アダムはやがて、オズワルド以外にも、笑顔を見せるようになり、次第に周囲とも、関わりを持つようになった。
慣れるまでに時間は掛かったが、生憎と、時間なら沢山あった。

彼が来て、1年が、経とうとしていた。

元々頭の回転の早いアダムは、同年の子どもより、常に先をいっていた。物怖じして言わなかっただけであって、彼は自分の歳で行われていた学舎の勉強は、とっくに理解していたし、こっそりその先の別段を、独自に学んでいた。
それに気が付いた彼らを送り迎えしていた青年が、学舎側に申し入れ、今アダムは、7歳にして9歳児が習う内容のものを、学んでいる。勿論、理解して。
オズワルドに関しては、歳相応、とだけ明記しておく。別に彼が、愚鈍と言うわけではなく、アダムが突出しているのだ。それに、オズワルドは、アダムには無い才能がある。
アダムは勉学も運動も出来たし、見た目も麗しく、その中身でさえも、壁を崩した彼は、実は魅力ある人間であると、知る人は知る。
正にパーフェクト。だが、やはり彼には無く、オズワルドのみが持つ魅力も、あるのだ。アダムの心をほぐしたのは、他でもなく、オズワルドなのだから。

野山を駆ける。町の子どもと一緒になって、泥だらけになる。全身びしょ濡れになりながら、夢中で魚を追いかける。喧嘩して。泣いて。お腹がよじれるくらい、笑う。
それはアダムが、オズワルドに会って初めて、知ったものだった。

子どもらしい。
時にそれは、とても大事なこと。

何十冊という図鑑を見ても。
たった1度本物に触れた感触は、それに勝る。
何百冊という難解な書物を紐解いても。
間近で見た古代の遺跡は、文字で伝えられないものを、伝える。

見て、触れて、聞いて。

蓄積されたものを、オズワルドは持っている。


「そろそろ、戻りませんと」


最近、滅多にしなくなった風が葉を揺らす音。
静かな草原で、沈み行く夕日を眺めていた小さな2つの背中に、落ち着いた声がかかる。
伸びた影は長く、もうまもなく、陽の光は届かなくなるだろう。


「ん…………」


けれど、小さな背中達は、上の空に返事をするだけで、動こうとはしなかった。
声をかけた青年は、小さく息を吐いて苦笑する。


「風影様達が、お待ちですよ」

「うん………」


青年は促すが、しかし、無理矢理立たせるような事はしなかった。どんどん伸びる2つの影。
仕方ないな、と青年は背後に目配せした。何もないそこに、ヒュルリ、風が渦巻く。


「……………なあ」

「…………んー?」


夕日は、地平線の向こう、もう、半分もない。


「俺が、行くよ」


クスリと、小さな吐息が漏れた。全てがあたたかな橙色に染まっている。オズワルドの髪と同じ色で、銀の髪も、頬に残る十字の傷も、彼らの目に映る全て、染めていた。


「僕はね、オズ、君が羨ましい」


アダムを見た、翡翠色の瞳もまた、橙色に染められている。
それは……、と言い淀んだオズワルドに、アダムは微笑んだまま、夕日を眺め続ける。


「うん。両親が居るとか、自分の国に居られるとか、そういうのも、羨ましいよ」


胸がギュウ、と苦しくなって、オズワルドは、瞳を伏せた。そんな彼を横目で見て、アダムはクスクスと口元を押さえて笑った。
笑われる意味が解らなくて、でも気まずくて、オズワルドはチラリと笑うアダムを見上げる。


「でもね。君の恵まれた環境も羨ましいけどでもね。僕は、君のそういうところが、羨ましい」


立てた両膝に、頬を乗せて、アダムは微笑んでいる。
そういうところ? と首を傾げるオズワルドに、うん、と返した。


「きっと君は、本当に、僕の所へ来るつもりでしょう?」

「俺、嘘は吐かねぇ」


そういうとこ、とアダムがクスクス笑った。彼らの背後に居た青年は、いつの間にかもう居ない。


「きっと本当にしちゃう」

「だから、行くってんだから、本当に行くに決まってんだろ」


オズワルドがちょっと怒って言うと、アダムは、うん、と言いながら、泣きそうに顔を歪めた。
焦ったオズワルドが、手を伸ばし何か言おうとして、膝に顔を埋めてしまったアダムに、動きを止める。

柔らかそうな銀の髪。
アダムは目を閉じ、思い出していた。
オズワルドの父ホークは、自分の頭を、その大きな手でよく撫でた。ごつごつした、大きな手。
それは自分の父とそっくり似ていたが、そっと、まるで割れ物にでも触れるかのように触れた父と違い、ホークは、がしがし、と少々乱暴に自分を撫でた。
髪の毛は乱れ、たまに首が痛くなることもあったが、アダムはそれが嫌ではなかった。


「オズ、僕は………君みたいに、なりたい」


震えた声に、オズワルドの、宙で行き場をなくしていた手が、夕日色の草の上に、落ちた。


「僕には、言えない、その言葉を、言える君みたいに、なりたい」


オズワルドは、動かないアダムの頭を、じっと見つめる。
アダムには、解っていた。国に戻れば当分、オズワルドに会うことは叶わないと。当分、がいつまでか、解らなくとも、小さな黄色い実の味を忘れてしまうくらいには。きっと。


「強く、なりたい」


俺は、強くなんかねぇ。

オズワルドの声も、震えていた。彼もまた、アダムほどはっきり理解していなくとも、幼い自分達を隔てるものが、とてつもなく大きいだろうと、何となく、解っていた。
それでも。


「いつまで経っても、父ちゃんに勝てねーし、泣くのも我慢出来ねーし、ウバール食べれねーし、逆立ち2回に1回は失敗するし」


クスクスと笑う声。


「全然、強くねー。強くねーけど、俺は嘘吐かねぇんだ」

「うん」

「約束は守るもんだって、母ちゃんと約束したんだ」

「うん」

「男と男の約束はぜってーなんだ。母ちゃんは………女だけど」

「ふふ、うん」

「だからお前も、俺と約束、しろ」


日が落ちる。


「俺とまた会う、約束、しろ」


橙は紫に。アダムの瞳と、同じ色へ。


「男と男の約束は、ぜってー、なん、だぞっ」

「ふふ、何泣いてんの」

「う、うるさいっ、お前だって、泣いてんだろ!」


何重にも色を重ねた空は、ちらほらと小さな光の粒を、浮かび上がらせた。

十字傷を濡らしたアダムと、ごしごしと腕で目を擦るオズワルドの上に。


「うん、約束」


星が、瞬く。





















切れ端
















人の歴史は、1枚の紙にまとめられる程、浅くはない。一晩で語れる程、簡単なものではない。

幼きアダム少年が、あれから国に戻り、どうなったか、またオズワルド少年がどうなったかは、また他の物語へと繋がる。
約束を果たせたかどうか、それを明かすのは簡単だ。ただ成したか否か、書けばいい。
だがそこには、必ず、物語が存在する。痛みや苦しみ、喜びや、新しい、約束も。
それを一言で片付けてしまうのは、些か寂しいというもの。

いくつもいくつも物語が紡がれ、時に重なり、1つになる。
としつき流れ、大きな1つになる事も、ある。

だからこれは、約束はどうなったかの話ではなく。
彼らの物語の一端。

続く物語の中で、この一端を、或いは見つけ出せるかもしれない。

面白いものに興味を抱き易くなったのは。
約束に拘るのは。
そんな小さな繋がりを、月の明かりに消えてしまいそうな星の粒程の繋がりを、彼らの物語の中に。





「仲、いいねぇ」

「「どこが!」」

「あはは、おんなじ顔してるー」

「「………………………」」




背中合わせの真ん中に。



「仲よし仲よし」



道を繋げた星1つ。










(野山を駆ける王子様)
(温室育ちの王子様)
(間には友の文字)

(どうでしょう)
(遥か先の未来に)
(欠片を見つけ出す事が)
(楽しみになってきませんか)




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