夕飯の後、侍女さん達に手伝ってもらい、やっとのことで宮へと大量のスイーツを運び込んだ。
我ながら、大量に作ったもんだ、と感心してしまう。


「シオンー! 出ておいでー!」


部屋に向けて言っているのではない。シオンは大抵部屋に居ない。
だから宮の中で叫んで、彼を呼んでいるのだ。
シオンはかなり逸脱した耳をお持ちなのか、呼べば数秒後にはほぼ確実に目の前に現れる。
音も無く、上から降って来る時もあれば、床の影から出て来る時もある。毎回ビックリ仰天だ。
背後、私の影から出て来た時は心臓が止まるかと思った。否、ちょっと止まったと思う。


「シーオーン!!」

「呼んだか」
「うひっ! ………くそ、今回もビビった」


驚く度に次は絶対驚かないぞ、と誓っているのに、結局また飛び上がってしまった。


「ほら、約束の甘味」

「……………」

「………うそ」


広間に所狭しと並ぶスイーツを私が示すと、シオンは目を見開いて、そしてとろけるような微笑をその顔に乗せた。
見たら鼻血もんのその顔。
だがしかし、

向けてる相手がスイーツ。
残念な事にスイーツ。


「全部、食べていいのか………」

「どーぞ。てか全部とか無理なんじゃ…………ごめん。なんか見たらいけないものを見ちゃった感じ」


全部とかむ、の時点でシオンはテーブルに着き、素晴らしい早さでスイーツを平らげ始めてしまった。普段があれなだけに異様な光景だ。


「あまりの感動に押さえられなかったのね……存分に食べるがいいさ。私お茶でも入れて来よっと」

「……………モグモグ」


それから、お茶を入れて戻った私の目に、衝撃的な映像が。


「は、半分以上減ってるし……! すご、凄いなシオン。大食いなんたらに出られるよあんた」

「モグモグ、モグモグ」

「ほい、お茶」

「ムグムグ………ん」

「おいし?」


テーブルに両肘で頬梃を着いて聞くと、シオンは幸せそうな顔で「ああ」と微笑んだ。
やべ、ドキッとしてしまった。正気を保て私。相手はスイーツに極上の笑顔を向ける男だぞ。


「………ありがとな」

「へ? なに?」

「1度で聞き取れ馬鹿が」

「私が悪いみたい!?」


そんなボソッと呟かれて聞き取れとか無理ですよあなた。


「口開けろ」

「? あー………」


言われた通りにしてしまったのは私がバカ正直だから?


「ん!?………んー、我ながら上出来………」

「フ、貴様も1つくらいは取り柄があるんだな」


開けた口に放り込まれたチーズスフレ。自分の上達ぶりに満足して笑顔になれば、シオンが憎まれ口を叩く。


「ふふ、素直に美味しいですって言えばいいのに」

「……………黙れ」


だけど憎まれ口は照れ隠しだと都合良く変換出来る私。


「黙ってあげるから、あーん」

「……………」


目を瞑ったのは失敗だった。
そもそもなんで私目を瞑ったの。


「んぅ!?」


甘い甘い、シフォンケーキ。
それを口に入れた後、閉じた唇に蓋をされて。


「………甘いだろ?」

「〜〜〜〜〜ばかっ!」


唇同士が離れたと同時に皮肉に笑うシオンを睨んだ。
叩こうとしても絶対避けられるから。


「クク、貴様が1番甘いがな」

「うっさい! 油断したの!」

「その甘いもあるが、意味が違うぞ」

「うっさい! シオンなんか甘味食べ過ぎで太ればいいんだ!」

「貴様と違って己れは太らない」

「それは私が太っていると!?」


私が落ち込んでいる間にぺろっと全て完食してしまったシオンは、Dに何かされたら呼べと言って消えた。
消えた時もまたビクッとした自分にちっとも慣れねぇ!とがっかりしながら部屋に戻る。

そして部屋の前には、
変態が居た。


「お帰り、はにー」

「あんたなんで上半身裸なのか10文字以内で説明しなさい」

「寝る時いつも裸」

「クリアしやがったチクショー!」


2度見したわ! 変態の幻かと思って2度見したわ! 結果幻の変態だったけどなあああ!


「あは、抱っこぐらいはいいよね?」

「素肌でとか聞いてないんですけど!? ぎゃああくっつくなくっつくな露出狂おおお!」


これはもう逃げるしかねぇと自分的マッハで部屋に避難しようとしたら、お花でも飛んでいそうな勢いの笑顔で飛びかかられ、慌て叫びながら避けようとして、避けそこなって、腰に抱き付かれた。ぎゃああと悲鳴を上げながら腰に半裸の変態イケメンを引っ提げて部屋の扉に手を伸ばす私。これは何の地獄絵図。


「は、離せええええ……!」

「やだよ。だって今メグミちゃん逃げよーとしたでしょー」

「逃げないでか!」


これで逃げないわけがない。


「なあんでー。約束でしょー? ぶーぶー」

「ぶっ、ぶーぶー言うな! ちょ、解ったから離れろ! そして服を着ろ! 直ぐ様服を着ろ!」

「えーどうせメグミちゃんも後で脱ぐのにー」

お前のお花畑思考舐めてた!


なんでだよ! 脱がねーよ!
息切れしながら何とかノブにタッチ。私大の男を腰に下げながら3メートルも前進しましたすげぇ私すげぇ。


「兎に角! 一旦離れて! 服着て! 話はそれから!」


お願いだから! と何故か私が頼み込む形で訴えれば、漸く腰から腕が離れてくれた。よし今がチャンス!
素早く部屋に飛び込む。1秒。
素早くドアを閉める。1.5秒。
がっと何かに引っ掛かる。1.8秒。
ドアに挟まれた茶色のごついブーツを見止め、血の気が引く。2.4秒。


「メグミちゃん?」

「ひいいい!」


ドアの隙間から覗く笑っているようで笑っていない凶悪な海賊さんを見た瞬間、この世の終わりかと思いましたジャスト3秒。
がしっ、とドアが掴まれる。ノブを引く手に力がこもる。ミシミシいってるミシミシ!


「なんで閉めちゃうの?」

「一見穏やかな声がこえええええ!」


しかし駄目だここは譲れない! 怯むな私! 頑張れ私!
咄嗟にドアの横に片足を付き、全力でドアを引く。


「っ、ふぅん、あくまで抵抗するんだ」

「変態、立ち入り、禁止………!」

「立ち入るけどねー」


させるかぬおおお………!
そんな変態は否定しないような変態は入れないし!


「何にもしないってー」

「やっ、しん、よう、ならない! 健康男子のっ、何にもしない、ほど、信用、ならない、事は、ないって、スイ、ちゃん、言ってた!」

「チッ、あの女余計な事を………」

「きこえたあああ!」


うわあん! 悪魔!
手をプルプルさせている私に、薄ら笑いのDがそろそろ限界かと訊いてくる。悪魔!


「一緒に寝るだけだってー。俺様そんな獣じゃないよー」

「でもっ、変、態!」

「あは、否定しない」

「お引き、取り、くださいいいい」

「むり」

「むり!」

「むーりー」

「私のがむり!」

「あははー、ごめんそろそろ飽きてきちゃった」

「は、っ!? わああ!?」


何故か困った顔をしたのが、一瞬見えた。見えたと思ったら、身体は引っ張られていた。勢いに投げ出されそうになった私を受け止めたのは、逞しい肢体だった。とんでもねぇ。結果的に私が抱き付く形になって、そのまま持ち上げられ、瞬く間にベッドの上に組み敷かれてるとか。とんでもねぇ。


「やだやだやだやだ」

「ちょ、流石に傷付くその反応」

「だってふたりっきりになった時の男子はほぼ横一列で盛りのついた猿野郎だって言ってたもん」

「またスイちゃん!?」

「いやお兄ちゃんが」

「お兄さん、変な知識植え付けないで………」


ごろん、とDが仰向けになる。不意に開けた視界に、暫くぽかんとしてから、そろり、起き上がった。


「メグミちゃん、寝る支度とかあるでしょー? 適当に寛いでるから済ませてきなよ」

「あ、寛ぐ気満々なんだね」

「何気に今日疲れてるからねー、俺様。ごろごろしてたい」


今日……何してたんだろ。でも言うだけあって、目を閉じたDは、起き上がりそうもない。
ひとつ、息を吐く。
約束しちゃったしなあ。


「じゃあ、先に寝ててもいいよ」

「んー……眠れたらね。そうするよー」


疲れているらしいDには悪いが、ほっとしながら、シャワー室へ向かうことにした。眠っていてくれたら、私もこの緊張を解すことが出来るだろう。


「眠れるわけないっつーの」

「え?」

「んーんー、ごゆっくりー」


しかしシャワーを浴び終え着替えを済ませた私は、自分で自分の言った台詞を思い出す事になる。この似非爽やか青年のお花畑思考を舐めてはいけなかったのだ。


「いらっしゃーい」


開けたばかりの、シャワー室脱衣場含む洗面所の扉をバタンと閉めた。
え、今下着姿の変態がベッドに横たわってなかったか。いやそんなまさか。半裸であれだけすったもんだしたのに下着とかまさかあり得ないよね。そうそうあり得ないあり得ない。

そろっと扉を開けて覗いてみる。


「何恥ずかしがってんの?」


バタン。閉めた。
えええ何あの人頭おかしいんじゃないのなんで下着しかも何ウェルカム体勢で布団広げてんの理解の範疇を軽く越えてきてんですけど絶対頭おかしいよ変態だよそうだった変態だった「メグミちゃーん?」居ません!


「寝るんでしょ?」

「居ません!」

「寝ないの?」

「寝る寝ない以前に、居ません!」

「ドア壊す?」

「居ます!」


直ぐ鍵を開けドアを開けた私を、憐れんでジョニー。
にっこり笑って待ち受けていたDに、顔中引きつって仕方ない私を、憐れんでジョディ。


「抱っこして連れてってあげ」
「結構です!」

「んふー、照れ屋さ」
「星に帰れ異星人」


言葉が通じないDを放ってベッドに入る。う、わ……生暖かいんですけど。生暖かさがリアルなんですけど。


「もー待ってよー!」

「ごふっ!? ちょっ、ボッフン飛び付くな! 疲れてんじゃないの!?」

「疲れてるー。疲れてるからメグミちゃん癒してー」

「こっ、こら布団剥ぐな! わあかまくらみたーい、って何布団で空間作り出してんだ暗くて見えなぎゃあああ今揉ん……!?」

「あ、今の不可抗力ね。俺様触るならちゃんと触るし」

「黙れ!」

「あたっ………もう、乱暴だなあ。あ、もしかしてそういうのが好」
「黙れ!」


ぶはっ、と閉じ込められていた布団から顔を出す。後からにゃはーと笑いながら顔を出したDの頭を再び布団に押し込んで、もう、と誰とでもなく吐き出した。


「やーらかーい」

「煩い!」


結局抱き枕にされて。
抵抗しても疲れるだけで。
全く眠れる気がしなくて。


「こっち向いて?」

「煩い」

「向いてくれないとー……」

「なっ! ふっ、服を捲るな!」

「こっち向ーいて?」

「……一種の脅迫ですよこれ」


Dは言葉通り、変なこと、はしなかった。けど。
間近に見える素敵なお顔。脅迫されて仕方なしに向き合った瞬間からの腕枕。何がしたいのか、髪を優しく撫でる指。
目を瞑ったって。


「んふ、メグミちゃん、超ドキドキしてる」

「煩い!」

「かーわいー」

「煩いいいい!」


そりゃ全く眠れなかったのは言うまでもない。


「………生殺しだった」


それでも眠ってしまった明け方。
私の寝顔を見つめるキミが、何を考えていたのかなんて。
何を囁いたかなんて。
何をしたかなんて。

私には解りはしない。












水神の敬日






(ありがとう)
(ありがとう)
(ありがとう)

(今日は大切なあなたに)
(感謝を伝える日)

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