シオンを不意に目にする事は絶対にない。
彼は普段何処に居るのか謎だ。
食事時にはきちんと現れるが、それが済むとまたふらりと居なくなる。


「猫みたい………」

「え? 何か言った?」

「ううん、何でもない」


今日はアイリスとお買い物。
護衛にはクロスがついてきた。

だけど女性ばかりが溢れる店内に入るのは抵抗があるようで、戸惑っていたから近くのカフェで待って貰っている。


「あ、コレ可愛い。コレも、わぁーコレもいい」

「ねぇ、アイリス、これも可愛いよ?」

「本当だわ。じゃ、コレも」

「えっ、それ全部買うの!?」

「うん」


ケロリと肯定してくれたが、アイリスは店員さんの手にこれでもかってぐらい服を山盛りに積んでいる。
最早店員さんの顔は服で見えない


「んじゃ次行きましょ」

「ええ!?」


服の代金はキエフアイランドに請求が行くようになっているそうで、
水の城に届けるように言うとアイリスは隣の店へ。
そして又大量に服を買い、その隣の店へとそれを繰り返す。


「アイリス………私クロスが心配だから見てくるよ。此処に居てね」

「はぁーい………この靴素敵ね」

「はい、こちらは当店でも人気の……」

「ハァ………ついてけないわ」


金銭感覚の違いに疲れが貯まってしまった。
項垂れながら店を出て、クロスの待つカフェへと向かう。

と、


「……………」
「ぎゃ!!」


目の前にシオンが降ってきた。


「シ、シオン! いきなり出て来ないでよ! 心臓止まるかと思ったでしょ!?」

「1人でフラフラ歩いているからだ」

「あ」

「……………ハァ、貴様は学習しないな」

「すんません………」


呆れた視線に小さくなって反省していると、「何処に行くんだ」と聞かれる。


「この先の茶店にクロスが居るの」

「そうか」


短く返事をしたかと思えば、シオンは私の示した方向へと歩き出した。
僅かに首を傾げ、ぼさっと突っ立ってそれを見送っていると、
シオンは暫く歩いた先で止まり、振り返って眉を寄せた。


「……………何をしている。さっさと来い」

「っえ、あ、うん!」


どうやら一緒に行ってくれるらしい。
小走りで追い付いて、隣に並ぶ。


「シオンもお買い物?」

「馬鹿か貴様は。己れがこんな店に用があると思うのか」


言って指差したのは可愛らしい雰囲気の雑貨屋さん。
女の子の心を擽る、ポップでキュートな小物がショーウィンドウを飾っている。


「………うん、ごめん」


シオンがあの花のコサージュが愛らしい帽子をかぶっていたら、私の腹筋崩壊するわ。


「あれ、じゃあなんでこんなとこに居たの?」

「貴様についていたに決まっているだろう」

「嘘!?」

「水の騎士だけでは心元ないからな」

「む、クロスだって十分やってくれてるよ。シオンそういう誤解を招く言い方やめなさい」

「……………」


シオンはちょっと不器用だ。
だから誤解されやすい。


「あんまり素直じゃないと嫌われちゃうよ?」

「……………別に好かれようとも思ってない」


きっと私達を心配して付いてきたのだろう。
でもそれを上手く伝える事が出来ないのがシオンだ。


「そーゆー事言わなーい。素直に心配なら心配って言えばいいじゃない」

「っ、己れは、別に……」

「私は心配してくれて嬉しかったよ?」

「う…………」

「クロス1人じゃ、きっと彼は無傷ってわけにはいかないだろうって、クロスの事も気に掛けたんでしょ」


優しい癖に。


「……………甘い物」

「ん?」

「甘い物が食べたい」

「え、ちょ、シオン!?」


クロスの待つカフェの目と鼻の先

私の腕を掴んだシオンはグルリと方向転換し、そのまま早足で歩きだす。

ついていくのがやっとな私は最初こそ「何処行くの」だの「せめてアイリスに一言」だの揺れる黒髪に向かって喚いていたが、
息が切れてそれどころでは無くなり、
結局シオンの足が止まる頃にはふらんふらんになっていた。


「ゼーハーゼーハー」

「……………」

「ゼーハーゼーハー」

「……………」


こ の や ろ う 。

取り敢えずお前はこのぐったりした私に謝れ。
黙って呆れてないで謝れ。


「……………体力の無い」

「よーしそこになおれ。成ば、うっ、ゴホッ! ゴホッゴホッ! うぇー」


息が整わないうちに喋った為咳き込むと、シオンのため息が聞こえきた。

むか、ときて睨む。
ただし壁にもたれて涙目。
なんの迫力もない。


「そんな顔をすると何処かの卑猥船長に襲われるぞ」

「色々問題発言だよシオン」


卑猥船長とか言われてるよD。
いやその通りなんだけど。


「つか、此処どこ………」

「ああ、そうだった。メグミ、アレを買って来い」


額の汗を拭い、アレってなんだとシオンの指差した方に首を捻れば。


「あ、水神のフェインだ………」


水神のフェインと言う名のケーキ屋さんは私の大のお気に入り。
この世界ではケーキの事をフェインと言い、味は殆んど変わらない。
クリームなども同じく乳製品から作り、見た目も似ている。

定番イチゴのショートケーキがこの世界では定番ではないものの、
イチゴによく似たアスが四角い生地の真っ白な生クリームの上に並べられているのを見た時には、
おんなじだ! と嬉しくなったものだ。


「バーフェインとフラン」

「あ、そうそう! ここのバーフェインは絶品よねー、って何さも当り前のようにパシろうとしてんの!?」


バーはチョコ。フランはシュークリームみたいな焼き菓子。
つまりチョコレートケーキとシュークリームを買って来いと。

突然連れて来てケーキ買って来いとか何様だ! と文句を言ってみたが。


「己れは今、食べたいんだ」


素敵に冷たい目で睨まれ、逆らえずに結局パシリにされた。

いやだってすんごい怖かったんだって!
何故か冷気が発生したんだよ!?

お代は預かったからまぁ、虐めではない、と思う。


「つか多分自分じゃ買えないんだろうけど」


ケーキの入った箱を持ち店を出て街路樹に凭れて立つ黒髪を見て、

ケーキ屋さんでケーキ買ってるところを想像して吹き出した私はちょっと怪しい人。


「はい。シオンさん。ご要望のお品でございますよー」

「何をにやけた面をしているんだ貴様」

「べ、別に? あははー」

「気持ち悪い」

「うん、知ってた!」


シオンは絶対私を女だと思ってない。
午後の日差しが眩しいぜ、と空を見上げて黄昏た私に、
シオンは「ご苦労」とだけ告げて私の腕を取った。

ん? と思った時には引き寄せられて。


「わぎゃっ!」

「貴様のその反応は萎えるな」


何故かシオンの腕の中に。


「ななな、なら離せ馬鹿!」

「暴れるな、フェインが落ちる」


知るか! と抵抗をやめない私だが、何コレ全然びくともしないんだけど。


「ハァ……………頭」

「くっ、このっ、え? 頭?」


全力で腕を突っぱねてもそれは無駄な労力に終わり、
それでも頑張って身を捩りながらシオンを見上げる。

見上げといてあれなんだけど、顔が近くて余計恥ずかしくなった。


「頭が熱を持っている」

「うぐぐ、熱、っ、ハーハー、そりゃ今日はいい天気ですからね、っふ!」

「暫く日陰にいろ」

「っうー………ハーハーハーハー、うん? 日陰?」


日陰の単語にそう言えば、と肩で息をしながら視線を巡らす。

シオンは街路樹の下、日陰になったその場所で涼しげに立っていた。

……………くっ、人を使って自分は寛ぎやがって。

いや今はそれは置いておこう。

さっき私が立って居た所は絶賛太陽光が降り注いでいる。

つまりシオンは日陰に私を寄せたかった?

熱中症とか心配し………


「わ、解りにくっ!」


あ、駄目、ヤバい。


「もー………反則」


果たして意味があったのかは謎だが抵抗する気がなくなった。

解りにくい優しさ。

そういうとこが。


「憎めないんだよね………」

「なんだ?」

「んー………ありがと」


スリ、と胸におでこを寄せた。

緩んだ頬を見られたくなくて。


「っ!?」


きっとまた気持ち悪いだの気色悪いだの憎まれ口を叩くから。


「……………」


だけど黙って腕に力を込めたシオンにあれ?と思う。


「………別にくっ付く必要はなくね?」

「チッ、」

「舌打ち意味解んねぇえええ!」


つかそういや日差しの下ケーキ買いに行かせたのこいつだ!
延々此処まで猛ダッシュさせたのもこいつじゃねぇかぁあああああ!


「離してよ! アイリスとか待ってるだろうし行かないと」

「フェインが溶ける」

「知らねーよ!」


なんだそのどうでもいい事柄は!

……………いやどうでも良くないか。ケーキ溶けるとかショックだ。
どーせなら美味しく食べてあげないと。ケーキに罪はない。


「ハァー………先帰れば?」

「貴様を置いて帰れるか」

「あーそうか。私めんどくさっ! じゃーお持ち帰りじゃなくて店で食べちゃえば良かったね。今から言っても大丈夫かな?」


水神のフェインは座席も用意されている。
店で食べる事も可能なのだ。


「貴様は己れに恥をかけと言うのか」

「私以上にめんどくさっ!」


店で食べるのは恥ずかしいのね。


「来い」

「へーい、あだっ!」


やっと腕を放したと思えば歩き出す。
諦めた返事を返すとベシ、と頭にチョップを食らった。

酷すぎる………シクシク。


「しくしく言うな。鬱陶しい」

「発言の自由もない!?」


いいじゃんシクシク言ったって。
だって目から果汁が出てもシクシクって効果音は実際には鳴らないんだもの。

走らされた事とシオンの腕からの脱出に、体力が底を尽きそうだというのに、
再び歩かされて公園に到着。


「あ、此処知ってる………」


いい思い出はないが、ナイアスの噴水のある小さな公園は前に訪れた事があった。

此処から北の国へ連れ去られたんだ。


「……………」


オズの手を、掴み損ねた。

ぼんやりと噴水を眺めて、ふと隣にシオンが居ない事に気が付いた。

人の居ない小さな公園。
キョロ、と見回すと直ぐに目に入る黒。

1つきりのベンチに座っていた。

なんとも言えないその情景。


「……………猫」


シオンの隣には黒猫が1匹、ちょこんと腰を下ろしていた。

ちょっと………なにその面白ろ映像。

仲間? 仲間だと思われてんの?


「ぶふっ! ちょ、うはは!」


ケーキを幸せそうにつつくシオンにとうとう吹き出した。

可愛い。
可愛過ぎるよ君!


「……………」

「くくっ、おいでー……君は何処の子かなー?」


甘味を食べている時のシオンは大人しい。滅多に喋らない。
だから放置しよう。

笑いを堪えながら近づき、身を屈めて代わりに黒猫に話し掛けた。

金色のガラス玉が私を映し、逃げる素振りはないのでそっと小さな頭を撫でる。


「飼い猫かな? よしよし」


人に慣れているのだろう。
目を細めてされるがままの猫に癒される。
この世界の猫の姿は殆ど私の世界と同じだけれど、
唯一違うのは尻尾が2本ある事だった。
一方はバランスをとり、もう一方は身を守る針を持つ。

私の世界が平和なのがよく解る進化の違いだ。


「可愛いー……あ」


暫く愛でていたが、スルリと私の手から離れて何処かに行ってしまった。

気紛れさを感じるその独特の行為に、ちょっと寂しくなってシオンに視線を移した。

似てる。

そう思う。




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