そうして、本日の予定は時間割りの如く区切られ、まずはアイリスの私着せ替え人形タイム。


「次これね! 楽しいねスイ!」

「ええ、本当に!」

「何が楽しいのか教えて欲しいんだけど。げっそりする私を見て何が楽しいのか教えて欲しいんだけど」


最終的にヒラヒラワンピースで今日は1日過ごさなくてはならないそうです。
因みにそれはスイちゃんの要求です。まあスイちゃんにもお世話になってますからね。
何か初っぱなから疲れた気がしないでもないが、続いて、キビトさんの耳掃除をするべく、二階へ上がる。
ノックをすれば直ぐ様返事が返ってきて、ひょこり、顔を覗かせれば、奥の部屋から、フラスコ片手にキビトさんが出て来たところだった。白衣姿が素敵だ。


「お約束の品を届けに参りましたー」

「おう」


ちょっとお茶羅けながら部屋に入れば、キビトさんはふっと柔らかく笑みを湛え、診療室と化した部屋のテーブルの上にあったマグカップに、フラスコから何かを注いだ。茶色いそれから、湯気が立っている。


「あ、コーヒ、じゃない豆茶? ですか?」

「ん。まあ、座れ」

「わーい呼ばれまーす」


豆茶、所謂コーヒーだが、キビトさんこだわりの厳選豆使用、の絶品コーヒーは、正に舌を唸らせる。現金にうきうきしながらソファーに座れば、カップが差し出された。豊潤な芳ばしい薫りが漂う。
キビトさんのコーヒーを飲める、それは実は結構な貴重度だったりする。水の国はコーヒー豆の栽培も盛んだから、数十種類の豆が存在する。けど、キビトさんの選ぶ豆は希少だし高いし、私のような庶民は滅多に口に出来ないような物で、だから宮の皆も、数える程しかあやかった事がない。王様の舌をも唸らせる、キビトさんのプロ並みコーヒー。いやプロフェッショナルコーヒー。喜ばない筈がない。


「ふっは、美味しいいい……!」


身悶える。ブラックコーヒーで飲めるのなんて、キビトさんのコーヒーだけだ。


「そりゃ良かった」

「ほんと、魔法使いですねえ」

「おめぇいっつもそれだな」


しみじみ感動する私の隣に座って苦笑する。横目で盗み見る、カップを運ぶ、端正な横顔。渋い。まじイケメン。ただの目の保養である。
そんなふうにぼけっと見惚れていたら、不意に紫の瞳だけが此方を向いた。ドキッとして慌てて視線を逸らす。


「オレからの感謝」


思わず顔を向ける。
ぽかんとした私に、お手軽でわりーが、と軽くカップを掲げるのを見て、口を開けたまま急いで首を横に振った。


「や、すごく嬉しいです! キビトさんの豆茶飲めるなんて、ほんっと幸せで、も、ほんっと大好きですキビトさんの豆茶!」


と言うか豆茶に限らずキビトさんの作るもの全て大好きです!
なんだかやたら語気が強くなってしまったが、お礼を言えば、照れ臭そうにはにかんで、そうか、とだけ返ってきた。ときめいた。


「てか、そうだ」


そして思い出した、本来の目的。名残惜しいがいつまでもコーヒーに舌鼓を打っているわけにいかない。後がつかえていますからね。よし。
半分以下に減ったコーヒーを膝に、片手で取り出したのは、細い竹の棒。片方が小さな匙に、片方に綿毛を付けた、そう、所謂耳掻きである。
どっから出したよって目のキビトさんは気にせず、残りのコーヒーを煽った。美味しい。やっべ美味しい。


「ご馳走様でした」

「おお、その辺置いとけ」


言われた通りカップをテーブルに置き、ソファーに戻る。ほらキビトさんも、と促せば、どことなくぎこちない動作で立ち上がった。
戻って来た彼を見上げて、ポンポン、と自分の膝を叩く。


「はい、どうぞ?」

「…………は」

「だから、どうぞ?」

「…………いや、起きたままで」


頭を乗せろとした意思表示。だけどキビトさんは口端を引きつらせて逃げ腰だ。


「起きたままじゃちゃんと綺麗に出来ません。はい、寝て下さい」

「いや、だってお前、それはさすがに」

「お父さんに固定しますよ」

「おま、それ結構傷つくんだからな!?」

「じゃ、寝て下さい」

「…………失礼する」


キビトさんはお父さんみたいなのに、渋くて格好良いのに、とっても可愛いところがある。耳掻きだなんて言い出す辺り、本当に可愛い。今も自分で言った癖に、照れているそれが、可愛くて、愛しい。


「キビトさんが居てくれて助かります。皆自由だから」

「んーそーだなぁ………」

「大黒柱なんですよ。
だからつい、お父さんなんて言っちゃいますけど、キビトさんは男としても素敵ですからね」

「ん………は?」

「キビトさんみたいな人ならお嫁さんになる人は幸せだろーなぁ」

「……………馬鹿やろう」

「ふふ、耳赤くなった」

「大人をからかうなよ」

「動かないで下さいよ」

「ん、メグミは中々上手い」

「ありがとうございますー。至極光栄の至りー」

「ハハ、馬鹿。おめぇに耳掃除して貰ってるオレのが光栄だ」


のんびり、ゆっくり。
時間はまだあるんだから、長い耳掃除でもいいよね。

なんと、その後キビトさんは寝てしまった。コーヒーのカフェイン効果は役目を放棄ですかそうですか。しかし私は大いに複眼でした。無防備な寝顔に、胸が高鳴ったのは秘密だ。
そのままタオルケットを掛けて、そっと部屋を後にした。

さて次は――


「クーロス?」

「……………メグミか。入れ」

「お邪魔しまうまー。あ、凄い。髪降ろしてるの初めて見ます」

「そうだったか?」

「うわなんか、い、色気が……」

「……………?」

「い、いや別に! なんでも!」


ゆっくり首を傾けたクロスに慌てて誤魔化したけど、破壊力すげえなこれ。
髪を降ろしたクロスは、上半身裸という目を背けてしまいたくなる格好で、色気数倍増しだ。普段からアダムとはまた違った色香を放つ彼は、直視したら最後、見惚れるしかない。いや引き締まった身体が眩し過ぎて私は直視出来ませんでしたけども。


「で、では失礼して……」
コクリ
「……………」


声が良く響く。
此処は宮にある大浴場。
クロスのお願いは「髪を洗って欲しい」だった。
なんでも長い髪を洗うのは大変だそうで、自分の方針で侍女を付けない彼は毎回苦労するらしい。
しかし、うう、超緊張する……。人の髪を洗うなど、初めての試みだ。


「ど、どう? 痛くないです?」

コクリ
「……………」

「あ、わわ、動かないで下さい」

「……………ああ」


お、首肯から声の返事に切り替えた。


「はぁあ、サラッサラー。すご、ちょ、羨ましい通り越してジェラシーだけど」

「……………じぇら?」

「嫉妬、しちゃうなって事です」

「……………そうか。否、メグミの髪の方が美しいだろう」

「馬鹿言っちゃいけません。クロスの髪のが綺麗です。枝毛知らずだし………いいなもう。もっと自慢しましょうよ」

「……………そ、そう、か」

「?」


急に前屈みになっていくクロスに私の身体も傾く。


「ちょ、洗いにくい、ですよ」

「………髪を触られるのは、2度目だ。1度目もメグミは私の髪を綺麗だと言った」

「……………そうでした?」


おかしい。こんなサラサラの髪を堪能したなら絶対覚えている筈なのに。
現に今、私はこの感触を絶対忘れない自信がある。


「………覚えていないだろうな。貴女は酔っていた」

「そこかぁああああ!!」
「!?」


久々きたコレ! 酔っぱらい事件の爪痕!!


「ちくそー、酔った私めー。クロスの髪をどうしやがった」

「い、いや、別に酷い事はしていない。………その、前から、後ろ髪を触って、貴女の、声が耳元、っ………」

「ちょいちょいちょい! また前に、にぎぁっ!」


どんどん前屈みになるクロスに追い付けず、足がツルンと滑った。
もうそりゃぁ、ツルンと。


「がふっ!」
「っ!?」


そうして見事、クロスの後頭部に鼻を強打。
あまりの痛みにクロスに凭れたまま動けず、突き出したままの腕がプルプル震えている。


「〜〜〜〜〜〜!!」

「っ、メグミ、わ、私は」


前屈みのクロスに最早おんぶ状態の私は、ゆっくりと腕を降ろし、そして本格的に停止。


「そんなにくっ付かれるとっ、すまぬ、耐えられな………コレは、血?」

「…………キュウ」


人間、まさに駄目な時、キュウが本当に出るみたいです。

実 感 。


「メグミっ!? 血、ああっ顔を打ったのか!?」


おおー、クロスが超喋って、超慌ててるわ。
凄いもん見た。

抱えられて浴場を後にし、キビトさんの部屋へと走ったクロスの早い事早い事。
足でドアを蹴破って、寝ているキビトさんを起こすまで、私はぼぅ、と血相を変えた珍しいクロスを見つめていた。


「別に折れてはない。切れただけだ。大丈夫だから服を着ろクロス騎士」

フルフル
「……………」

「ハァ、風邪ひくぞ」

フルフル
「……………」

「ま、んなやわじゃねぇか」


鼻の頭を冷やしながら、「うー」とか「あー」とか声を漏らしていたが、会話を聞いて後ろを振り返る。


「クロふ、らいじょーぶらから」


うは! 変な喋り方!
でも冷やしとかないと鬼より怖い医者に怒られるからね。
仕方ないよね。うん。


フルフル
「……………」

「服きなはい!」

フルフ、
「……………」
「きなはい!」

コクリ
「……………」

「ん、いーほ」


クロス、やっぱキビトさんとか他の人がいるとあんまり話さないのね。さっきのが幻のように思えるよ。


「………よし、もういいぞ。暫くは鼻血出しやすいから気を付けろよ。風呂とかな」

「はぁい。クロス、頭やり直しましょうか」


だって、途中だった上に血がこびりついてしまって、悲惨な状態になっている。


「おま、聞いてたか?」

「え? うん。鼻血出しやすくなっちゃうんでしょ?」

「だから風呂とかのぼせるとまた出るんだって!」

「私は別に入らないですよ?」

「いや、熱気ってもんがだな」

「でも、約束したし………駄目、ですか?」

「………弱いんだよな。ハァ、解った。だがもう少し時間を置いてからな」

「え、でも血が………」


私の鼻血が。


「……………流しておく」

「あ、じゃあ先にアダムんとこ行ってきます。そしたら綺麗にしますね」

コクリ
「…………気を付けろ」

「…………はい」


アダムだからね。
そりゃ用心しなけりゃなるまい。真顔のクロスに真顔で頷いて、部屋を後にした。
そして変な気合いと共に、アダムの部屋をノック。自己防衛何とか頑張ります……!




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