それから部屋をお掃除して、ふと時間を見ると、もうすぐ正午。

お昼の用意をしに厨房へ向かうと侍女と並んで歩くメグミを見掛けた。

その手には書物があり、侍女も同じ物を手にしている事から彼女が侍女を手伝っているのだと予測出来る。
これもよくある風景。

声を掛けようかと思ったところで彼女達に先に声を掛けた人物に足が止まって、
何となく様子を眺める事にした。

声を掛けたのはキビトさま。

実はわたくし、キビトさまのふぁんでございます。
ふぁん、は前にメグミに教えて頂きました。

メグミの周りにはそれはもう質のいい男性が揃っているのですが、中でも彼は見目が良いのは勿論の事、
常識があり、紳士的で、身分も申し分なし。
大人の魅力と言いますか、包容力がおありで、メグミにはこんな方が良いのではないかと密かに思っている。

だがしかし、

ちょっとお年が…………。

あ、くしゃみをされていますわ。

メグミが心配そうにしており、それに手を振って笑顔を返しているキビトさま。

ああ、惜しい。
実に惜しいですわキビトさま。
もう少し若ければ合格ですのに。

そうこうするうちに、キビトさまはメグミから書物を取り上げ、侍女と去ってしまわれた。

ぽつん、と残されたメグミは名残惜しそうに伸ばした手をゆっくり下げて、
頭を掻くと柔らかに笑った。

ドキリ、と胸が鳴って、
あんな風に、愛らしい顔をさせたキビトさまを、
少し羨ましいと思う。


「あれ、スイちゃん? どしたのー?」

「えっ、あ………こ、こんにちは」


そんな彼女に見惚れていると、不意に後ろから声が掛かり、
驚きつつも振り返った先に、眩しい金色が立っていた。
ディーノさま。
慌てて頭を下げると、青空のような笑顔で「こんにちわー」と返される。


「何してんの?」

「あ、ちゅ、昼食の用意をしに行く途中で、メグミを」

「メグミちゃん?」


彼女の名前に直ぐ様キョロキョロと辺りを見回す反応を見せたディーノさまについ、くすりと笑みが漏れる。


「居ないよ?」

「え? ………まあ、本当だわ。いつの間に………」

「あは、メグミちゃんていつも何処に居るのか不明だよねぇ」


そう言うディーノさまの瞳が優しく細められていて、
わたしは吸い込まれそうな感覚に陥いる。

彼を最初に見た時、屈託ない笑顔に胸が高鳴った。
そして直ぐに気が付いた。

彼の笑顔が本当に輝くのは、メグミと居る時なのだと。


「何処に行ったのかなー」


最近は、彼女が居なくともその笑顔をよく目にする。
だから益々素敵になられた。

だけどわたしは、彼に想いを募らせるよりも、


「もうすぐお昼ですから、宮に戻られると思いますわ」


その笑顔を引き出す彼女を凄いと思ってしまった。


「そっか、てか今日宮から出るなって言われてる筈なんだけどね、あの子」


わたしは結局、彼女へ想いを募らせた。


「ふふ、メグミには無理なんじゃないでしょうか」

「だよねぇ、あは。ま、黒っちがついてるだろーし心配ないかな」


ディーノさまと別れて、昼食を宮へと運ぶと、入り口で右往左往するオズさまが目に入った。

偶々一緒に居たのはオリビアで、彼女はオズさまの姿を見ると「きゃ、オズ様!」と小さく声を上げ、嬉しそうに髪を整え始めたが、
残念ながらオズさまはメグミ以外に目もくれない状態。


「オズさま、どうなさったんですか?」

「っあ、スイ、メグミを知らねぇか!?」

「い、いえ、存じ上げませんが」

「うあー! もう何処行ってんだあいつは!」


頭を抱え、困った様子のオズさまに、オリビアが猫なで声で寄り添うのを見ながら、
メグミに何かあったのかと顔から血の気が引いて行く。


「オズ! メグミ居たよ!」

「ちびすけ! 何処に居た!?」


わたし達の後ろから、そう叫んだアイリス姫さまに視線を移し、オズさまは姫さまに駆け寄った。
わたしも昼食を放り出し、何事かと彼らの後を追い掛ける。


「それが、やっぱり捕まってて………」

「最悪だな………シオンは何してんだよ」

「捕まって、って、メグミが………?」


一瞬、目の前が真っ暗になった気がした。
メグミが危険な目に合っている?


「スイ、あ、違うのよ。大丈夫、メグミは何ともないの。城内に居るし」

「え…………」

「ただウィンストン家に見付かっちゃってね。馬鹿息子に捕まってんのよ」

「ああ、そうだったんですか………良かった」


ホッと胸を撫で下ろす。
彼女を失ったら、きっとわたしは侍女を辞める。


「良くねぇ! シオンの野郎、何さぼってんだ」

「シオンさぼってはないのよ。メグミに怒られて動けないの」

「……………あいつ怒ってんの?」

「今は困ってる、が正しいと思うわ。助けてあげたいんだけど………ワタシあの馬鹿息子に会いたくないのよね。気持ち悪いんだもの」

「ア、アイリス姫さま」


アイリス姫さまは物事をはっきりと仰る。
まだ幼いが、緑の国の才姫と謳われる程に利発な方だ。


「だって嫌にベタベタしてくるんだもん。気持ち悪いったらありゃしない」

「た、確かにウィンストンさまはちょっと行き過ぎた行為をなされますが、」


侍女達の間でもすこぶる評判の悪いウィンストンさま。
アレです、メグミが言うせくはら、と言うやつです。
わたしもお尻を触られた経験がある。

女なら誰彼構わず触るのだから、侍女達も嫌がって………
って、
そ こ に メグミ が !?


「っなんてこと!!」

「あっ、スイ!?」


ふざけんなよあのボンクラ息子がもしもメグミに指一本でも触れてみろ2度と歩けない身体にしてやろーかああん!?

ウィンストン家の過ごす客間。
その扉を乱暴に開け放つ。


「メグミー!!」
「ハギャー!?」


目当てのメグミは直ぐに見付かってホッとしたのも束の間、
ぇ?と声が漏れて固まる。

映った景色はメグミが泣きそうな顔で、何故か窓から出た足を持っている、と言う奇妙過ぎる光景。
そ、その窓から出ている足はなんですか?
窓際で泡を吹いて倒れているのはまさかウィンストン公爵じゃないですよね?


「ス、スイちゃぁーん!」

「な、何があったの………」

「手伝ってぇえええ! 落ち、落ちちゃうっ」

「っはい!」


何がなんだか解らないが、兎に角窓へ走り寄り、片方の足を掴む。

片足づつ引っ張って、「ギャァアアアア! 助けてぇえええ!」………なんなのもう。この声に聞き覚えなんてないと思いたい。


「シオンっ! 手伝いなさい!」

「…………フン」

「何鼻で笑ってんのあんたぶっ飛ばすよ」


い、居たのねシオンさま。
気付かなかったわ………。

それにしても重いわね。
鉛でも持ってんじゃないかしら。
ギャーギャー煩いし。


「ス、スイちゃん、せーので引こう。いい?」


足を踏ん張りながら、コクコクと頷く。


「いくよ? せー……」


メグミが言い掛けた時、急に重さが増し、わたし達は逆に窓へと引っ張られてしまった。
そして、不意をつかれたわたしは運悪くそのまま逆さになった。


「っスイ!」


ああ、落ちる。
と思った刹那、
はし、と掴まれた手。

ガクン、と重力がのしかかる。


「っ、スイ、ちゃ」

「…………メグミっ!?」


見上げて愕然とした。
ぷるぷると震える腕を精一杯伸ばし、身体は半分窓から出ている。
苦痛そうに顔を歪める彼女を見て泣きたくなった。


「だ、駄目よっ! 貴女まで落ちるわ! 離してメグミ!」

「ぜ、ぜっ、たい、いや」


貴女を中心に動くわたしの世界。

貴女を失ったら、きっとわたしは侍女である意味を失う。

もう出会えない。

こんなにも生涯を捧げたいと思うお方に。


「離して!」

「嫌だ! うっ、スイちゃんは私の侍女でしょ!? 命令よ! 絶対離すな! くっ、」

「っ! メグミ………」

「やれやれ………」

「っあ………」


ポロリ、と滴が頬を流れ落ちた時、わたしの身体は浮遊感に包まれた。
シオンさまの声がして、床に足が着くと全身の力が抜け、
座り込んだわたしの隣には、白目を向いたウィンストンさまがドサッと無造作に転がり、
やっぱりこいつだったかとどこか冷静な自分が心中で呟いた。


「スイちゃんっ!」

「っあ、メグミ、わっ」

「ふぇえー……良かったぁー………」


わたしに飛び付いて泣き出してしまった主さまを抱き締め返す。
頭を優しく撫でて、
「ありがとう」と言えば。


「スイちゃんが無事で良かった」


ふんわり笑う。


嗚呼………わたしは、世界一の幸せ者だわ。


巡り会えた。

唯一の主に。


「ごめんね、巻き込んで」

「い、いえ。何があったんです?」

「いや、なんかシオンがキレて」

「……………こいつが」


シオンさまは憎々し気にウィンストンさまを睨み付けている。


「ウィンストンさまが?」

「メグミに触れたから………」

「まあ………」


やっぱりか。


「ハァ、スイちゃんからもなんとか言ってやってよ」

「……………シオンさま」

「な、なんだ」


シオンさまにぐぐ、と迫り寄る。


「良くやってくれました!」
「スイちゃんんんんん!?」


助けなければ良かったわ。


「もう、恐ろしいよ」

「だって、メグミに触れるなんてこのボンクラ息子には百年早いわ」

「さらっと毒を吐かないで!?」

「フン、百年どころか死んで生まれ変わった後でも許せん」

「あらぁ、シオンさまとは話が合いそうですわね」

「なんでそんなに黒い会話を平然と交わしてんの君たち」


おほほほ、やだわ黒いだなんて、
ちょっとした本音が漏れ出ただけなのに、メグミったら。


「ちょ、スイちゃんの笑顔が果てしなく怖いんですけど」

「メグミ、己れは腹が減った。帰るぞ」

「まさかの放置!?」


そう言えば昼食を放り出して来たんだったわ。
早く戻らないと。


「後で適当に言い訳するから、メグミも宮に戻りましょう?」

「スイちゃんまで………でも気絶してるのに放っておくのはちょっと」

「気絶してるからいいのよ。起きたら夢だった事にして誤魔化すから大丈夫」

「そ、それは無理があるんじゃ………?」


渋るメグミの背を押して部屋を出る。
今日ウィンストン家のお世話を仰せつかっているのは、確かモリスだ。
メグミをシオンさまに任せ、厨房へ行くと彼女が昼食を運び出すところだった。
わけを話して彼らをベッドに寝かせておくよう、更に起きたら適当に誤魔化して、とお願いする。
モリスは「いい気味!」と爆笑しながら快く承諾してくれた。

にやつく頬を必死に諌めつつ、宮へと向かう。

と、広間には昼食が既に並んでいた。オリビアに聞くとメグミと2人で用意したらしい。


「メグミ、ごめんね。わたしの仕事なのに………」

「ん? ああ、今更何言ってんのよ。そもそも私は自分の事は自分でやりたいんだし」

「うん、でもわたし、メグミのお世話が喜びなのよ」

「はは、知ってるー。違和感あるけどスイちゃん頼りになるから、つい甘えちゃうんだよねー」

「ふふ」


本当はもっと甘えて欲しい。
だけど貴女を尊重するのもわたしの務めだから。


「つか聞いてよー。皆してシオンを褒め称えてんの。気色悪いの」

「貴様そんなに己れに虐げられたいのか」

「シオンさまったら世界一! もう貴方の為に世界はあるんですよねっ!」


ウィンストンさまの一件は、皆さま同じ気持ちのよう。
まあ、それもそのはず。
彼らにとって彼女はかけがえのない存在だもの。

勿論わたしにとっても。




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