俺とあいつが出会った日。
もう随分と昔だけど、今でもよく覚えている。節ごとになされる定例会合に、初めて連れて行かれた時。
「うちの子と、仲良くしてね、オズワルド君」そう言って微笑む綺麗な女の人の影で、そっと此方を伺っていた。
綺麗な女の人――当時の雷影妃アマテ様だ――の影に居た、その子に、俺の目は正に奪われた。
アマテ様に良く似た面立ちで。長い睫毛に縁取られた、大きな二重の紫水晶が印象的で。肌は輝くように白く、可憐を絵に描いたような子だった。
俺が固まって動けずいると、アマテ様に肩を叩かれたその子は、小さく、とても小さく「はじめまして」と声を発した。
その声さえも澄んだ水のように美しく、俺の身体がぶるりと震えた。

それが、俺とあいつの出会い。




ゥヲオオズゥウウウ!」「わぁっ!?」

バタンッ! と開け放たれた、自室の扉。ベッドに寝転び、空の絵画集を眺めていた俺は、危うく落ちそうになった。

「なん、え、」

俺は落下を免れたものの、驚いた拍子に投げた絵画集が、絨毯の上にバサリと落ちた。
声の主は知ったもの。どうしたよ、と問いかけようとして、部屋の入り口を見た俺は、固まった。

「!?」
「あり得ねぇえええ!」

固まっている内に、声の主は、俺の部屋に入ると叫びながら、素早く扉を閉めた。
いやあり得ないのは俺の目に映る、お前だ。

「おま、なん、何し」
「あり得ない。あり得ないよ何なのまじで災害か」

扉の取っ手に両手を掛けたまま、何かを呟く、後ろ姿。濡れた黒髪からは、ポタポタと雫が垂れ、華奢な肩と、素足の間には、タオルしか存在しない。
そう、タオル1枚。
タオル1枚の、霰もない姿。

霰もなさ過ぎんだろこれぇえええ!?
「びゃうっ!? なにっ、えっ、何、吃驚した!」

吃驚したのはこっちだ! 何つー格好してんだこいつは! 俺を殺す気か!

「お前! 馬鹿! 馬鹿お前!」
「うん解ったから落ち着け」

とりあえず手で顔を遮り、顔を背けて叫ぶ。と、タオル1枚という、衝撃的な姿のメグミは、何を思ったか、俺の膝にあった掛布団を、剥ぎ取った。
え、って、思わず見ちゃったじゃねーか! みみ見ちゃったじゃねーか!

「っ、風の国掟第1条国の統治は代々風影とす第2条風影の意向は国民のものとす第3条風影は国民の意思を尊重す」
「ねぇそれ聞いとかないといけないこと?」

だってそんな事言われてもお前、こっちは平常心を保つのに精一杯なんだぞ!?
あ、やべまた見ちまっ…………。

「………何、してんのお前」

「え? あ、此処に来た理由?」

いやちげーよ。俺はなんで布団を頭から被ってんのか訊いてんだよ。なんで布団と喋ってるみてぇになってんのか訊いてんだよ。でもいい、ちげーけどいい。理由の方が聞きてぇ。

「あのね、変態の襲撃にあってね、1番近い此処に逃げ込んだの」
「はぁ?」

布団に遮られ、聞き取りにくい声を出すメグミは、聞き取れていても意味の解らない理由を述べる。なんだ変態の襲撃って。
俺の理解出来ていない声に、メグミは布団をずらし、顔だけをヒョコリと出した。

「いやさー、まさかお風呂にまで魔の手が伸びようとは、思わないじゃない?」
「なに、お前、襲われたのか?」

ギクリと心臓が冷えた、が。

「そう言ってんじゃん! しかも覗きとかじゃないんだよ!? 堂々と正面きって入って来たんだよ!? なにあの人!? あんなんが国王でいいのかストックライト!」

と、最後の最後で合点がいって。

「メグミー! 何処だー?」
「っ! オオオオズ、私居ない。居ないから!」

廊下から声が聞こえれば、殺意が芽生えた。あの野郎、ぶっ殺す。
再び布団を下げたメグミが、ベッドの横で小さくなっているのを横目に、扉へと向かう。

「あ、ね、オズ………オズ? あれ? いな、ちょっ、何処行くの!?」
「変態を、殺しに」

振り返らず、扉を開けた。

「ちょっ、まっ、開けちゃ」

開けた先に、変態の姿。
メグミの悲鳴が、背後で上がった。

「おう、此処に居たか」

ニヤリと悪どい笑顔を晒したアダム、に、先ずは1発。

「っ!」

殺意の乗った、右手の拳。は。空を切った。

「…………危ねぇな、当たったらどうすんだ?」

こいつ、まじ腹立つ。

「当てるつもりでやってんだよ」

捻った肩越しに、睨み付けると、アダムはくつくつと喉で笑った。

「お前に殴られる筋合い、ないんじゃねーか?」
「いけっ! オズ! 私が許す! やってしまえ! おうちを壊さない程度に!」
「お前ねぇ………、っ!」

2発目、も外れ。
顔面を狙って、後ろ回しに繰り出した右足を、顔を反らし避けたアダム。だが、そこから笑みが消えた。

「神様禁止だからね!」

4、5、6、右手左手左足。どれも紙一重でかわされたが、7、発目。
右手がパシン、と乾いた音を立てた。

「テメェ、焦がすぞ」
「ぶっ、殺す………!」

掴まれた右手をそのままに、右足で腹部を狙う。それを俺の手を離すと同時に、腕で防いだアダムが、今度は左拳で反撃してきた。
難なく避け、そこからは殴る、蹴る、避ける、の繰り返し。

「ちょっ、やり過ぎやり過ぎ! ぎゃあっ、窓割れた! 窓割れたんですけど! ねぇ、ちょ、どこ行く、だっ、だめぇえ! そっちは駄目! ぁあああぁああ!」

ガシャンもパリンもバキリもグシャリも、どれも止まる理由にならなくて。

階段んんんんん!!

メグミの絶叫も、耳に入ってなくて。だから彼女が小さく、あ、と呟いたとしても絶対気付く筈がなくて。

くぉらあ何してんだクソガキどもお!

互いに振り翳した拳が、ピタリと止まる。目の前を、槍が、通り過ぎたからだ。
次いで、やっと、ガラガラ、と何かが崩れる音に、気が付いて。

あ……………やべ。

我に返ってみれば、宮は色々、まずい事になっていた。

「どんだけだ! どんだけ戦うの好きなんだ! 職業ファイターか! 戦わずにはいられないのか!」
「いやだって、メグミだって許すって………」

布団を被ったメグミは、2階から俺達を見下ろしている。隣には、煙草をくわえたキビトが、呆れた顔で同じく見下ろし、いや見下している。
降りて来ないのは、降りないのではなく、降りられないから。彼女達と俺達の間にあった階段は、今は瓦礫と化して、俺達の足元にあった。
これは間違いなく怒られる。つか怒られてる。

「おうち壊さない程度に! はい復唱!」
「おうち、壊さない程度に……」

怒ったメグミには、逆らえない。惚れた弱みってやつもあるが、それがなくても、普段あまり怒らない癖に、いや怒らないからか? 妙に、迫力がある。

「そこっ! 何不貞腐れてんの!」
「………オレはそんな事言われてねぇし」
「じゃあ、そもそもの原因は何だと?」

隣で外方を向いていたアダムも。

「オレは売られた喧嘩を買っただけだ」
「へえ、ほお、そう。じゃあ君が私に売った喧嘩はどうなるのかしらね」

人と話す時は人の顔を見て話しなさい! と叱られて、不満そうにしながも、素直に言う事を聞いている。

「売ってねぇだろ。ただ一緒に風呂に入ろうと」
売ってるとしか思えないよねそれ絶賛発売中だよね何なの? 馬鹿なの? 殴られたいの?

元はと言えばお前のせいだろうがぁああああ! と叫びながら、メグミが投げた木片は、俺らの頭上を通り過ぎて。

「どーした!?」
「あっ」

騒音を聞き付けて来たらしい、丁度顔を出したアレクの額に、当たった。

「っ! !? っ!!」

言葉にならないらしい、涙目のアレクは、額を押さえながら、額と床に転がる木片を交互に指差す。
いてぇよな、うん、あれはいてぇだろうな。

「え、と………そ、んん………」

メグミも、言葉にならないらしい。視線を泳がせながら、そわそわと手を上げたり下ろしたりしている。結局最後に、はだけた布団を胸の前で揃えて直し、おずおずと口を開いた。

「すんませんした………」

深々頭を下げたメグミの、僅かに見える足元に、パサリと、タオルが落ちた。








幼なじみ










オリジンに階段を直して貰っている間、上半身裸のアダムと、布団があるものの、バスタオルが落ちて中身は全裸の私は、一旦服を着て、オズとアレクとキビトさんも一緒に、広間に集合。
やっぱあれだね、君達の場合は外でやらないと駄目だね、とため息を吐くと、キビトさんによって、濡れタオルを額に当てられているアレクが、続くようにため息を吐いた。
コブがね、見事なコブがね、出来てんですよごめんなさい。

「ったく、おまえらすぐ喧嘩すんだからよー」

大人しく額を冷やされているアレクは、理由を聞いて、1度アダムを卑猥物扱いして騒いだ後、2人の衝突頻度に呆れていた。
確かに、よく喧嘩するよねこの2人。

「幼なじみなんだろ? なのになんでそんなに喧嘩ばっかになるんだよ」

喧嘩する程仲がいいとは言うけれど、その度に宮を破壊されては敵わない。つい昨日だって、広い玄関が吹っ飛んだからね。風と雷の効果で玄関が何でもかんでもウェルカム状態になったからね。今なら通り放題! ってばか! 玄関探しに行って、欠片もなくケシズミになったって気が付いたのその3時間後だっただろばか!

「幼なじみ、だからだろ」

ムスー、っとしたアダムとオズは、アレクの質問に答える気がないらしい。代わりに口を開いたのは、キビトさん。
タオルを水に浸けて、ぎゅうと絞りながら、穏やかに述べた彼に、アレクと私の視線が向く。

「幼なじみ、だから?」

聞くと、キビトさんはちょっとだけ、口元を緩めた。

「ガキの頃から一緒に居るとよ、まあ今でもガキだが」

アレクの額にピタリとタオルをあてがった、時点でムクれていた2人が、同時に叫ぶ。

「「ガキじゃねぇ!」」

む、と顔を見合わせた彼ら、を見て思わず笑う。息ぴったり。

「クックッ、アレク、自分で持て」
「ん、」

私と同じく、可笑しそうに笑みを溢したキビトさんは、アレクが自分でタオルを押さえると、空いた隣の椅子を引く。

「ずっと一緒に居るとよ、相手が何考えてるか、何となく解るようになるもんだ」

ドカリと腰掛けた彼は、互いに外方を向いて、ソファーの端と端に座るアダムとオズに、だろ? と振り返った。

「知るか、こいつが何考えてるかなんてよ」
「はっ、知りたくもねぇな?」

こらこらこらこら、睨み合うんじゃない。風を起こすな風を。
馬鹿にしたように鼻で笑ったアダムが余程燗に触ったのか、こめかみをヒクつかせたオズ。
見かねて、彼らの間に座るべく、椅子から立つ。

「昔からこう?」

ソファーに座りつつ、両方に聞くつもりで、交互に視線を送る。

「昔っていつだよ」

答えたのはオズ。
多少、不機嫌ではあるが、肘掛けに頬杖をついて、とりあえずまた殴り合い、ってのは免れたみたいだ。

「知り合った時からこう?」
「知り合った時………」

窓の外を見ているオズは、どこかぼんやりと呟いた後、チロ、と視線を動かした。
私を通り越したその視線に、オズと反対側を、向く。

「………何だ」

その先は、アダム。
何見てんだああん? みたいな横目で睨まれた。お前は目が合ったら絡むヤンキーですか。

「……昔は、あんな可愛かったのに」

ボソッと聞こえてきたのは、顔を向けているのとはまた逆方向で、僅かに驚いて振り返る。


「か、可愛い?」


可愛いなんて意外な言葉が飛び出してきたもんだから、つい聞き返してしまった。するとアダムを見ているようで見ていないようなオズのとろんとした瞳が、はっとしたように小さく見開かれる。

「えっ、あっ、いやっ!」

しどろもどろになり出したオズの顔は、何故か赤かった。



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