フォクスでの、暦の上で、だが。


今日は大晦日だ。

国中が浮かれ、お祭り騒ぎでサラなんて大忙しだ。
アダムやオズ、アイリスも国に帰っている。

一緒に行きたい気持ちもあったけど――特に風の国は私のもう1つの故郷だし――私は残る事にした。

理由は色々あるが、1番はやはり私は狙われているからで、旅なんてしたら恰好の的だ。

まあ朝から散々楽しんだし、文句なんてないが。

星空の下、女神の泉から流れる川に灯籠を流しながら、その沢山の仄かな灯り達を目で追う。
日本で言う灯籠流しみたいなもので、不思議な形の灯籠、なんというか……すいません、私には玉葱に見えます。
そんな丸くて天辺がギザギザしてる灯籠が幾つも川を流れて行く。
玉葱みたいだけど、綺麗だ。
1年の穢れを川に流しましょう、という行事なんだとか。

暫くぼんやりと幻想的な景色を眺めていたが、ふいに隣のクロスに目がいって、私は息を飲んだ。

あたたかなオレンジの灯りに照らされた横顔。
長い睫毛の切れ長の瞳に、揺れる光の粒。

ため息が漏れる程、綺麗だ。


「……………どうした」

「っ!」


顔は前を向いたまま、碧い瞳だけを私に向けて。
心臓が跳ね、慌てて視線をそらした。うるさい鼓動を聞かれるんじゃないかと早口に言葉を並べる。


「や、その、綺麗ですよね! クロスは毎年してるんですか?」

「………………いや」

「え? してないの? だってこれ恒例行事じゃないんですか?」


ふぅ、なんとか誤魔化せたぞ……見惚れてたとか恥ずかしすぎんぜ私。


「警護で、忙しくてな………」

「な、なるほど………」

「子供の頃は、毎年来ていた」

「子供のクロス………やべ、それ絶対可愛い」


きっと利発そうで、可愛い顔してたんだろうなー。
今見たら撫でくり回すな。
撫でくり倒すな。うん。


「………メグミ、顔が緩んでいる」

「は! ごめん、つい想像が膨らんで」


やばい、今私絶対にやにやしてた………普通にキモい人だった。
クロスがちょっと引き気味な気がするし。


「それにしても皆何処まで行ったんでしょうかねぇ」

「……………」


話題をそらしてみました。

此処に来るのに、船の皆も一緒で結構な大所帯だったのだけど、今はクロスと2人だ。
何故かというと、全てはネルさんの言った一言が原因。
「新年にアナリアの花を好きな人に捧げると想いが通じるそうッス!」

アナリアの花。
それはこの国にはない花。
険しい山の頂に咲くと言われるアナリアの花は、雷の国か、氷の国にしか存在を確認出来ていないらしく、
水の国での入手は難しい。

そのロマンチックな話自体は嫌いじゃない。
だが、それを聞いた皆の目の色が変わった。
灯籠流しを放り出して、アナリアの花を探しに行ってしまったのだ。

真っ先に駆けて行ったDはともかく、皆、シカまでもが、副船長であるネルさんを踏んづけて走っていった。

皆、恋をしているんだな。

なんて駆けていく後ろ姿を見ながら思ったりしたのが少し前。
気付けば隣にはクロスしか残っていなかった。
アレクはお城に居るし、シオンは最初から居ないし、キビトさんは昼間浮かれ過ぎて続出した怪我人の対応で忙しい。


「もうすぐ、明ける」

「え、まじすか。誰も帰って来ないんですけど」


人ごみに視線を走らせていた私はクロスの呟きに眉を寄せた。
あの人達は本当、何処まで行ってしまったんだ。


「此処に来て初めての年越しはクロスと2人かー……」

「……………嫌か?」


私が何気なく言った一言は、不満を漏らしたように聞こえなくもない。
だからだろう、クロスが不安気な顔で私を覗くようにして見る。

そんなつもりで言ったんじゃない

慌てて違う違う、と首を振って、胸中に広がる思いを口にする。


「嫌なんかじゃないです。ただ、なんだか不思議な感じがして」

「?」


心底解らない、といった風に首を傾げたクロスに思わず笑みがこぼれた。


「此処で年を越すんだって思ったら、なんていうか、うーん、上手く言えないな………」


くすぐったいような、ムズ痒いような、


「……………嬉しい、のかな」

「………そうか」


少しだけ、この世界に溶けた気がして。

優しく笑ったクロスに見つめられて、なんだか恥ずかしい。視線を逸らし、笑って誤魔化していたら、周りでカウントダウンが始まった。

ああ、いよいよ年が明けるのか、と思いながらなんとなしに見上げた先。

微笑を浮かべていた筈のクロスは思いの他真剣な表情をしていた。

跳ねた心臓。
碧に捕らえられて、逸らせない。


「……………メグミ」


瞳に私が映っているのが解るほど近くなった距離に気が付いた時にはもう。


「……………」


僅かに首を傾げたクロスの吐息が唇に掛かっていた。
所謂キスするうん秒前。
周りが年越しカウントダウンで数えているのは解っているのに、まるで私達の近づく距離を測るみたいで。


「……にーい! いーち! ……ぜろー!!」


ワッ!と周りが沸いた瞬間、
時間にして1秒にも満たなかったと思う。

だけど確かに。


「あっ! メグミちゃーん!!」

「っ、」

「……………」

「見つけたー!」

「わわっ、ちょ、なんで一々引っ付いてくんのっ!」


人込みを掻き分けて、私に飛び付いたDによってその場は流されたけど。


「今年1番に会えて嬉しい!」

「あ、ああ、そりゃどうも。つか暑苦しい」

「……………」

「あれ、なんか顔赤い?」

「っ! だっ、だから暑苦しいんだって!」


うわ、心臓があり得ないぐらいバクバクいってる。

クロスをチラリと見て。

見事に合わさった視線に慌てて俯く。


「……………フ、」


理由を聞きたいような、聞きたくないような、
複雑な気持ちで。


あの時確かに、

私の唇を掠めた熱。


「? なに、どしたの無口君。珍しくにこにこしちゃって」

「……………」

「いやホントに。気持ち悪いよ。なんかあったの? メグミちゃん」

「へっ? な、何かって何が!? ないっ! ないない! なんにもないしっ!」


なんで私に聞いてくんだ!
なんか、あった、なんて、


ギャー! 言えねぇ!
つかなんだコレ!?
動悸息切れ更年期!?


「……………あは、メグミちゃんは正直だねー」


はっ!

ブブブ、ブラックスマイルがっ!


「あっ!」
「!!」


Dの黒い何かを纏う笑顔にギクッとした私の手を、彼は掴んで人込みへ走る。


「わ、ちょ、」

「俺様ったら油断してたー。まさか無口君が動くとはね。急いで戻って来て良かったよ」

「っ、まっ、クロスが………」


引っ張られながら首だけで後ろを振り返ると、


「あなたなんでキレてんですかぁあああああ!?」


今年1番の鬼と化したクロスを視界に納める事になった。

新年早々、恐怖の鬼ごっこ。


先行き不安なスタートを切って、

ああ、今年もアレか。

私はこいつらに振り回されんだろうな。

私、今年も心の汗を沢山かきそうです。














(恥ずかしそうに笑う貴女が)
(愛しくて、愛しくて)
(耐え切れずに寄せた唇で)
(また増えた、愛しい気持ち)

<< >>
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -