「アダム? いる?」

「ああ、ちょっと待て……よう、逃げずに来たか」


カチャリと鍵が外れ、扉を開けたアダムがニヤリと笑う。見た瞬間逃げたら良かったかもと思った。自己防衛自己防衛自己防衛。頭を同じワードがぐるぐる回る。


「せっ、セクハラは禁止なんだからね」

「あん? その、せくはらってヤツは解らないから約束できねぇな」

「あんたさっき大体把握してたじゃないか」

「クク、さぁ、そんな事言ったか?」


すっとぼけんなこら。


「過度なお触り禁止だって言ってんの!」

「いやだ」

「わぁ、なんの躊躇もないや」

「来い」

「ひ、引っ張らないでよ! なんか怖くなるじゃんか!」


実はアダムの部屋に入るのは初めてだ。なんかデンジャーゾーンだと思って。


「別に襲いやしねーよ………無理矢理、なんて趣味はない」

「………うん。ただ、私慣れてないから、そういう、異性と触れ合ったりとか、アダムは慣れてるかもだけど」


冷静に諭されて、ちょっと構え過ぎたな、と反省。てか考えてみればそうよね。別にわざわざ私なんか相手にしなくても、より取り見取りだよねアダムなら。


「………座れよ」


アダムの部屋は、彼らしさに溢れていた。
彼の好きな画家の絵が鮮やかな細工の額縁に飾られ、壁を飾っている。大小様々なそれが調和を為しているのは、飾るセンスの良さだろう。
猫足のソファーに座り、隣に座ったアダムを見上げる。


「確かに女に慣れちゃいるが、本気の女にゃ今まで出会った事がない」


意外な切り出しに目を丸くする。アダムは色んな恋を知っていそうだと、勝手に思っていた。


「そうなの?」

「本物を知るまでは、それが本物だと思っていたがな。全然違った」


ああ、あながち間違ってはいなかった。本人の見解は最近改められたらしいが、それ以前は恋多き男前さんで、私の考えと相違なかったんだろう。
や、待て、って事は、って事はよ……。


「って事は、本命が出来たって事!? わ、誰々? 私の知ってる人?」

「………教えねぇ」

「う………そうですか」


背もたれに腕を投げ出し、長い足を組んで偉そうに座るアダムが、すいっと視線を逸らす。
なんだ、ちょっと残念。
アダムと結構近い距離に居ると思ってたんだけどな。
顔を前に向けて、ふっと息を吐く。そっか、私には言えないか。


「…………鈍感」

「え、何その呟き聞こえたんですけど急に何私に対して? それ私に対して?」

「うるせえな。嬉しそうに訊きやがって自信なくすっつうのテメーなんなんだ」

「えええ何か逆に怒られた」

「怒ってねえこんな事ごときで怒るかオレを誰だと思ってんだ押し倒すぞコラ」

「明らか怒ってますけど!?」


びっくりして震える。何故か琴線に触れたようで、アダムの機嫌が急下降した。
苛々した時、彼は指を動かす。私の背後で、ソファーを叩く、とんとん、という音が聞こえます何故苛ついている……!


「貶されたの私なのに……大体それのどこが自信なくしてんのよ。いつもの俺様何様アダム様じゃないのよ……」

「口に出てんぞ」

「はっしまった!」


口を押さえても後の祭り。この口が! この口がいつもおおお!


「…………何笑ってんの」


そしてやがて、くつくつと喉を鳴らす音が隣で上がる。じろりと見やれば、ニヤニヤ笑いのどエス。機嫌は直ったみたいで何よりですね! 私の気分は悪くなりましたけどね!


「お前の目に、自信があるように見えてんのなら、真実はいずこでも、良しとしようじゃねえか」

「回りくどっ! だってアダムは自信家でしょうが。それは紛れもない真実でしょうがこのナルシスト」


いつでも余裕の笑みを絶やさないくせしてさ。


「お前今何気に貶しただろ」

「褒めた」

「面白い程嘘が下手だな」


さっと視線を逸らしたらまた笑われた。


「………しかし真実はいずこ、だと言っただろう」

「見えないだけで自信ないとか言ったらぶつよ」

「なんでだよ」


今度は吹き出してまで笑われて、むくれながら相手を見上げる。なんっでそこで吹き出すかな。


「見えるだけでいいじゃん。だってアダムは王様だもん」


いやなんっでそこで目を丸くするかな。一々反応がおかしいよ貴方。


「お前………、いや、そうだな。だが頂点ほど淋しいもんはないな。見えるだけで、やはり誰も真実に届かない」

「届かせないの間違いでしょ」

「そうだ、届かせない。誰にも」


どうしてだろう。ゆらりと、アメジストが揺れた。見下ろされて、目が逸らせない。


「嫌なの?」

「いや、オレはそういう道を選んだんだ、納得してる」


アダムは首を振る。それから瞳を細めた。


「だが時々、本音を語りたいと思う事もある。そういう時は、淋しいもんだって感じるな」

「我が儘言ってる自覚ある?」

「ある」


可笑しそうに笑ったアダムの銀髪が、さらりと揺れた。滅多に、もう本当に滅多にしないけど、彼の無邪気な笑顔は、私すごく好きだったりする。戻るのだ。若い筈なのに必要以上に大人びた、王様。それが彼の常。けれど稀に見せる純粋な笑顔は、彼を18歳に戻す。ただの、18歳に。


「水神の敬日、か……なあ改めて、要求させろ」

「なに急に。然も疑問系ですらない」


に、と口端を上げる、色気ある笑顔も、まあそれはそれで格好いいんだけど、さ。でも今されても嫌な予感に繋がるだけなんですよ。


「あー……、きす、っつったか。しろ」

「お断り申し上げます」

断りを断る

すごい切り返しで返された!


断りを断るってなんだそれ!? 嫌な予感的中に直ぐ様お断りしたのになにそれ!?


「拒否権は与えてねぇ」

「出た上から目線。引くわー。王様引くわー」

「お前、ほんっと可愛くねぇよな……」


アダムの頬が引くついている。彼の余裕を崩せたのはちょっと嬉しい。
けど、嫌だよ! 断じて嫌だよ! な、なんでそんなことしなきゃいけないのよ!


「オレも鬼じゃねぇ。何も口にしろとは言わねぇよ」

「えっ、十分鬼ですけど。鬼の無茶要求ですけど」

「無茶ってお前……ほんっっっ………と、可愛くねぇ!」

「おもっくそ溜めやがりましたね」


て言うか、可愛さ求めてんならどうぞお出掛けくださいな。可愛い女の子街にいるよ城にもいるよ。どうぞ求め彷徨ってくださいな。全然止めませんから。はぁ、ってこれ見よがし溜め息吐く暇あったら今すぐハンティングに行けイケメン。


「……………ここ」


そう言ってアダムが指差したのは顔の左側にある傷跡。


「ん、ここに、」

「?」

「しろ」

「……………どうしたの?」


いつものアダムじゃない。
揶揄かうような視線じゃない。

ごくたまに見せる切ない色。けれどこれは、かなり微細な変化で、近くに居なければ、多分、気付かない。
アダムは歳より大人びた、大人であらねばならい、王様なのだ。弱味は誰にも見せないし、見せたくない。自信家である必要があるのだ。暴かれてはいけない、18歳の心。
私に出来るのは、彼が彼であると伝えることだけ。だから切ない色は、見えてない。見えないふりをする。
解らない、とそういうふりをする。彼の望むところじゃないから。


「強く、ありたい」


けれど彼は、意外な事を口にした。ゆらゆら、揺れるアメジスト。嗚呼、このひとは、今、王、アダム=メタムウトじゃあ、ない。


「……………いいよ」


意味は解らない。
意味があるのかさえ。

けれど、彼を誰も敬わない、外の国の片隅の、この宮の、この部屋の中だけが、彼にそれを言わせたのなら。私もキミが王様だと忘れよう。今は普段、私を助けてくれる、大切なひととして。
今日は大切なひとに、感謝する日。
閉じた瞼にそっと唇を寄せて、離した。


「………アダム、貴方は強いよ。大丈夫、傷跡が霞む程に、貴方は大きい」

「………そうだな。それがオレだ」

「あ、いつものアダムだ」


ニヤリと笑むアダムに、いつもの彼を見つけて微笑めば、彼は深くため息を吐いて私の肩に頭を乗せた。


「ア、アダムさーん?」

「………溢れるだろーが」

「溢れ?」

「………じっとしてろ」


そのままアダムに包まれて、私は身を固くする。


「ふ、何もしねーよ。今日はお前がキスしてくれただけで十分」


妙に誰かに甘えたい時も、たまにはあるもんだ。まして今彼は、ただのアダムなのだから。今日だけは、好きにさせてあげたっていい。


「そろそろ行かなきゃ、またお昼ね」

「………もう1回」

「ちょ、また!? 私が恥ずかしくないと思ったら大間違いなんだからね!? 超恥ずかしいんだからね!?」

「メグミ」

「〜〜〜〜〜っ、最後ね! 最後だからね!?」


甘えるような上目遣いは卑怯だ。すっかり左瞼のキスが気に入ったらしいアダム。もうこれで5回目とか私そろそろぶっ倒れるわ羞恥で!
おま、モテるんだから他の人にしてもらえよ!


「…………ん!?」

「クク、隙あり」


最後の最後に、してやられた。絶句、である。

唇が触れる寸前で、アダムは顔をずらし、私のそれと、アダムのそれが重なった。にやりとされて、かっと頬が熱くなる。


「この!」

「おっと、残念」


振り上げ、下ろした手は掴まれ、怒りの行き場は何処にもない。


「変態! どS! 女ったらし!」

「今は女ったらしじゃねぇな。1人に夢中だ」

「だったらその夢中な人んとこに行ってくださいな! 是非に!」


おま、片思いが聞いて呆れるわ!
よその女とイチャつくんじゃねぇよ!そこがタラシなんだバカヤロー!


「もう! 後でオトンに叱って貰うんだから!」

「何て言って? オレの瞼にキスしようとしたら口にされました、って?」

「!!」

「クク、そりゃ誰が怒られるだろうな?」

「ぐ、うるっさい! じゃーね! 私忙しいの!」


バタン!と勢い良く扉を閉めて鼻息荒く廊下を歩く。

部屋の中でアダムがソファーで蹲り、ひとしきり笑った後、小さく呟いたのは彼にしか知りえないコト。


「………いつか溢れちまうな。いつの間にこんなに好きなっちまったんだか」


その後無事にクロスの髪を洗い終え、梳いてみたり、心ゆく迄サラサラヘアーを堪能し、お昼ご飯が済んだ後、オズと一緒に中庭へ。

アダムの最後が最後だっただけに癒し2連発は相当和む。私常識人の君たちが大好きです。


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