海賊レーンの名は、広く知られていた。と言っても悪名だが、国によっては彼にかなりの額の懸賞金を懸けた。
中でも最も多額の懸賞金を指定したのは、火の国アフザレイド帝国。
レーンは、専ら帝国の船を襲う事が多く、時に町にまで彼のなす襲撃の被害は及んだ。余程実力がなければ、海賊はまず帝国を避ける。海域は勿論、ましてや陸地領内など、かなりの怖いもの知らずか、力が伴う精鋭かだ。
国は裕福で1度略奪に入れば、当分は楽に暮らせるだけの財が手に入るが、帝国の武力は世界随一と言われるだけあり、ミイラ取りがミイラになる恐れがあった。
ちまちまと小さな町や商船等を襲うか。死を覚悟で帝国を襲うか。いずれにせよ、海賊の手で生み出されるのは、破壊しかない。

レーンはこれまで3度、帝国の町を襲った。彼が世に広く知られているのは、その為だ。

たった今も、帝国の船3隻と交戦中だ。
空気を震わす重い轟音。
頭に響く剣劇の鋭音。
耳障りな罵声と悲鳴。
暴力の、音。

2隻あるうちの本船で、ディーノは遠く響くその音を聞いていた。
向こうの砲撃は本船まで及ばず、手前で落ちて飛沫を上げる。それでも空気は、ビリビリと振動を身体に伝えたし、潮に混じって鉄の錆びた匂いも、届いた。

ギシギシ揺れる船の上で、ぼんやりと、ディーノは思う。
遠く見える戦場で、剣を振るっているだろう、あの新しい父親を名乗ったがさつな男が、戻ってくるか否かを。

今度の父親は、いつまで俺の父親で居るだろうかと。








生きる絶望
死する悦楽


















船首に座ったまま、ディーノは海を眺めていた。バシャリバシャリと船体に当たっては、砕ける飛沫。
木片や、布切れといった船の残骸が、波に押され流れて行く。漂って来るのは何も物だけではない。深い青は、濁った黒に侵食されていく。肉片もあれば、肉塊も。
それらをディーノはぼんやりと見つめ、また見送った。


「大人しくしてたかディーノ!」


ドカドカと板を踏みつけて、大声を張り上げるレーンが、ディーノの背中に歩み寄る。
船に乗ったばかりの当初、ディーノは今まで通り、何も言わず何も考えず、言われた事に従えばいいと思っていた。今までそうして過ごしてきたから、これからもそうでいいと思っていた。


「……………大人しくも何も、する事がなかったし」


だが此処に来て1年。黙って頷いていては余計に事態は悪化すると、ディーノは学んだ。
レーンは、アレをしろコレをしろと言う前に、まず、何がしたいかを訊く。言わずにいると、じゃあ見付かるまで俺の隣に居ろと言い、これに頷いたら最後、デカい声で延々と喋り続け、終いには下手な歌を大声で歌い出す。
周りに、お願いだから頭を歌わせないでくれと、懇願された。


「上等な酒が手に入ったんだ! おいてめぇら! 勝ち祝いだ宴をひらけえ!」


おおおお! と盛り上がる甲板に、ディーノが眉を顰める。然り気無く肩を組もうとレーンが伸ばした腕を避ける為、ヒョイと船首から飛び降りた。


「あっ、こらディーノ何処行くんだよ!」


レーンを肩越しにチラリと見やる。剥き出しの上半身に、多少の傷が付いていたが、血は止まっているようで、それよりも、彼の片手にある、大きな鎌の方が、真っ赤に染まっていた。
一瞥しただけでディーノはそのまま、歩みを止めずに、ぐ、と眉をより寄せた。


「煩いよ………」


ディーノは騒がしいのが嫌いだった。海賊というのは、暇さえあれば浮かれ騒ぐ。酒瓶片手に歌い出し、馬鹿をしては大声で笑う。
ディーノは、そういう事が煩わしく、その場に居るだけで頭痛がした。


「海賊なんだから煩くて当たり前だろ! あ、おい何処行くんだってー!」


背中に掛かるレーンの声を、人差し指を耳に突っ込み封じ、逃げるように船内へと向かう。
船員に紛れ、消えていく小さな背中を見送りながら、レーンはふっと息を吐いた。


「当たり前なんだよ、ディーノ」


ぽつり、呟いて、レーンは大きな鎌を甲板の板に、突き刺した。
何人殺した、と自慢気に言い合っていた海賊達が、一斉に口をつぐむ。


「てめぇら………どーせなら、生を祝え生を」


好き放題伸ばした荒れた赤茶髪を、ぼりぼりと掻いて。


「俺様の帰還を祝え、クソ野郎ども!」


海賊は、暇さえあれば、浮かれ騒ぐ。
船長に応え、海賊達が酒瓶を掲げる。天に届こうかというくらい、雄叫びを上げて。

レーンの船は、今日も騒がしい。

船内に居ても、それは聞こえる。ぎぎぎぎぎ、とゆっくり傾く船内で、ディーノは溜め息を吐いた。

――今日も、男は生き延びた。


「………いつまで、か」


抗おうと、無駄だ、と悟ったのは、いつだったか。
部屋に戻るのも億劫になって、ディーノは廊下にドカリと座った。

自分のちっぽけな力では、どんなに抵抗しようと、何も変わりはしなかった。
彼は今まで、諦めて生きて来た。
死ぬ事さえ面倒になった。
何も考えず、流されていれば、何が苦痛かも忘れられた。

ドカドカと頭上で足音が響く。


「今は、死にたい、よ………レーン」


全て諦めてきたのに、けれど出会った海賊は、苦痛を思い出させた。
最低だ、海賊なんて。
そう思うのに、頭では海賊がどんなに世間のつま弾き者か解っているのに、彼は何故だか、船から降りる気にならなかった。
レーンは、出て行きたきゃ出て行けばいい、止めはしない、と言っている。のに。


「ああもう、煩いな………」


騒がしいのが嫌いな筈、なのに。

瞳を閉じて、ディーノはゆっくり息を吐き出す。

今までの人間達は、世間体は良い立場でも、中身は最低だった。口に出すのも憚れる程、酷い目にあった。
けれど誰も、人を殺す事はなかった。ディーノを瀕死にまで追い詰める事はあったが。

瞼をゆっくり上げる。じっと自分の手のひらを見つめる。


「人間なんて、最低だ」


以前レーンに放った言葉。
再度同じ事を呟いて、ディーノは薄く笑った。

ひとごろし、の最低と。
こころごろし、の最低と。

いつも自分は、そこに居る。
いつだって。世界の底辺に。


握った手に、ボロボロの爪を立てた。


――最低だ。

あの時。
放った言葉に、レーンは笑った。当たり前だ馬鹿野郎、と笑った。

俺様達ぁ、海賊。海賊なんて最低で当たり前だ。だがよぉ、ディーノ。


「………俺は、死にたいんだ、レーン」


最低でも、腐っちゃいねぇ。


「あんたは腐ってなくても、あんたの息子は…………腐ってんだよ」


強く握り過ぎた手から、ポタリ、緋色が落ちた。




















(死にたい)
(以前はそれさえ忘れていた)
(けれど)
(此処に居ると、死にたくなる)


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