おずおずと、恵は敬一に訊ねた。
 訊かれた敬一は、狼狽えたような焦ったような顔で、勢い良く振り返った。

 恵が口にした疑問は「誰ですか」。

 振り返った敬一の目に映るのは、青年。

 それも、浮世離れした白髪(はくはつ)の、女性と見紛う程美しい青年だった。
 花色の着流しの袖に腕を通し、似紫色の紐で緩く結んだ長い白髪を、肩から垂らしている。涼しげな目元に、金色の瞳。透き通る程に白い肌と、細く長い首筋。
 敬一に、これでもかと見開いた目で見詰められて、青年はにこりと笑った。
 敬一の肩越しにそれを見た恵は、心の中で、わ、と声を上げる。まるで一枚の絵画を見ているような錯覚に囚われた。怖くなるくらい、美しい。今まで、こんなに美しいひとを、見たことがない。時間を忘れて見惚れてしまいそうなそれに、恵は少し、身を引いた。
 踵が縁側へと続く窓に、コツリ、当たる。
「てん、っ………、お、お前、何してんだ」
 敬一の上擦った声。完全に此方に背を向けた敬一の顔は見えなくとも、彼が酷く動揺している事は、恵にも伺えた。
 青年は微笑んだまま、何かを口にしようとし、チロ、と恵を見た。
 ピクリと恵が小さく震える。キシ、と畳が鳴った。
 それを横目で見て、何を言うでもなく、青年はまた敬一へと視線を戻した。開いたままだった口から、漸く音が放たれる。

「――……酷いじゃないか敬一。我を紹介してくれぬのか」

 そっ! っと敬一が、声を荒げ、かけた。はっとしたように慌てて口をつぐみ、恐る恐る、恵を振り返った。
 振り返られて。
 戸惑う。
 綺麗な声だな、と思っていた。とりとめのない、そんな事を思っていたのに、目に写る叔父の顔が、酷く情けなくて。
 なんでそんな、叱られた子どもみたいな顔、するんだろう。伺うように、小さく顎を引いた。そんな顔を向けられても、恵にはどうしていいか分からない。
「若い女なんて招き入れて、主らしからん」
 そのほんの瞬間の沈黙も、青年の声に破られる。恵が彼にまた視線を戻して。
「それとも何か。贄にするつも、」
「天孤!」
 ビクリ、彼女の肩が跳ねた。青年の声は敬一の鋭い声に遮られ、止まる。しかし彼女はしっかり、青年の言葉を拾った。
 にえ、と頭で反復する。
「それ以上言うと、追い出すぞ」
 にえ、にえ? よく分からなくて。それでも初めて聞く敬一の低い声に、彼女は不安を覚える。
「……追い出す? ふふ、可笑しなことを言うな、敬一。我は居させて貰っておるのではない。我の意思で此処に居るのだ」
 金の瞳が、す、と細くなる。
「出て行こうと思えば、我はいつでも出て行ける。忘れて貰っては困るな、敬一」
「っ………」
 恵には、この明らかに日本人ではなさそうな青年が、誰なのか、見当も付かない。が、押し黙る敬一を見下ろす――青年は長身だ――金の瞳に、何か、嫌なものを感じた。
 それは目に見えない何かを感じ取っただとか、勘が働いたとか、そういうものではない。
 彼女はただ単純に、敬一に対して高圧的なその態度に、むっとしただけ。
 今まで近寄り難かった距離を、恵は一気に詰めた。その時漸く、自分が圧倒されていたのだと気付く。
 圧倒されていた。その美しさに。だが彼女は、気付いたところで、止まろうとは思わなかった。
 確かに、確かに腰が引けるぐらい、美形オーラが出てた。今も、出てるけど。でも今は、美形だろうとオーラ眩しかろうと、言える。
 敬一の隣に立つまで、恵の足は一切の躊躇を見せなかった。
「貴方何なんですか! 失礼な!」
 恵は嫌だと感じたそれを、そのまま相手にぶつけた。キッと相手を睨み付ける。それは大したものではないけれど、彼女は彼女に出来る最大限で睨みを利かせた。
 短い時間で、自分にありありと伝わるくらい、叔父は優しかった。ちょっとだらしないけれど、優しい人だと、伝わった。
 だから。
「叔父さんは大家ですよ! 此処で1番偉いんです!」

 彼を馬鹿にするような態度は、許せなかった。

「えら、い………?」
 彼女は尚も強い眼差しで相手を見据え、だが言われた相手が、ポカンとした。隣の敬一さえも。
「そうです! お部屋を貸しているんです! 此処は全部叔父さんのお家です! お家を借りているんだから、そんな態度失礼でしょう!?」
 言い切って、恵はフンと鼻を鳴らした。
 相手はやはり、呆然としている。
 恵はまだ、気が付いていなかった。

 会話から、青年は此処に住んでいるのだと、彼女は思い込んだ。

 その前に、敬一と交わした会話の内容を、すっかり忘れ。

「偉いとな…………ふ、ふふふ」

 俯き肩を揺らす青年を睨み付けていた。



 『泡沫荘』
 只今住居人、
 ゼロ。




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