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わっちゃわっちゃと、私の周りを小さな頭達が蠢く。どういう訳か、退行してしまったアイリス以外の我が家の居候達は、中身は元年齢らしい。 そして私がそれ昨日からだよとぽろりしちゃったばかりに、一斉に詰め寄られてます。ぽろりはアウトでしたか。
「メグミ! きのーからってどーゆーことだよ!」 「どーしてこんなことに……」 「きのーって!? きのーって!?」 「どうなってんだ! せつめーしろ!」
一辺に訊くな一辺に。私は聖徳太子か。大体皆同じような事しか言ってないけど。
「んーと……取り敢えず私には何にも解んないな!」
はっきり告げてやると、皆して、ええええ……、みたいな顔をされた。私だって理由なんて解らないのだ。訊かれても困る。まあ混乱するのも仕方ない、て言うか私も昨日大いに混乱したから、気持ちは解るけど。
「そんなのわかってる! きのー、きのーって……おれ何してた!?」
「昨日……昨日のきおくが、ない」
「大変だったんだよー? 一緒にお風呂にまで入ってさー」
「「「!?」」」
「もーほんと疲れたよー」
昨日を思い出して、たは、と突かれた笑いが漏れた。腕が僅かに筋肉痛なのは、どー見てもお前らのせいです。
「なん、だって……?」
「あ、キビトさ、わあ雑な運び方ー」
振り返ってまず目に入ったのは、リビングの入り口で、キビトさんの小脇に抱えられるDの姿だった。ぷらんと揺れる手足と、金の頭髪。私からは旋毛しか見えない。 荷物のように扱われているDは、私の声に反応したのか、ふらりと顔を上げる。おやどういう事でしょう暗い笑顔ですよ。ダークサイドですよ。
「こ、子どもがそんな擦れた笑顔をしてはいけないと思います……!」
軽く衝撃です。
「メグミ」
「は……」
い、のたった二文字目を発する事が出来ずに、ぎくりと固まる。ややややややく、やく、やく、うあああ皆まで言えるかあああ! あまりの凶悪面に、固まって動けずいると、ぽつり、やく、違ったキビトさんから言葉が落ちる。
「風呂、に……」
ふろ? フロ。風呂? キビトさんが僅かに俯く。短い筈の彼の前髪が、顔半分を陰らせた。怖い。なんだこの人凄い怖い。ごくり、唾を飲み込んだ。
「入っただぁ……?」 「わあああごめんなさいすみませんもうしませんんんん!」
ぎらり、と鋭い瞳で睨まれて、戦慄のあまり目の前のオズとアダムをまとめて抱き締めた。半ベソで。
「!?」 「おう……大胆だなメグミ」
がちりと身を強張らせたオズと違い、小さな身丈にそぐわない台詞を吐いたアダムが、私の身体に腕を伸ばす。しかし普段なら私を包める程の腕は短く、ドギマギさせる胸板も無く、常に色香を放つ瞳も声も、今は愛らしいだけ。別にこれといって問題ない。 今はピクリと眉を動かしたキビトさんのが重要である。
「…………………」 「どういうこった。ああ?」
「ききき、キビトさ、いやね、昨日は今と状況が少し違って、今はほら、皆身体だけ縮んだ状態じゃないですか、でも昨日は! 昨日は中身も縮んでたんですよ! ほんとです!」
「メグミ、中身はちぢんだ、では正しくない表現かと」
「冷静! この状況で吃驚する程冷静!」
和室からゆっくり出て来たユーリの平静さに更に戦慄していれば、溜め息。重いやつだ。はあああ……、って重いやつ。見ればキビトさんが額を押さえていた。
「……大体の想像は付いた。大方、そこの硝子が割れてんのも、壁に穴ぁ空いてんのも、かーてんが裂けてんのも、くそがき共が暴れたせいだろ」
「う、うん、まあ………」
壁はお前だけどな。言える勇気はさらさらないがな。 微妙な顔で頷いた私を見てから、キビトさんは自身の腰に目を落とす。
「ディーノ、その姿で殺気立つな」
「…………………」
一度むっと口を曲げたDが、かくりと頭を下げる。
「降ろして」
キビトさんはやれやれといった風に息を吐くと、Dを床に降ろした。小さな彼は、俯いてしまえば表情が見えない。膝立ちしていた私は、伺うように首を傾けた。
「D?」
「…………これ、誰がやったの?」
これ、と示されたのは、包帯の巻かれた左手。僅かに持ち上げられた左手を一瞥してから、再びDを見上げる。
「自分でしたよ」
「そう………メグミ、ちゃんは」
「うん」
力なく下げられた左手。いつもより高い声は、緊張を滲ませていた。
「メグミちゃん、は」
「うん」
「っ………、なんにも、されて、ない?」
「…………………」
ぱちり、と瞬く。 珍しく緊張してるかと思えば、そんないじらしい事を言うなんて。Dらしくはない。Dらしくはないけれど。気付けば足は動いていて、両腕は広げられていた。
「だいじょぶ。大丈夫だよ」
ぎゅう、と小さな身体を抱き締める。 昔の自分を、思い出したんだね。私には解らないけれど、あの冷たい眼差しを持った君には、何かしらがあったのだろうから。きっと楽しくない何か。それを思い出したんだね。
「大丈夫だよ」
私は今の君しか知らないけど、今の君なら、知っている。だから大丈夫。昔に何があっても、君は君。
「……………よかった」
そう囁くように漏らし、私の背中の服を掴む感触に、ほんの少し、笑った。
「あっ」 「………テメェ」
「メグミ、今すぐ離れろそいつから」
「え? なに?」
「こっ、このしゃくしめ!」
「は、え、なにそれアレク」
「あは、べんりー」
「なにそれD」
わーと寄って来たちびっこ軍団に取り囲まれる。一所懸命に私の腕を引っ張るのはクロスだ。なんて可愛さでしょう。全然私の腕が外れないので、うんうん唸っている。とんだ可愛さです。あとアレクしゃくしってなに。
「はな、れろ!」
「いてっ! うわあん、風君がぶったぁ!」
「あっ、こら、オズ駄目でしょ」
「だまされてる! だまされてるぞおまえ!」
「何がよアレクー。ところでキミ寝癖酷いな」
泣き付いてきたDを片手で抱き締めつつ、クロスの頭を撫でた。Dを指差しワアワア喚くアレクの頭は、いつもの倍は膨らんでいる。 解いてやらねば、と思ったところで、銀が瞬いた。キラリ、光ったそれは私の顔の横を一瞬にして過ぎる。
「……………………」
「いつまでそんな茶番を続ける気だ」
椅子の上に立ったシオンが、高圧的かつゾッとするような鋭い目で、見下ろしていた。そろり、振り返れば壁に刺さるフォークが目に入り、直ぐ様前を向き直る。
「………ご飯。朝ご飯にしようそうしよう」
私は何も見なかった。
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