最後にシャワーを捻って泡を流し切ると、シオンが頭をブルブルと振った。
ついでにピシピシと水滴が顔に当たって、うおっ! と変な声が出た。


「貴様それでも女か! なんだ今の雑な行為は!」

猫に対する行為


今日1日で散々酷使し、擦り切れたハートは、今此処で限界を迎えてしまったようだ。ついに反抗、反逆。非行に走った。
何が言いたいかというと、つまり限界じゃボケェエエエ!!という事である。
プチンといったんです、はい。

だが、シオンが黙ってやられっぱなしにする筈もなく。


「ぶわ!? あぶっ、ぶふぅ!」


何!? と肌が熱による痛みを感じて一瞬頭が混乱したが、シオンが反撃に私にシャワーを掛けたのだった。
しかも顔面に。
おぼっ、溺れる!


「ふはは! 己れに反抗しようなど、10年早い!」

「うぶぶ! はぅっ! この!」


その高笑いすんげぇ腹立つ!
顔を背け、手でガードしつつ、何かないかと視線を素早く走らせる。
うぉおお! 負けていられるか!


「うがぁあああああ!!」


足元には空の洗面器。
急いで拾い上げ、それを盾にシャワーを押し返した。
だが、私がシャワーに気を取られているうちに、シオンは反対側の手(怪我してる方)で私の頭をチョップ。
そして2人同時に痛い、と声を上げた。


「そ、相当おもいっきり叩いたわね………」


私が涙ぐむくらい痛いのだから、シオンもかなり痛い筈。
シオン、貴方意外に馬鹿なのか。


「っ、煩い! 忘れ、こ、これくらいなら耐えうると思ったんだ!」

「今忘れてたって言おうとしたよね。忘れてたんだよね。明らか忘れてたんだよね」

「き、貴様がいきなり暴走するからだろうが!」

「あ、それはすんません。いやでも恥ずかしくてですね、って、責任転換じゃねぇかぁあああ!


洗面器をブンブン振る。シャワーによってずぶ濡れだから、水滴が飛び散る。
シャワーと洗面器の戦いは終わっていたが、互いに何となく握ったままだった。


「貴様……恥ずかしかったのか」

「ぐはぁあああ! そこ拾っちゃだめぇえええ!」


折角ワケの解らないテンションで忘れていた羞恥心が一気に膨れ上がる。
途端にハワハワし出した私に、シオンは口端を上げてこれでもかってぐらい悪どい笑顔を見せた。
ギクリと心臓が縮み上がる。
器用に後ろ手でシャワーを元に戻し、一歩、近寄って来た。

な、何か、良くない事を企んでいる………!


「な、何………?」

「全身それじゃあ、服を着ている意味は、ないな」

「シ、シオンのせい、でしょ………」


ジリ、ジリ、と意地の悪い笑顔のシオンがにじり寄る度、私も後ろへ下がる。
何、何する気………。


「服は、濡れたままだと様々な障害をきたす」

「と、遠回し………! ええと、か、風邪ひく、とか?」

「解っているじゃないか」

「っ!」


トン、と踵が何かに当たる。
目線だけをずらして一瞥すると、広々とした浴槽の縁に当たったのだと解った。
ヤバい、と思った時にはもう遅く、シオンは一層笑みを深くしたかと思うと、


「っ!?」


私を突き飛ばした。いや突き落とした。
お約束か。コントか。私は芸人か。

って、


「ぎぃやゴボゥ!」


何さらしとんじゃおどれぇええ!
と言う私の悲痛な叫びはガボボボとお湯にのまれた。
そしてお湯を飲んだ。鼻にも入った。地味に痛い。


「ブハッ! 何して…………え、何してんのホントに」

「風呂に浸かっている」

一目瞭然んんん! 本日2回目ぇええ!!


人を突き落としておいて、平然と風呂に浸かっている。
いやホントに、何してんだお前。

どこぞの温泉宿の如く広い浴槽の端に、もう半泣きになりながらザッブザッブと移動。
全裸の男から少しでも距離を取りたかったのだが、端っこまできてから気付く。

は! しまった!
出口が遠退いた………!


「て言うか! シオン!」

「なんだ」

「おにゃのこの前で、よく全裸なのに平気でいられるね! ちょっとは恥ずかしがるとか、ってぁあ! そうだよ! 普通シオンが恥ずかしがるとこで、なんで私がこんなに取り乱さなければならないんだ………!」

「…………………」

「普通さ、頬を赤らめたりとかしてさ、見るなよ、とか言ったり………うっわぁ、いやだ、そんなシオン気持ち悪い……!


そ、想像してしまった………。


1人で壁に向かって話す貴様の方が気持ち悪いわ

「だ、だって………」


湯気で見えにくいとはいえ、そんな堂々と対面出来るわけがない。
私だってこれでもうら若き乙女なんですよ。
裸がどーした、タオル巻いてんだし、なんて思うのはまだ早いと言うか。
そこは越えちゃなんない一線と言うか。
越えちゃったら乙女失格な気がしないでもないと言うか。


「順序が逆だと思うんだよ……! 私はまだ階段を登り始めたばかりなのに! 勝手に何段すっ飛ばしてんだ! エスカレーターか! エスカレーター式だったのか!」

「いい加減、黙れ」

「びひょう!? え、い、いつの間に!?」


音がしなかった。
それなのにシオンは私の真後ろにいて、腰を捕えた。
折角離れたのに!


「貴様は考え事に集中し過ぎる」

「ぐぉおお……! 思考の海め!」


どうやら私が1人悶々とし過ぎていたせいで、気が付かなかったらしい。
思考の海は奈落より深いんだぜ!なめたら痛い目みるぜ!
って馬鹿! とっくに痛い目みてるわ!


「ははははな、離し、ちょ、マジで心臓爆発するから!」

「黙れ」

「そんな無茶な!」

「だ、ま、れ」

「…………………」


耳元で低ーい、低ーい声が囁く。直ぐ様口を閉じた。
ちょ、この人声だけで人を殺せそうなんですが!


「……………己れは、」

「っあ!」


腰に回った腕が、ぐっと引き寄せ距離をゼロにする。
ドッキンドッキンと大きな鼓動も、煩いと怒られるんじゃないかと思うくらい激しい。


「風呂という無防備な状態を、貴様以外に見せる気はない」

「!」

「髪を洗うにしてもそうだ。相手に全てを委ねるなど、そんな恐ろしい事出来るか」


髪を洗っている間というのは、誰でも隙だらけ。
背中を見せたシオンの、そこにどれだけの気持ちがこもっていたんだろう。
きっと信頼、とかそういうもの。

恥ずかしがっていただけの自分がちっぽけに見え、同時に堪らなく嬉しい。
心臓はまだドキドキしてるけど、ガチガチに固まった肩からは、力が抜けた。

シオンの他人への壁は、高い。彼と口を利くだけに、私は何日も要した。
それくらい、彼は用心深く、慎重だ。

その壁が、いくつあるのかは知れないが、手が、今なら手を伸ばせば、届きそうな気がする。貴方の心に、触れられる気がする。


「………背中と腕、洗おうか」


ああ、あと髪にオイルも塗らなくちゃ。
この世界にはリンスやコンディショナーが無い代わりに、髪に潤いを与える植物を使ったオイルをつける。匂いの種類も豊富で、私のお気に入りはグレープフルーツみたいな香りのオイル。

ゆるゆるになった頬に両手をペタ、と添えて、なんとか笑いをこらえる。


「そのままでは、動きづらいだろう」

「ああ、いいよ、平気。おかげ様で身体ポカポカだし?」


ちょっとのぼせてる位だ。
緩んだ腕から抜け出して、続きをしようと踵を返したが、シオンがそれを手で制した。
何? と首を傾げて目だけで問う。


「いや……己れはいいが、その、」


何故か言い淀むシオンを訝しむ。


「い、いや、貴様はまた騒ぎ出しかねないからだな、」

「はぁ?」


一緒に風呂に入るというとんでもない状況の理由に、心があたたまるような嬉しい事で納得した今、騒ぎ立てるなんてしない。
凄く嫌そうな顔で、言葉を探しているシオンを放って、私はお湯を掻き分け歩きだした。
話すなら浴槽から出てからにして欲しい。ちょっと頭クラクラしてきた。


「あ、ま、待て!」

「なぁにー、暑いんだよー。取り敢えず出たいー」


シオンは慌てて後を追って来たが、構わず進む。終わったら屋根登って涼もう。


「待てと言って、っ!」


お湯を吸って重い衣服を、ザバァーと引っ張り出し、浴槽から上がる。
と、はし、と掴まれた手首。
上半身を捻って振り返ると、顔を背けたシオンが包帯を巻いた手で口元を覆っていた。


「ど、どしたの?」

「っ〜〜〜〜〜、自分の、姿を見てから言え………!」

「うん?」


言われたままに、視線を落とす。
薄水色のチュニックと、白いサブリナは、見事にびしょ濡れで、身体にぴったり張り付いている。
黄色地にオレンジのレースが、フルーツみたいで可愛いブラとショーツ。それがくっきりはっきりばっちり視認出来る。
それを見て、私は、

「ブーーーッ!」

取り敢えず吹いた。
リアクションが芸人とか言った奴誰だ出て来い。

その後なんか叫んだけど、それは最早言葉ではなかった。
更に、景色がグニャーて歪んで、そこで意識が途絶えた。


起きたらキビトさんと、スイちゃんに顔を覗き込まれていて。



「………はれ?」


私は着替えていて、自分の部屋のベッドに居た。
シオンの姿は無く、聞けばスイちゃんにずぶ濡れの私を引き渡し、キビトさんを呼んで、それから行方不明。
つか行方不明ってあんた。


「じゃあ、背中とかどうしたのかしら……」

「背中?」


不思議顔のスイちゃんに曖昧に笑って、シオンの背中洗うとこだったと伝える。
驚いたようなスイちゃんは声を上げるが、キビトさんはさも心得た台詞を吐いた。


「クソガキの背中なら、オレが夕飯前に流してやったぞ?」


思考停止。


「…………………は?」

「え? だ、だからオレが、シオンの背中流したと………」

「っはぁあああああ!?」


あんの、くそ根暗甘党………!!


「どこ逃げたシオンー!」

「あっ! メグミ!」


深夜。
宮中走り回る私の血の叫びに、全員がなんだなんだと起きてきた。

シオンをひっ捕まえるべく、その全員にシオン捕獲命令を出して、結局シオン以外の全員で昇る朝日を拝んで漸く、そこで我に返る。

ま、眩しい………何やってんだ私………。


「シオン………暫くお菓子抜き」


ボソッと呟いた私の隣で、大あくびをしていたオズが固まった。
















(彼女は気付いていない)
(彼が1人で服を脱いだ事を)
(役者な彼が漏らした本音を)


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