じんわり、汗が滲むけれど、木漏れ日揺れる木陰が気持ちいい。遠くで何か太鼓のような音が響いている。町で何か催しものをしているのかもしれない。


「眠くなりそー………」

「はは、食ったら寝る、ってガキだなあんた」

「むむ、オズは直ぐ子供扱いするんだからー。で、何するの?」


幹に凭れて並んで2人、ぼうっと庭を眺める。平和だ。


「別に何も考えてねー。あんたと2人で居られるのって滅多に無いからそんだけで貴重」

「そう? 最近はそうか……」

「………さらっと躱すなよ」

「何を?」

「2度とか無理」

「だから何を? わわ、」


頭をグシャグシャにされたのは、誤魔化された、って事なんだろうか。


「オズは変わんないね」


こうやって頭を撫でるのは出会った頃からずっと。
優しくてあったかい。貴方はいつも、いつでもそうだった。


「そーかぁ? お前も変なのは相変わらずだけどな」

「また変人扱いして!」

「ははっ」


あ、これだ。
この眩しい笑顔が、私は好きだ。


「あんたが変わんねぇところは他にもあるぜ? 1人で泣くとことかな」

「! オズ………」


困った顔でチラリと見上げれば、眩しい笑顔はまだそこにあり続けていた。


「泣きたくなったら言えよ。1人で泣かすぐれぇなら、一晩中付き合ってやっから」


このひとは、果てない優しさを持っているんじゃなかろうか。私をいつも甘やかす、広い広い優しさ。


「………ん」

「ぜってぇだぞ? 俺を呼べよ?」

「うん、うん………ありがと」


じゃあ今は、泣いてもいい?
心に染みる優しさに、じんわりと涙が浮かんだから。ちょっと我慢できないほど、鼻孔が痛むから。


「はい! 今から泣きます私!」

「んあ? え、なんで泣いて、」

「嬉しかったから!」

「おわっ!?」


私には馬鹿な兄貴しかいないけど、素敵なお兄ちゃんってこんな感じかもしれない。


「最近はね、あんま泣かないよ。悲しいって思わないもの」


横から抱き付いた私は、オズに鼻水が着かないように鼻を啜る。


「淋しいなんて、思わないもの」


暫く動かなかったオズだが、やがてその大きな身体で私をふわりと包んだ。


「………死んでもいいかも」

「いや死んだら駄目でしょ。何言ってんのオズ」

「今なら何でも出来る気がすんだよ」


オズの隣は安心する。
だけど、腕の中は、安心してはいられないようだ。
僅かに離れた身体に、私が翡翠の瞳を見上げた時のオズは、異性だった。


「オ」


急に男の人だと思い知らされた気がして、一気に顔が熱を持った瞬間に、オズは私の額に唇を寄せた。柔らかいそれが、離れても、額がムズムズしている。風のように爽やかな、オズの匂いしか、しなくて。
思考が、鈍る。


「う、あ」


口を金魚のようにパクパクさせる私に、オズはふ、と口元を和らげて目を細める。鈍い頭で改めて、なんて色男なんだと感じたその表情。


「今は俺のだよな」


心臓がおかしい。壊れる。おかしい。え、何今の。えっ、何今の!?


「時間まで、こうしててもいいよな?」


そうして頭がパンクしそうな私にもう1度、今度は鼻の頭に口付けて、また抱き締める。えっ、何これ何これ!?
ものすごく固まった。固まった、けど。
黙ったままで、早鐘を打つ鼓動は、私だけじゃなくて。それに気が付いたら、ゆるゆる、やっと声帯が動いた。


「………変なオズ」

「そうだな。俺、今日すげぇ…………快挙だな」

「え?」

「独り言」


言った通り、時間まで、オズはずっと、私を離さなかった。爆発するかと思った。


で、まあ爆発はしなかったわけですが。
もうなんで赤いのか忘れるくらいずっと赤面したまま、ふらふらと廊下を歩き、豪華な扉の前までやってきた。
扉の横に立つ兵士さんに「アレク、居ますか………」と力なく聞くと、兵士さんは「少々お待ちを」と扉を叩く。

開いた扉の隙間から桃色が見えたと同時に兵士さんが「メグミさんが参られております」と告げた。


「メグミさん、いらっしゃ………ちょ、どうしたのその顔!?」

「ふ、気にしないで下さい。アレク居ます?」

「居ます、けど。何をそんなに疲れて………」


失笑と共に覇気の無い声を出す私をリディアさんは心配そうに見つめながらも、部屋に入れてくれた。
赤と桃の目に優しくない配色に向かって今日の訪問の訳を伝え終わる頃には顔の熱は引いていた。


「私も?」

「勿論!」

「じゃあ私、メグミさんとお買い物に行きたいわ! 女の子の知り合い居ないんだものー!」

「それくらい全然いいですよ! あ、そうだ! サラが今度町に行きたいって! 護衛兼、皆で買い物しましょうよ!」

「楽しそうー! やっぱ女の子はいいわよねー。こんなムサイ男と四六時中一緒に居なきゃなんないなんて、息が詰まるわ!」

「リディ……………」

「がーん、て。アレクががーん、てなってますから、やめたげて下さいリディアさん」

「あら、失礼。おほほほ」


リディアさんはいつもの調子でアレクで遊び、実に楽しそうだ。臣下にムサイ言われて石を背負って、はいないけど背負ってるように見えるぐらい項垂れたアレクにちょっと苦笑しながら向き直る。


「アレクは? 何がいい?」

「……………おれは」
「アレク様はメグミさんに特訓付き合って貰いたいそうで!」
「てててめっ、リディ!」

「特訓?」


って何の?
首を傾げた私の前で、何故か頬を染めて憤慨したアレクがブンッと花瓶を投げた。ひょいっと首を傾けてそれを避けたリディアさんは、嬉しそうに手を1つ叩く。花瓶はガチャンと悲痛な音を立てて割れた。なんてことだ。物を壊すなお前らサラんだぞ! 言えないけどとばっちり怖いから!


「丁度露出度高いしー! アレク様が女性に触られても平気になるよう、時間一杯くっついてて下さいよ!」

「リディア!! このバカ! バカッ! お前バカッ!!」


アレクの剣が空を切る。しゃがんで避け、飛んで避けしているリディアさんもアレクも部屋の破壊加減を気にしてください頼むから。いやそれはそうと。


「くっついて、って………」

「私が居たら余計緊張しちゃうだろうから休憩がてらお昼寝してくるんで、じゃ!」

「まっ、待て!」
「リディアさん!」


ぽつん、と残された私たち。
2人して閉まった扉に向かって伸ばした手が虚しい。


「……………ちょーん」

「は?」

「私の心の効果音です。気にしたら負けです」

「………変なやつ」

「どうする?」


よし、変人扱いにも慣れてきた。……………悲し過ぎんぞ私。


「リディの言う事なんか気にすんな。バカだから。あいつバカだから」

「じゃあアレクのして欲しい事って?」

「え……………」

「?」


じー、と見つめる事暫し。

段々と赤みを帯びるアレクの顔に頭の中で疑問符が増えていく。


「っ、くそっ、おれだって、おれだって触れてぇんだよ!」

「は………?」


触れて?
つまり?
それは?


「………女の子苦手、克服したいのねアレク!」

「え? あ、まぁ。出来るなら」

「そうだよね! いつか好きな子が出来た時に困るもんね!」

「………あれ? なんか、違くねぇ?」

「恋人出来たら手ぐらい繋げなくちゃ! 私、応援するよ!」

「いや、だからなんかお前勘違いして……」

「アレク、私で良かったら練習台にして! どんとこい!」

「れ、練習、つか、本番なんだけど。どんとこいって言われても………っ、は、破廉恥だぞお前!」

「ぇえ!? なんで!?」


急に破廉恥言われた!?


「なんでって! おま、それは、だって、いいのかよ……………って、破廉恥だぞおれぇええええええ!!」
「わっほぅ!? アレク何興奮してんの!?」


急に雄叫びを上げるな!
びびるわ!


「チクショ、どーすりゃいいんだ」

「ア、アレク、落ち着いて。苦手克服するんでしょ?」

「………………」


コクン、と素直に頷いたアレクに頬が緩む。


「じゃあ、まず手を繋いでみようか。はい」

「うっ……………」

「頑張れアレク」

「……………」


顔を染め上げてしまいながらも、恐る恐る重ねられた手。
きゅ、と握るとアレクはピクッと手を震わせた。


「暫くこのままね」

「……………ちっちぇ」

「ふふ、私にしたらアレクの手が大きいって思うんだよ」

「それに、柔らかい。大丈夫なのか? 骨無いんじゃねぇの?」

「あはは! あるよー。壊れたりしないから、握ってみて?」

「お、おぅ」


徐々に力を入れて、握り返すアレクの手は、あったかい。


「立ったままもなんだから、座ろっか。あ、手は離しちゃだめ」

「え………あ、歩きにくくねぇのか?」

「へーき」


柔らかいソファーに腰を沈め、次いでアレクも座ると、私は呆れ顔でアレクを見る。
何故なら、


「なんでそんな離れてんのよ」

「ふ、普通だろ?」

「どこが。腕延びきってるんですけど」


大きな大きなソファー。
真ん中辺りに座った私と、端に座ったアレクの距離は遠く、私達の手は繋がったまま1本の直線を描いている。
……………ばか?


「いいから隣に移動してよ。腕がつるわ」

「となっ、隣になんて座ったら近いだろ!」

「アホの子め。もういいよ私が動くから」

「えっ、ちょ」

「どっこいせー」

「……………おっさんかよ」


あらいやだ私ったら。つい。


「お、お、お?」

「なっ!? なんで寄って!?」

「あ、アレクのが重いからだ」

「は!?」

「椅子の沈み具合がアレクの方が深いから、私が傾くって訳。おっと」

「あ……………」


ちょっとだけ、肩が触れる。
てっきり騒ぐと思ったアレクは黙り込んでしまった。


「? アレク………?」

「へっ!? あ、なんだ?」

「どした?」

「え………なんか、に、匂いが、して」

「げげっ! なに私臭い!?」


そいつぁショッキング!!
慌てて離れる。


「違くて………甘ったるくて、なんつーか………美味そうな匂い」

「甘くて、うまそう? 朝食のデザートのせいかな………?」


今日デザート担当だったし。


「それとも違うような………」

「!?」


奥さんっ! 事件です!
アレクが、あの、アレクが!
自分から寄って来て、私の耳の辺りに顔を寄せてる!!


「なななにが起こって、っ! やっ、擽った、んっ!」

「え? あっ!? わっ、わり!」

「………いいけど」


ちょ、なんか私まで恥ずかしくなってきちゃったんですけど………!

そのせいで無言が続く。
気まずい! まじで!


「……………あの、さ」

「うへぇい!?」

「おま、なんだそれ」

「ごごごごめ、な、なに?」


緊張しちゃってますよコレ!
私が緊張してどーすんのよコレ!


「自分から誰かに触れたいって思うのは破廉恥な事か?」

「……………う、ううん。正常、なんじゃない?」

「そ、か………あんがとなメグミ」

「珍し………名前呼んだ」

「んだよ」

「へ、へへ、どーいたしまして」

「……………変なやつ」


感謝を伝えるつもりが、私の方がホクホクとしてアレクの部屋を出ると、夕飯まで厨房へ籠もった。
「山ほど」
彼は言ったから。

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