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いつもの如く大変美味しい朝ご飯を終えて、キビトさんが洗い物をしているその間に、洗濯機を回して、一息。 キビトさんが煎れてくれたお茶を飲みながら、アイリスに突かれるオズをぼんやり眺めていた。普段ちびちび言われてるからなぁ。ここぞとばかりに弄ってんだろうなぁ。 と、ごほん、ととてもわざとらしい咳が聞こえて、振り向く。エプロンを取り去ったキビトさんが、どうした事かやたら真剣な顔で、食卓の前に立っていた。 重苦しささえ漂う様子に、妙だと瞳を伺おうにも、テーブルに落とされた目線は、合う事はない。
「なんだぁ? どーしたよへんなかおして」
「あー、うん……その、だな」
「?」
皆が互いに不思議顔を見合せ、またキビトさんに向き直る。私も目の前のオズやらアイリスやら、隣のアレクやらを見たけれど、誰も心当たりがなさそうだった。
「原因、なんだが」
歯切れ悪く切り出されたそれに、目を剥く。恐らく私だけではない筈だ。だってリビングは一気に空気を変えた。空間が、息を飲んだように。
「………こ、」
ごくり、唾を飲んで。まさか、まさか――
「向上心からつい」
「なに出来心でついみたく言ってんのー!?」
お前のせいかぁああああ!
「キビ、お父さん何したんですか!」
「おい今何で言い直した」
「何したんですか!」
「いい度胸だメグミちょっとこっち来い」
「ごめんなさい!」
「よわっ!」
膝立ちで声を荒げた私は、何と言われようと一般市民なのである。こんな任侠背負ったような強面には逆らえないのである。だから黙れオズ。
「キビト…………」
「うわアダムが悪魔だ。悪魔になってる」
「ちいせぇけどなイテェ!」
「ああ……オズはその口が災いを呼んでいるってそろそろ気付こうか」
うっかり口を滑らせたオズに、テレビのリモコンが飛んだ。肩辺りに当たり床に転がったそれを、オズを横目に見ながらアイリスが無言で拾い上げた。凄く可哀相な子を見る目で。憐れみを盛大に含んだ目で。 今は年齢が釣り合っているからいいが、元の歳の差を考えればとても悲しい図である。そんなこんなで私はツッコミと共にとても呆れた目を向けました。しっかりしろよ王子。
「どういうことだ。キビト」
禍々しいオーラを放ちながら、アダムが静かに口を開いた。私なら震え上がる場面だが、流石はキビトさん、動じていない。ただやはり悪いとは思っているのか、困ったように眉を下げて、頭を掻いた。
「こっちの医療品は、興味深くてな。見た事のねぇもんも沢山あるし」 「あ、やだ聞きたくない。キビトさんそれ以上言わないでやだ聞きたくない」 「だから試してみたくなっちまった」 「聞きたくないいいい!」
耳を両手でがばりと押さえる。聞きたくないって言ってるのにぃいいい! テーブルに伏せ、うー、呻くと、誰かがぽんぽんと頭を撫でる感触。ちょろり、と顔を上げれば、クロスが隣に立っていた。小さくなっても優しいのねクロス……。
「ああ、キビト様はたしかお医者しゃま、でしたか。うーん、かつぜつが上手くいきませんね」
「おまえ、れーしぇーだな……」
冷静ね。因みにそれ私さっき言ったよアレク。予想通りと言うか予想通りと言うか予想通りと言うか。ちょっと復活した私は、クロスの頭を撫で返す。慣れてなくて戸惑う彼が可愛い。そこでふと疑問が湧いた。
キビトさんがやらかしたとして、なんで、私とアイリスだけ何とも無いんだ?
「……………キビトさん」
「ん」
「その迷惑極まりない実験行為」
「すごいはっきり言ったわね」
「たまにすげーよなメグミって」
強い眼差しでキビトさんを見据えると、気まずそうに瞳を逸らされる。
「私とアイリス、特にアイリスには、どうしました?」
え、とソプラノボイスを上げた隣に構わず、キビトさんを見つめ続ける。彼の視線は泳ぎがちだが、それでも小さく何度か頷いて示し、息を吸い込んだ。
「女子どもに、んな真似出来ねぇよ。オレにだってその辺の良識くれぇはある」
「なら、何もしてないんですね?」
「ああ」
ほっと息を吐く。良かった。アイリスが縮んだら大事だ。産まれたて、否、下手したら産まれる以前まで退行し兼ねない。そんな怖い事はごめんだ。考えただけでぞっとした。 しかし安心したのもつかの間。私とキビトさんとアイリスを除く全員が。
良識あったらそもそもこんな事しねぇよ!
的な事を叫んだ。ごもっとも。
「ま、まあまあ。原因が解っただけでも良かったじゃない」
「お前な! 自分はぶじだからって!」
「ひとごと……」
「わあクロスに責められた!」
ショック! 大抵の事は味方してくれる彼だ。寂しそうに言われてしまって、たったこれだけの事に狼狽える。そんな悲しそうな目をしないでぇええ……!
「く、薬? って事はほら! 効き目が切れれば元に戻るんだよね! ね!?」
「あ、ああ、恐らく」
必死の形相でキビトさんを振り仰ぐと、圧されながらも頷いてくれた。
「それに! 皆! 凄く! 可愛いから! 全然! 大丈夫!」
「いやだいじょーぶの意味がわからんし」
「りきせつですね」
拳を握りつつ言い切って、ふん、と鼻息を飛ばす。私は大変満足です。だからオズとユーリのダブル突っ込みはスルーです。
「メグミちゃんて、子どもすきなのー?」
「お……う」
テーブル席からぴょんと飛び降りたDが、寄ってきたと思えば、なんの躊躇いもなく私の膝上に着地する。
「なにそれ? すきってこと?」
くりくりした瞳で見上げるDの顔が、間近にある。肌理細かな肌と、ふわふわの髪。
「………なにしてんのー?」
「柔らかい」
頬を突く。ぷにぷに。素敵。
「……………そう」
「うんそう」
夢中です。
「たのしそうだな……」
「すきなんですね」
「好きなんだな……」
「ワタシにもよくスリスリしてくるしね」
Dの頬っぺたを一心不乱に突いていたが、家の電話が鳴り響き、仕方なく立ち上がる。子どもの頬っぺたやばい。中毒性がやばい。
「はいもしも、」 『メリークリスマース! よう起き』
受話器をそっと戻した。
「あ? おい、誰だ?」
「ん? なんか間違い電話みたい」
振り返りキビトさんに応えるや否や、再び電話が鳴る。取るべきか悩んでいれば、不審に思ったのか、Dが傍までやってきた。
「出ないの?」
「う、うん………」
十中八九同じ人な気がするが、万が一もある。受話器を取って。
「は」 『なんで切るのー!?』
うるさっ! いきなり叫ばれて、受話器を遠ざける。耳が痛い!
「っ、るさい! 何! 大きな声出さないでよ!」
『だっ、だって! 急に切るから!』
「あー、え? なにー? あ、電波が、あー、切れ、るー」
『何その見え透いた嘘!? 家にかけているんですが!?』
「は、電波男が何を言う」
『まさかの謝罪もなし!』
「あきら?」
受話器を手放しても、多少の声が漏れている。声が大きいんだよ兄ちゃんは。
『いえっす皆のアイドル晃でぃす! あ、あれ? ディノディノ?』
「うん」
#name1#は? と自分の名前が呼ばれたのを最後に、私はそこから離れた。はあー、なんかどっと疲労感に襲われたわー。
「ええとー、おれさまにじゅわき押しつけて、どっか行っ、……え、でも」
この疲労感を癒そうと、アレクの頭を掻き混ぜる私に、Dが遠慮がちに振り返る。視線を受けて、首を横に振って示すと、困った顔をされた。
「出たくないって。……えー、おれさまに言われてもー。………、何それ? え? ……うん? ……めり? めりい、くり、すます……あ、うん」
兄ちゃん何を言わせてんだ何を。朝から訳が解らないなあいつはほんとに。
「や、やーめーろー!」
「じたばたするない子坊主よ」
「メグミの接し方が子どもにするそれだわね」
「中身子どもじゃねぇってのに、見た目ってえーきょーすんだな」
「よし次オズ!」
「げっ! おれはいいやめわっ、だっ、ばか、はなせ!」
短い腕で頭を庇い、慌てて背を向けたオズを、ひょい抱き上げる。軽ーい。逃げようと藻掻く足は空を蹴っていて、意味はない。構わずぴよんぴよん跳ねた癖毛に頬擦りしといた。
「っ、」
「子どもセラピー……」
癒されます。
「#name3#、それ中身17才だぞ」
「んー、そうだけどー」
嫌悪感丸出しでアダムに睨まれたが、生返事で返す。子どもってくっ付くと癒されるんだもの。ちっともオズを離さない私に、アダムは益々嫌そうに眉間の皺を深めた。
「この分なら、明日辺り戻るんじゃない?」
「明日かー……」
「残念そうにすんな」
アダムってば本当にずっと苛々してるな。勿体ない気もするけど、本人の望まない事だから、早く戻るに越した事はないんだろう。勿体ない気もするけど。
「メグミちゃーん、あきらがめり何とかを聞くまで切らないって言うんだけどー」
受話器を差し出し、弱った顔で笑うDを振り仰ぎ、うんざりした顔になったのは、致し方ない事じゃないでしょうか。
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