アダムは、緊張していた。

元々白い肌を、益々青白くさせて。薄いブルーの半ズボンを、握り締めて。
部屋の端と端に届こうかという、長方形の長い机に座る、沢山の目。
その目が自分に集まっているのに、俯き、耐えていた。


「新しいお友達よ。みんな仲良くするように」


教授を職、とする者として用意されたような台詞を、アダムの隣に立つ女性が並べている。彼女が送る視線の先には、大きさのまちまちな、沢山の子どもの頭。この部屋には、下は5歳から、上は8歳までの子ども達が収まっていた。。
自己紹介するように言われて、アダムは乾き切った喉に、無理矢理唾を流し込んだ。


「アダム=キュイア、です」


姓は、母の旧姓だった。
か細い声は、木造室内に聞こえるようなものではない。隣の女性にだって、やっと聞こえる程度。案の定、聞こえませーん、の声が響いた。


「っ、」

「あ、うん。ええと、字は書けるかしら? 黒板に書いてくれる? みんなに見えるようにね」


身を固くするアダムに、教員の女性は、優しい笑顔を向けて、不安を和らげようとする。
小さく頷いたアダムが黒板に名前を書き、それから女性は1番後ろの空いた席に、座るよう示した。

窓際を歩く間も、興味の塊が自分に向かって来る。それはどんな凶器より、恐ろしく思えた。

「なんか、暗いやつ」
「えー? かっこいいよ!」
「え、あれおとこ?」
「ちがうの? だって名前は、男の子の名前だよ?」
「おんなだろ」
「俺、女にコマ2つ!」
「おれもおんなにコマ3つ!」


ひそひそと、しかし隠し切れていない無邪気な子ども達の、興味という名の、凶器。
席に着き、教員の声に子ども達が前を向くまで、アダムは息さえ上手く出来なかった。

授業が始まり、みんなが教員に集中して、やっと、アダムは隣の席を確認しようと、チラリと顔を上げた。
窓際の自分の席は、右側だけに人が座っている。

見た瞬間、アダムはちょっとだけ、驚いた。
あまりに緊張していて、彼の視野は極端に狭まっていた。普通なら、座った瞬間に目に付いた筈だ。
この、綺麗な夕日の色が。


「………………………」


あんまりに綺麗で、つい少しの間、みとれた。
けれど机に伏せた夕日色の髪の子は、顔は見えない。
教本を読み上げる教員の声に、やがてアダムは視線を戻した。

なんか、なんか、見たこと、あるような――……そう思ったのも、カラーン、カラーン、と鐘の音が鳴る頃には。

忘れて、しまった。


「キュイアってさ、おんな? おとこ?」

「………………………」


休み時間は、アダムにとって、朝の自己紹介よりも、地獄だった。


「せんせーもね、学室内だと全員さん付けでしょ? だから解んなくって」

「なあなあ、おんなだろ?」


わいわいと、自分の席に群がる子ども達に、アダムはすっかり怯えていた。まともに返事も出来ない。
するとどうなるか。
当然……、


「なんだよ、シカトすんなよ」

「お前どこの家だよ。キュイアなんて聞いた事ねーし」

「わかった! しょみんだ!」

「庶民がシカトとか」

「うわ、ムカつくー」

「むかつくー」


反感を買う。

歳はばらばらだが、着ている服や、言い様からするに、アダムを囲う彼らは貴族の子なのだろう。
身分で言えば、断然アダムの方が上。だが当の本人はそれどころではない。既にもう、視界が滲んでいた。


(あっち、行ってよ………!)


そっとしておいて、欲しかった。元々引っ込み思案なアダムは、母の死から、輪を掛けて人付き合いが苦手となった。
母の死に、身内が関係していたのが、原因だった。手引きをした者があったのだ。欲に目が眩んだ結果だった。


(僕に、構わないで!)

「何とか言えば?」


勿論、子ども達がそれを知る筈はない。依然として口を開かない、顔すら上げないアダムに、焦れた1人の子どもが、遂に机の側面を蹴飛ばした。
ビクリ、と華奢な肩が揺れる。


「気取ってんなよ!」


子ども達の中で、1番大きく、1番がたいの良い、男児だった。ざわざわとしていた室内が、一瞬にして静まり返る。


「っ、そんな、つもりじゃ」

「ああ? 聞こえねーんだよ!」


ガンッ、と机が悲鳴を上げる。周りの子ども達が、にやにやと笑みを浮かべた。
どうして、どうして放っておいて、くれないんだ。僕は、僕はただ――


「うるっせぇなー………」


アダムが、固く目を、瞑った時だった。
静かな室内に、思ったより響いた、思ったより場違いな声は、彼の隣から、のんびりと発せられた。


「んだよ、ガンガンよお、んんー」


咄嗟に見た、右隣。
腕を伸ばし、起き上がっている、夕日色。


「んーあ………ん?」


目が、合った。


「…………んん?」


翡翠がしぱしぱと、瞬いた。
夕日色を揺らし、首を傾げた。
目を、擦った。
それから、見開かれた。

アダムは、一連をぽかんと見つめ、最後に、見開かれた事に自分の瞳も、驚いて丸くなった。


「え……………」


何か、驚かれ、た?
そう戸惑ったのも一瞬。


「なん、え、なんで、あんたが、なんどあ!?」
「あぶっ!」


ガタン! と勢いよく席から落下した夕日色に、新しく驚いて、アダムは考える暇もなく自分も立ち上がっていた。
背中から落ちた夕日色は、椅子に足だけを残し、相当間抜けだ。
驚くアダムを他所に、静かだった室内には、どっと笑いが沸き起こった。


「ばか! 3代目ばか!」

「何してんのオズさまー!」

「うううるっせえ! これは、ちょっと、あれだ、足がびびれてたんだ!」

「うははは! びびれてって何! 痺れてだろ!」

「え? あ、そっ、そう言っただろ!」


笑い声が響く学室は、アダムに、怯えさせる暇も、嫌悪する隙も、与えなかった。
全てがぽかんとしている内に。


「言ってねー! わははは!」

「さんだいめ、ちょーばか! ちょーばか!」

「2回言うなぁあああ!」


顔を真っ赤にした夕日色が、服を払いながら立ち上がり、再び目が合うまで。


「……………あ」


びっくり、以外の感情を、アダムは持てなかった。


「えと、よ、よお………」


目は直ぐに逸らされ、それはアダムにとって、初めての経験だった。自分から逸らす事はあれど、相手に先に逸らされたのは未だかつてなく、つい、怖がる事を忘れ夕日色を見つめる。


「え、3代目、知り合い?」


アダムの耳に、先ほどまで威勢良く自分に絡んでいた相手の、遠慮がちな声が聞こえた。
何事か、と思った。

高圧的な態度は今は欠片もなく、男児は3代目と呼ばれる彼を、驚愕の瞳で見つめている。


「え、し、知り合いっつーか………」


そして3代目と呼ばれる彼は、自分をチラリと見ては、そわそわと視線を泳がせる。
アダムは自分の記憶を急いで漁った。
確かに、初めて見た時、思った。見たことがあるような気がすると。
だが巡らせた思い出の中に、それを中々見付け出す事が、出来ない。焦れば焦るほど、困難になっていく。
アダムは、母を失ってから、記憶を辿るのを避けていた。どんな思い出も、嫌な思い出に繋がるからだ。
そうしていつの間にか、思い出す事が、上手く出来なくなっていた。

2人が2人、まごついて。
是と言わないものだから。


「……――っち、違うに決まってんじゃん! こぉんなくっらーいヤツ!」


否、と。
勝手に周りが解釈した。


「だ、だよなぁ!」

「こぉーんな、包帯巻いちゃってさ! 気を引こうってのがみえみえっだての!」

「っ!」


どうせ大したことない怪我なんだろ?
と伸ばされた、手に。


「っやめろ!」


アダムは全身が、毛羽立った。
バシと鳴った乾いた音が、朗らかに戻りつつあった学室を、再び緊張へと引きずり込んだ。


「な………」


手をはね除けられた細身の少年が、険しくアダムを睨み付けようと、した。
だが、アダムは、その倍以上に、憎悪を乗せて、少年を睨んでいた。
怯んだのは、少年。


「さわ、るな………」


アダムが放つそれは、温室で育った貴族のお坊ちゃんには、知り得ないものだった。ただ少年は、怖い、とだけ、それだけしか解らない。
サッと色を無くした顔で、えもいわれぬ迫力に黙るしかなく、そしてゴクリと喉を鳴らした。それは周りの子ども達も同様だった。

ただ1人、違ったのは。


「今のは、おめーがわりー」


夕日色だった。


「つかなに、さっきから何言ってんだお前ら?」


喧嘩か? ならまましい事してないで、男なら、こっちで勝負しろ!
と、拳を握ってみせた夕日色は、あっけらかんとし、堂々たるもの。まるで空気の読めていない様子に、今度はアダムが絶句した。
何言ってんだはお前だろ、あとまましいって何だ女々しいだろ、と今のを喧嘩と言う夕日色を、信じられない物を見るように、見た。


「あ、でもあんた女か」


じゃあ、だめだな。むむ。
と考えるように腕を組んだ夕日色に、アダムは思わず、本当に無意識に。


「僕、男だけど」


と口にしていた。



夕日色の、淡い初恋は、この日この時、儚く散るのである。












小さな恋の、何とやら














(言えねぇ。俺の初恋がアダ、)
(絶対言えねぇえええ!)

(このオレが超内気だったとか)
(んなこと死んでも言るか)

((………………………))

(もー、2人してだんまりー)
(クック、これは何かあるな)

((ギクッ!))



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