わたし、スイの1日は主さまを中心に動いている。

主さまはちょっと変わった方なんだが、とても素敵な方。彼女の周りにはいつも笑顔が溢れている。
誰かに付き従われるのが苦手な主さま。わたくし以外その従者はいない。1人と言う事はそれだけ大変だけれど、代わりに様々な特権を得られて、わたくしの毎日はとても充実している。寝起きのぼんやりした無防備なお姿も、わたくしだけのもの。服が後ろ前のまま、歯ブラシをくわえる彼女は子どものようで。
わたくしだけが独占できる優越感に浸る事が出来るのも、また特権の1つ。

今朝もその主さまメグミと厨房へ向かい、アレクシア皇子のお部屋に朝食を運ぶ主さまに付き添う。

普段のアレクシア皇子といったら、それはもう愛想の欠片も無いのだが、というのも女性が苦手で、彼の世話はいつも叫び声に始まり、叫び声に終わる。
それが初々しいとかえって人気だったりするのだが。

その彼のメグミへの懐きようったらない。
最近は、メグミと居る時のアレクシア皇子を見たいと、誰が彼女にくっついて朝食の給仕をするか、
侍女達の壮絶な戦いが繰り広げられる程。

今日はメグミにわたしが指名されたから、他の侍女の冷たい目線が集中したけれど。


「ぎゃぁあああああ!」


あ、今のはアレクシア皇子の叫び声。
毎朝の恒例だ。


「おはようございまーす。朝食をお持ちしましたー」


メグミが声を掛けると直ぐ様開く扉。


「っ、メグミ!」

「おお、今日も素敵に鼻血が噴出だね。おはよ」

「は、早くなんとかしろ!」


朝のお世話をするついで、と言ってはなんだが、侍女達は訪れた絶好の機会をものにしようと、猛突進でアレクシア皇子を口説きにかかる。
そのせいで毎朝流血したアレクシア皇子が、メグミの登場と共に泣き付いてくる。

まったく、情けない皇子だわ。
メグミを盾に部屋を指差し、「おん、女がっ、女が!」と喚いている。

ああ! メグミに鼻血が付く!


「アレクシア皇子様、そんなに怯えなくとも女子(おなご)は男子(おのこ)を食べたり致しませんわ」


朝食の乗った荷台を押し、さり気なくメグミから引き離す。

荷台でアレクシア皇子を押して。

あら、なんか結構凄い音がしたわ。


「いってぇ! いっ、ちょ、何すんだ痛いだろ! って、いたたたたた! 痛い痛いっ!」

「あら御免あそばせ。見えませんでしたわ」

「嘘つけ!」

「目にゴミが入って………申し訳ありません」


鼻血出しながら怒鳴っても怖くないわよ馬鹿皇子。

あ、いやだわ、本音が………。


「大丈夫スイちゃん? アレク! ちょっとした事故じゃない。そんなに責めないでよ」

「事故だ? ぜってーわざとだっただろ!?」

「スイちゃんがわざとそんな事する分けないでしょ! 怒るよ!」

「っ、〜〜〜〜〜」

「……………ふっ」

「!!」


見なさいこの絶体的信頼を。
これがわたくしと貴方の差よ。

貴方なんかにメグミは渡さなくてよ。


「この………!」

「さぁ、朝食に致しましょう」

「うん! おいでアレクー」

「……………おぅ」


犬か。

は! メグミったら動物にも好かれるのね!?
流石はわたくしの主さま!

「リディアさんは?」

「今日は居ねぇ」

「ふぅん? あ、おはようございますーって、何してんのニナさん」

「あらまぁ………」


ニナは見事アレクシア皇子付き侍女の座を勝ち取った今年25歳になるベテラン侍女。
昨今は結婚適齢期23歳という世の中の常識により、ちょっと焦っている。

そのニナが下着同然の姿で膝を抱えて床に座り込んでいる。
彼女からじめじめとした空気が漂ってくるのが不快ですわ。


「どうしたんですかニナさん。頭にキノコ生えそうですけど」

「………メグミっ、あたしって魅力ない!?」

「いやん。そんなセクシースタイルで何を言っているんですか。押し倒しますよ」

「メグミ、自重して」

「えへ」


誤魔化し笑いのメグミにちょっと呆れる。
まあでも、そんなお茶目な所も彼女の魅力だ。

それからニナをいさめ、アレクシア皇子のお食事の時間。


「今日はお前どれを作ったんだ?」

「今日はねー、聞いて驚け! なんとメインでーす!」

「めいんって?」

「主菜のこと。このお魚のやつ」

「………食えんのか?」

「………要らないなら食べなくてよろしい」

「ぁあ! 食べるっ! 食べるよ! ちょ、返せよ!」

「ちゃんと料理長のお墨付きなんだから!」

「わ、解ったって。お前の腕は知ってっから。信頼してんだよおれだって」

「……………ホント?」

「っああ。ちょっと揶揄っただけだっつの。ほら、寄越せ」

「うへへ〜」

「き、気持ちわりー笑い方すんなよ」


……………微笑ましい光景です。

アレクシア皇子も彼女の魅力に随分やられているよう。

そうして和やかな一時を終えると食器を下げ、新たに自分達の朝食を用意し、宮へと戻る。

途中、クロス騎士隊長に遭遇。
メグミは気付いていないようだが、クロス騎士は毎朝、彼女に合わせて朝練を終えて待っている。

メグミと居ると本当に貴重なものが沢山見られる。
あの、クロス騎士が、
穏やかーな笑みで「おはよう」と挨拶をするのだ。

その笑みは一瞬ですが、わたしは毎朝見惚れてしまう。


「おはようございます。お疲れさまです」

「……………」

「ふふ、今日は寝坊でもしたんですか?」

「……………?」

「?」


クスクスと可愛らしく笑みを零して、メグミは自分の右目を示した。


「眼帯、裏返しです」

「っ!」

「まぁ………」


言われなければ気付かなかったそれ。
断言致しましょう。
これに気付く人はメグミだけだと。
それ位よくよく見なければ、否、普段からよく彼を見ていなければ気付かない程度の事。


「珍しいですね」

「……………っ」


恥ずかしそうにするクロス騎士もかなり貴重なのだが、


「あ、別に悪いとかじゃないですよ。なんか、安心します」

「?」

「クロスでもそんな事あるんだなーって、親近感。ふふ、嬉しくなっちゃいます」

「っ!!」


頬を染めるクロス騎士は昔なら1年に1度拝めたら奇跡だった。
それがメグミと居れば面白い程頻繁に見られる。

この方もまた、彼女に惹かれている1人。

それから広間で皆さま揃って朝食をとられる。
そこはいつも賑やかで、笑顔が溢れる空間。
その中心にいるのはやっぱり、わたしの主さま。

それからわたしは一旦自分の食事をしに下がる。
さて、今日はこれからお掃除でもしようかしら。

宮に戻ると丁度お部屋から出て来たメグミと鉢合わせた。


「あ、スイちゃん。用事?」

「お部屋のお掃除をしようかと思って」

「ああ、なら私も……」
「駄目よ。わたしの仕事を取らないで」

「ぶー………」

「ふふ、出掛けるの?」

「うーん、まだ決めてないんだ。ね、一緒に掃除して過ごすとかど、」
「しつこいわよメグミ」

「ごめんなさい」

「おいメグミ」

「あれ、アダム」


アダムさまは侍女の間でも1、2を争う人気の男性だ。
確かにお美しいし、女性に対しても紳士的。
見つめられるだけで昇天しそうだとアニーやリリーが言っていた。

だけど彼の視線が最も優しくなるのは、メグミを映した時。


「どした?」

「ん、ちょっとな」


言ってアダムさまはわたしをチラ、と一瞥なさった。
邪魔だ、と言いたいのでしょう。彼女に夢中なアダムさまは彼女以外に割と淡白な態度を取る。
その素直な行為に苦笑し、そして主さまの部屋へと退散。

扉に寄り添い、聞き耳を立てるのを忘れずに。


「今日はあんまり宮から出るな」

「なんで?」

「鬱陶しい害虫が来るんだよ」

「害虫………? イナゴの大量発生とか?」

「大量ではないが、見付かると面倒だ」


メグミは解っていないようだが、わたしは直ぐにピンときた。
アダムさまが仰る害虫、とは、
きっと本日おみえになる予定のウィンストン公爵家の親子の事でしょう。
あそこの1人息子はメグミに熱を上げているから。


「なんなのその虫は」

「いいから宮に居ろ。闇のが宮には近付けないよう見張ってるから」

「なんでアダムはシオンを普通に使ってんの」

「オレの言う事を闇のが聞くわけないだろう。お前の為だ」


シオンさまは普段何を考えているのか解らない、ちょっと怖いお人だ。
だけど彼もまた、メグミの為ならば何でもしてしまうから面白い。
以前メグミがかき氷なるものを食べたいと言った時、それを作るのに必要な氷の塊を北の国から運んで来た事があった。
アレにはわたしも吃驚致したわ………。
まあメグミが1番取り乱していたけれど。


「私の為って………き、危険な虫なの?」

「ああ、危険だな。お前は鈍いから尚更だ」

「う………これでも毎日走り込みしてるもん……」


噛み合ってませんわね。
メグミは確かに自分の運動力の無さを補おうと毎日運動をされている。
ですがアダムさまが言いたい鈍いはそうではなく、色恋に対してのそれ。

彼女は恋愛に関してかなり疎い。


「走り込み………? お前、そんな事してるのか?」

「うん。筋肉ついたよー」

「………どこが?」

「なんだとこんちくしょ、ちょ、な、なんで抱き付くの!?」

「お前はそんな事しなくていーんだよ。何の為にオレがいると思ってんだ」

「ちょ、い、今、首に!?」

「大人しくしろよ、メグミ……」

「んっ、や、やめっ、ス、
スイちゃぁあああん!!」

「はいお呼びになりましたか?」


呼ばれるや否や、直ぐ様扉を開けて、主さまににっこり笑いかける。
いつでも、わたしはメグミの味方でございますから。


「スス、スイちゃんっ、何とかして! この変態、くくく、首舐めたっ!」

「かしこまりました」

「メグミ、跡付けていいか?」

「ぎゃー! キングオブ変態!」


まあ、アダムさまったら相変わらず積極的ですわね。

しかしながら主さまのお願いはわたしにとって絶対なんですの。
悪く思わないで下さいませね。


「アダムさま、いい加減許して差し上げて下さいませ。でなければ、先日のアニーの一件、メグミに報告致しますわよ?」

「! そ、それは!」

「た、助かった………」

「おま、何で知って……」

「ふふ、秘密ですわ」

「はぁ、なに、アニーがどうしたわけ?」

「ええ、実は先日、アニーが、」
「わぁー! おま、ふざけんな! 離れただろうが!」

「おほほほ、墓穴ですわよアダムさま。やましい事があると言っているようなものですわ」

「くっ、………メグミ、オレにはお前だけだからな」

「なんなのその浮気の証拠を突き付けられた駄目亭主みたいな台詞は」


メグミの冷たい目線にアダムさまが慌てている。
笑ってはいけないとは思いますがあまりに間抜けで、
込み上がる笑いを押さえるのが大変だ。


「……………ぶふ、っ、………くくっ、」

「スイ、お前覚えてろよ………おいっ、メグミ待てって!」


庭の植木に水あげてくる、とアダムさまを放って行ってしまったメグミを追い掛けるアダムさまが遠ざかると、腹を抱えて爆笑してやった。

色男も形なしですわねぇ。
あー、愉快。




<< >>
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -