大柄な男と、小柄な女。
並んで歩くそれは奇妙に見えなくもないが、やはりより人目を引くのは大柄な男の方である。
更に男は派手な髪の色をしており、自然と道行く人々の視線は上へと向く。
そして大抵はそこにある整った顔に魅入るのだ。

と、どうなるか、だが。


「あたっ! す、すいません」

「あ…………」


その大抵の通行人達は、小柄な女の方に、気付かないのである。
背の高い男の顔に見惚れた人々の多くが、小さな女に気付かずぶつかる。
これは何度も繰り返されていて、小さな女がいくら気を付けていても、避け切るには数が多すぎる。
今日何度目かの衝突に、律儀にも頭を下げた女に、肩をぶつけた通行人は驚いたような顔をした後、嫌そうに眉を顰めて無言で過ぎて行った。


「ふぅ、今日ヒト多いねー」

「…………………」


今の一連を女は気にしてない風なのに、その様子を見ていた男はとても不機嫌そうに眉間に皺を寄せている。


「どしたのオズ。顔が鬼みたくなってますぞ」

「…………もう帰ろうぜ」

「へ? なんで」

「なんでって、おま、」


きょとんと子首を傾げる女に、男は益々眉を寄せたが、そこで再び女に通行人が衝突した。
不意を突かれ、よろけてしまった女を男が素早く支える。
ついでに通行人をギロリと眼光鋭く睨み付けた。


「ひっ!」


短い悲鳴を上げ、通行人は顔を青くさせると直ぐに人ごみへと退散。
若干可哀想な気がしないでもないが、女に謝罪の1つも無かったのはいただけない。ただ男が怖かった、というだけかもしれないが。


「あ、ありがとう。はは、私って鈍臭いから」

「ちげぇだろ馬鹿! さっきからずっと、よそ見してんのは相手の方じゃねぇか!」

「お、おお………すんません」

「ばっ、なんであんたが謝って! っ、〜〜〜〜」

「え、えーと………」

「………わりぃ、怒ってるわけじゃねぇんだ」

「……………うん、オズ、私お腹空いた!」

「…………………はぁ?」


オズ、と呼ばれた男は、責めるような物言いをしてしまった自分を戒めたが、女の打って変わった話題に付いていけず、ぽかんと口を開ける。


「お昼ご飯、食べようよ!」

「え、うん、え? いやいや、お前俺の話聞いてた?」

「えー、オズ帰りたいのー? 私ご飯食べたいよー」

「いや帰りたいわけじゃ、寧ろ今日2人だしなるべく長く……って、俺何言ってんだ!? そうじゃなくて! さっきからお前、その、」


オズは、口籠もったり、赤くなったり、慌てたり、と忙しく表情を変える。
それを女は呑気に眺めていたが、オズが最後に苦々しい顔をしたのを見て、へにゃりと顔を緩ませる。


「だいじょぶだよー。私、オズの後ろを歩くよ」

「え」


言って女は、本当にオズの真後ろへ回った。
前から見れば、女はすっぽりオズの影に隠れて見えない。
なるほど、これなら誰も女にはぶつからない。防御壁の完成である。

ただ、オズは微妙な顔をした。
それもその筈で、常に縦に連れ立って歩く男女など、より奇妙な光景だ。
オズが振り返ると女がさも名案でしょ、とでも言いたげにニコニコと笑みを浮かべている。
彼の口元がヒクリと引きつった。


「あの、本当にこれで行くのか?」

「え、だめ?」

「う、いや………」


小さな女が恐々と伺うように見上げる様子に、オズは胸が痛み、結局そのまま、彼は前を向いて歩き出した。


「何食べよっかー」

「何でもいいよ……てか何だこれ」


何してんだ俺、とオズはそっとため息を吐く。
と、その時、自分の服の袖が控え目に引っぱられた。


「あれ、あれ食べようよオズ」


見れば女が、一軒の店を指し示していた。
薄く伸ばした生地が焼かれ、そこに水鳥と呼ばれる鴨のような鳥の肉と、野菜を挟んだものを、軒先で売っている。
所謂ファーストフードに分類される料理だ。


「あんなんでいいのか?」

「うん! タコスみたいだー」

「たこす?」

「オズ早く早く!」

「お、わ! ひ、引っ張んなよ」


女に急かされ、引っ張られるように店の前まで来ると、オズは“アンスト”と商品名が描かれた看板をぼんやりと眺めた。
彼は頭の中で、女が漏らした“タコス”の単語を、何となく繰り返していた。


「おじさん、2つ下さい!」

「はいよー」


オズが惚けているうちに、女はカウンターで元気よく声を上げる。
中で1人働く中年の男性、店主が注文を受け、素早く調理を開始した。
肉を焼く、何とも香ばしい匂いが、軒先から漂い始める。


「うわぁ、おいしっそー!」

「おー、うめーぞー!」


女は瞳を輝かせてカウンターに身を乗り出し、店主は野菜を詰めながらそんな女の様子を見て、笑い合う。
更に、肉を詰める前に店主はお代を告げ、それに女が2つ折りの財布を取り出す。
止め金の役目を果たす小さな木のボタンを外し、財布を開いたところで、彼女の手の上に大きな手が重なった。


「なんでお前が出すんだよ」


先ほどまでぼんやり立っていた、オズだった。
財布と、自身の手を丸々覆ってしまった彼に、女はパチ、と1度瞬いて、次いで横に立つオズを見上げる。


「流れ的に?」

「いや聞かれても……いーからしまっとけ」

「えーと、自分の分くらいは……」

「ばーか」

「え、なんで馬鹿呼ばわり」


私普通の事言っただけなのに……なんで、なんで馬鹿、と何処か虚ろな女を置いて、オズはさっさと支払いを済ませた。
店主はいやに朗らかに笑いながら、商品を彼へ渡す。


「兄ちゃん、可愛い彼女だねぇ」

「はっ!?」
「え」


その際に店主が放った言葉で、オズは危うく受け取ったばかりの商品を落としかけた。
解りやすく狼狽するオズの隣では、女がきょとんと店主を見ている。


「お、よく見りゃ兄ちゃんもいい男だな!」

「な、なん、なん、」

「でしょでしょ! オズはカッコいいんですよ! だけどこの人、自覚がないって言うか、謙遜するんですよね……嫌みかコラ、なーんて、あははは!」

「あ、そ、そうなの、あはは……」

「今お前、本音挟んだだろ……」

「いやいやー、嫉妬するほど男前! って事で褒めてんだよー………」

「そ、そうか?」


多分ね。
と、最後に呟かれた一言がオズに聞こえなかったのは、彼にとって幸いなのかもしれない。
照れ照れとはにかむ姿は、大男の割りに可愛らしく、こういう所が自分よりも女らしいからやんなるんだよね、と密かに女が思っている事もまた、彼は知らない方が幸せだろう。


「仲良くやんなよー!」

「がってんだー!」


別れ際、店主に元気に返す女の手には焼きたてのアンスト。
がってん? と首を傾げる店主を余所に、2人は並んで歩き出す。


「何処で食べる?」

「んー、どっかその辺、」


オズと女は並んで、歩いていた。
彼らはつい、失念していたのだ。

会話の途中、オズの視線の端にはぼうっと自分を見上げ歩く男の姿。
彼は咄嗟に隣の女の肩を掴み、引き寄せた。


「っわ、」
「っと、」

「っ、気ぃ付けろ馬鹿!」

「あ? なんだ、ひ! す、すいません!」


オズのおかげで女は通行人との衝突を免れた。
だが、オズの凄みに逃げて行く通行人を余所に、女はピタリと寄り添った彼の熱に、硬直していた。


「大丈夫か?」

「っうへ!?」

「ぁあ? はは、なんだよそれ」


何処から出したのか解らない変な声を上げた女を見下ろし、オズは可笑しそうに口元を釣り上げた。
女の頬に走った朱が、益々濃くなる。
この反応は、彼の男心を擽った。


「………最初から、こうしときゃ良かったな」

「えっ、は、ぇえ?」


オズは彼女の肩を抱いたまま、歩みを再開する。
ガチガチに緊張する女はやはり真っ赤な顔で、彼の耳もまた朱色に染まっている事など目に入らない。


「オオオオオズ! あ、歩きにくいでしょ!?」

「いや、別に」

「そうですか………あっ、暑くない? ねぇ、ほら、今日暑いし!」

「別に」

「………そうですか」


さっきからオズは、女の方を見ないでいる。女もオズを見れないでいるから、2人の視線は合わさる事はない。
女は必死に何かを探して視線をうろうろさせていた。
オズは何故か睨みを利かせ、周りを威嚇している。


「あっ! あそこ! あそこに座りまひょー! って噛んだ!」


どうやら女は緊張に見舞われながら、落ち着ける場所を探していたようだ。
彼女は一刻も早く、自身に起きた異常事態(彼女にとっての)を緩和させたかったのだ。

オズも少し離れた場所にある木製のベンチを見て頷くと、そこへ向かう。

そして。


「…………………あのぅ」

「あ? 何だよ」


ハタから見れば中睦まじく並んで座る、男女。
女の肩を抱くオズは、その手を離さなかった。


「いや、あの、何でしょうかこれは」

「何が」

「いやおかしいですよね?」

「だから何が」

「や、あの、その、」


女と言えば、目を回す寸前だ。
俯き、身を強ばらせている。女の頭の中は、さぞ大混乱している事だろう。
オズはいつもよりちょっとばかり、積極的だ。
但し、素っ気ない態度とほんのり染まった頬は、彼がとても勇気を振り絞っての行動だと、つつがなく告げている。
それでも彼は、せっかく手にしたチャンスを逃すまいと、2人の間に開いた僅かな距離を無くそうと、小さな肩を抱く手に一層、力を込めた。

ところで彼は、その体格に見合うだけの腕力を兼ね備えている。
それを言い訳にするにはちょっと説得力に欠けるが、彼はちょっと引き寄せるくらいの気持ちだったかもしれない。
だが女の身体は大いに傾いた。


「「っ!」」


引き寄せた方も、引き寄せられた方も、共に火が点いたかのように顔を染め上げる。
女はもはや、オズにしなだれ掛かるようにぴったり寄り添い、その距離は限りなく近くなった。

硬直してしまった2人。
オズの喉が、ゴクリと鳴った。

そして彼は、意を決した。


「っ、メ、」
ぁあー!
「わぁっごめんなさい!」

突如、女が大声を上げた。
それに伴いオズはビクッと肩を跳ねさせ、女の肩から手を離した。
そのまま手を高く上げた状態で固まっている。


「あ、あ、ぁあああ……」


女は心臓があり得ない程ドクドクと脈打つオズなど見向きもせず、わなわなと震えている。


「わ、私の“アンスト”が………」


彼女の視線は、地面に中身を飛び散らせた、無惨な“アンスト”の残骸にあった。


「私の、私のお昼ご飯が…………


            オズ」


オズの再び跳ねた肩。
先ほどの甘酸っぱい雰囲気を吹き飛ばす、彼女の低い声。


「メ、メグミ、あの」
食べ物の恨み、思い知れぇえええ!
ギャァアアア!?



彼、オズは、

彼女、恵まで、

中々遠い道のりを歩いている。
















(俺の食っていいから!)
(む…………じゃあ、貰う)
(……………ハァ)
(はい、オズ)
(え?)
(半分こー、えへへー)
(!)

(ぐぁああ! 可愛い!)
(可愛い可愛い! チキショウ!)

<< >>
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -