面白き子よな、敬一?

 艶を帯びた横目は、ひっそりと青年の獰猛さを伺わせていたが、それに気が付いたのは、薄い笑みを向けられた敬一だけだ。恵には、伝わらず、代わりと言ってはなんだが、彼の言葉は、彼女の頭にカチンとぶつかった。
 今のは、誉め言葉ではないなコノヤロー。
 確実に苛々が募り、最早恵の目には、彼の一挙一動が高慢な態度と取れた。
 しかし彼女が息を吸い込み、何かを言う前に、彼女は漸く、彼の野蛮な部分に触れるのだ。此方を向いた彼の瞳に、彼女は言葉を失った。

 自分を射抜く、黄金。釣り上げられた、薄い唇。垣間見える、尖った糸切り歯。

「――やれ、食ろうてやろうか」

 瞬間、彼女は彼が、狩る者側だと悟った。意識や思考は関係なく。謂わば本能の部分。
 ゾッ、と全身が冷や水に浸かった感覚。ねめつける様に、青年の視線が肌を這い、恵は息をするのも忘れ、身体を硬直させた。
 ゆっくりと、白い手が、恵に向かって伸びて来る。

「駄目だよ天孤」

 その手を止めたのは、敬一。
 自分の脇から伸びた、叔父の腕に、恵は酷く安堵した。不意に鼻腔の奥が痛くなるくらい、安堵した。

「この子は駄目だ。手を出したら、本気で怒るよ」
「………………………」
 敬一の目は青年を射殺さんとばかりに鋭く、異様な迫力を帯びている。青年は一度捕まれた腕に目を落としたが、すぐに顔を上げ、疲れたように息を吐いた。
「戯れ言と本気の区別もつかぬとは。つまらぬ男よ」

 嗚呼、つまらぬつまらぬ、と雑に発して、青年はおもむろに窓辺へと足を進めた。その時恵の隣を通ったが、彼女はつい、身を硬くした。
 別に何があった訳でもなく、青年は彼女の隣の空気を揺らして、過ぎて行った。知らず詰めた息を、そっと吐き出してから、恵は敬一に近づく。

「叔父さん、あれ、誰ですか」
 真っ黒な窓を眺める後ろ姿を、横目で伺うようにして、彼女は小声で問う。
 敬一は咳払いをし、声を詰まらせ、また、うんん、と咳払いをした。答えを焦らされて、恵が変な顔になった。
「えー、はい………あれは、うん………」

「………此処に、住んでるんですよね?」
 恵と目を合わそうとしない敬一を、彼女は下から覗き込む。
「うん? えー………うん、住んでると言うか、住み着いていると言うか」
「何なんですかその曖昧な返事」
 敬一が顔を逸らせば、恵が食い付くように追いかける。
「い、居候的な?」
「いや訊かれても」
 恵が冷静に突っ込んだ時。

「食客とはまた、随分大胆だな敬一」

 恵がはっと敬一から離れた。此方を首だけで振り返っていた青年に、警戒色濃く身構える。
 青年は彼女の様子を気にする事なく、敬一に薄く笑いかけている。一呼吸置いて、敬一が深い溜め息を吐いた。

「………恵ちゃん、此処には何人……、何人か、住み着いている者達がいる」
 何人、で何故か敬一は渋い顔になったが、恵がそれを気にする事はなかった。彼女は不思議そうに敬一を眺めていたが、不意に、何かを思い出したかのように視線を彷徨わせた。

 それから小さく開けたままだった口が、短く息を吸い込んだ。そしてすぐに、敬一の顔を驚いたように見る。
「え………それって、」
 糸で引っ張られるように、敬一の口角が不自然に上がり、恵の顔が険しくなった。
「え、じゃあ………え、ただで? ただで住まわしてるんですか!?」
 恵の驚愕の表情に、敬一は苦く笑うだけ。彼女は青年と敬一を交互に見ながら、ただ狼狽えた。

「娘、それはちと違う」

 なんだか泣き出しそうな顔の恵が、今までと打って変わって、縋るような眼差しを青年に向けた。

「我は住まわして貰っている訳ではない。住んでやっているのだ」
「そこを否定なの?!」

 わあっ、と恵が頭を抱えた。



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