Dは私の手の上から釣竿を持って機嫌良さそうに鼻を鳴らしている。
私といえばドキドキである。
抱きしめられてるみたいだし、私の肩に顎を乗せるDの顔は近いし、これは緊張するなって方が無理だ。
しかも何か妙に視線を感じるんですけど、見ないでくれませんか今顔赤い!


「…………………」

「ああああの、わた、私が別の釣竿持ってくるから」

「………………ダメ」

「っ、いや兎に角離れて下さい。色々もたないんで!」


主に鼻血とか鼻血とか鼻血とかが出ちゃう感じで。
沸騰しそうですこれ。


「あは、もー、すぐ赤くなっちゃうんだから………ほんと、かわい」

「何なのこれマジでぇええ!」


ひぃいいいいいい!
やめて耳元やめて!

逃げようとしても、Dはがっちり私を捕まえていて、結局俯く事しか出来ない。


「そういう顔、男を誘うって解ってる?」

「ホンギャー!」


かかかか噛んだ!?
耳たぶ噛んだよこの変態!


「あはは、色気無いー。いつもそれで台無しにするんだよねー」

「とと鳥肌立った! D! 私で遊ばないでよ!」

「遊んで、あ、引いてる」

「えっ!? ああっ!」


Dの声に反応して竿を見ると、ククンと引かれている。。
暫く引き付け、大きくしなった時、Dは私の手ごと竿を引いた。
器用に甲板へ魚が下ろされる。


「わぁ! おっきい!」

「今夜の食卓の主役だねー」


甲板の上を勢い良く跳ね回る様は新鮮そのもの。
いつの間にかDの腕から抜け出した私は手を叩いて称賛した。

流石はベテランだ。こんな大物私では釣り上げられない。


「………本気なんだけどなぁ」

「丸ごと煮たら美味しいかもー!」

「………あは、かーわい。まあいっか。ゆっくりでも」

「ああ、でも刺身も……ん? 何か言った?」

「別にー。もうちょっと釣ろうか」

「うん! 蛸! 蛸釣って!」

「タコ………?」

「あ、そうか。何だっけ、足が一杯あってうねうねーってしてるやつ」

「うねうね? あ、ペタゴス?」

「それっ、それ釣って!」

「あは、いいよー」

「いいの!?」


凄いよディーノ親分!
頼んでおいてなんだけど、釣ってと言われて釣れるなんて普通出来ないし。
爽やかスマイルで快諾しちゃうとか尊敬するよ!


「ネルー!」

「?」


と、キラキラした眼差しを送る私を余所に、Dはネルさんを呼んだ。
首を傾げてDを見ると、遠くで「なんスかー」と声がする。

そしてやって来た副船長。
Dは彼をおもむろに、海へ突き落とした。


「「ギャァアアアアア!?」」

「行ってらっしゃーい」


哀れ、まっ逆さまに落ち、ドッボーン! と水飛沫を上げたネルさんの行方を身を乗り出して見つめる。


「ネルさぁあああん!」

「ブッハァ! なっ、何するんスかお頭ぁああ!」

「ネルー、潜ってペタゴス採って来てー! 姫がご所望だってさー!」

「私のせいかぁあああ!?」


そんな暴挙に出るんだったら頼んでないし!
くっそさっき異様に爽やかに笑ったのは自分何にもしないからか!


「ネルさん! Dの言う事は気にしなくていいですから! 早く上がって来て下さい!」

「メグミさん………!」

「あっはー、いいのー? ネル、男の見せ処だよー?」

「う、うう………」

「Dやめてよ! ネルさんを使わない! いいですから上がって下さい!」

「メグミちゃん喜ぶよー?」

「ディーノさん、いい加減黙らないと怒りますけど」

「……………あははー」

「うわ、素敵笑が、じゃない! 笑って誤魔化すな!」


甲板でギャーギャーと喚いた為、周りに人が集まり始める中、傍若無人ぶりを発揮した船長を睨み付ける。
にこー、と笑顔のDはちょっとだけ口元をひくつかせた。


「メグミさん待ってて下さいッス! うぉおおおお!」

「へっ!?」

「おー、行ったねー。流石俺様の右腕兼雑用」

「雑用兼ねちゃった!?」


右腕に雑用兼ねちゃうとそれは最早ただの世話係りじゃね!?
いやうん、解ってはいた。
普段からネルさんの扱いは酷い。

Dってばマジで自分の身の回りのあれこれを一切ネルさんへと押し付けて、自分は昼寝とかしちゃうし。


「って今それどうでもいいし! ネルさーん! 無茶しないでー!?」

「メグミちゃん心配し過ぎー。あれでも海賊相手に百戦錬磨だよ? じゃなきゃ俺様が副船長になんてする訳ないっしょー?」

「え、いや、でも………」


なんかあってからじゃ遅いし………。


「いいからいいから。俺様お腹空いちゃったなー、お昼ご飯食べよーよ」

「ぇえっ!? ちょ、わわ、押さないでよ! ネルさんどうすんの!?」

「そのうちペタゴス採って帰って来るよー」

「え、ちょ、まっ、」


制止の声を丸無視され、腰に回された腕が私の足を前へ前へと促す。
この強引さにいつも結局は押し切られてしまうのだが、食堂へ着いてからもネルさんが気になって仕方ない。

蛸採ってなんて言わなければ良かった。
ああ、また後悔しちゃったよパピー。叱らないでパピー。


「ネルさん平気かな………」

「まだ言ってんの? あんまり余所の男の事考えないでよー………」


昼食の乗ったプレートを片手に、Dは不機嫌そうな声を出した。
プレートを受け取りつつ「だ、だって!」と言い募ろうとしたが、隣に座ったDは私の口に手をピタリと寄せてそれを遮る。


「もうネルの事は口にしなーい」

「………む」

「てか俺様以外の名前を口にしなーい」


直ぐに手を退かせば良かったのだろうが、不満そうに口を尖らせたDがなんだか子供みたいで、コクコクと頷く。
可愛いとか思っちゃった……。


「よし、いい子だねー。じゃあ食べよっか。いただきまーす」

「い、いただきます………」


ポンポンと頭を撫でられ、機嫌の直ったらしいDを横目に、手を合わせた。
いいのかな、呑気にご飯食べてる場合じゃないような気が………。

しかし気後れしながら口にしたパスタに、顔が綻ぶ。


「んー………相変わらず美味ー」

「俺様の船の料理人なんだからとーぜん」

「もーハリーさん天才だよー」


船の料理長の名を出して、また一口運ぶ。
あっさり塩味、ツルリとしたのど越しに最早顔は崩れっぱなしだ。


「ほんと美味しそーだねぇ。一口ちょーだい?」

「ん、いいよー。あ、Dのも頂戴」

「あは、いいよ。はい、あーん」

「え………」


私の倍程もあるミートソースのパスタを、フォークでクルリと巻き付けたDは、そのまま私の口元へ近付ける。
自分の皿をDの方へと寄せていた私は、一瞬ぽかんとしてしまった。

え、いや普通にお皿交換したら良いんじゃ………?


「自分で食べるよ?」

「それじゃ面白くないじゃーん。俺様が」

「いや貴方が面白いかどうかは関係ないんですけど」


そしてその行為の何が面白いんだ。
未だ手を引っ込めないDを無視して皿を交換する。


「あっ、こら何してんの」

「皿を交換しています」

「うん、見たら解るけど、そうじゃなくて!」

「んもー、何がしたいのよー」


Dが割りと必死に食い下がってくるので、私は仕方なく顔を向ける。


「だから、あーんして?」

「嫌です」

「即決!? なんで!?」

「いや、普通に恥ずかしいから」


今がお昼時。食堂は満席状態であり、大きなテーブルの向かいや隣にも食事をする人達が勿論居る。

なんでそんな公衆の面前で、バカップルみたいな真似をしなくちゃならないんだ。
恥ずかしいに決まっている。


「今更恥ずかしいとか言うのー?風君にあーんしたげたり、雷君にあーんして貰ったりした癖にー?」

「状況が違、ってアダムのあれ見てたの!? どっから!?」


病人相手と普段では違ってくるのだが、それよりもなんでアダムに食べさせて貰ったのを知っているのかが何より重要だ。


「秘密ー」

「の、覗き?」

「……………秘密ー」

今の間はなんだ


覗きなんて趣味が悪い。
むっとして、私はDからパスタへ視線を移すと、黙ってお肉たっぷりミートソースパスタを頬張った。
うん、うまい。


「メグミちゃーん、俺様手が虚しいー」

「…………………」


知らないよ。


「あれ、怒った? ねぇねぇメグミちゃんてばー」

「…………………」


知らないったら。


「………あは、照れ屋さん」

「なんでそうなんの!?」


意味解んないんですけど!

無視してパスタを咀嚼し、もう一口、と口を開けた私は、逆に言葉を吐き出した。


「だって恥ずかしいって……」

「ああ、うん、恥ずかしい。い、いやそれじゃなくて! 勝手に覗いた事に怒ってんの!」

「正確には俺様が覗いた訳じゃなくてー、トリトンから聞いたんだけどー」

「トリトンが? えー? 何処に居たのかなあの子………」

「トリトンは水の精霊から聞いたって言ってた」

「ああ、そっか、ナイアスは何処にでも居るもんね」


正しくは、水の国にはナイアスが多い。小さな精霊も沢山居る。

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