09
まだ、眠りに片足を突っ込んだ状態でベッドで寝そべっていた。その時、自室の扉が開いたような気がしたが、瞼を上げる気にはならなかった。 が、しかし。 ずむ、と自分の胸辺りに何かが乗って、圧迫された肺から空気がはうっと口から飛び出し、瞼は一気に開いた。
「うっ、お、も、……!」
何だ誰だ朝から何の嫌がらせだ、と、慌てて僅かに頭を上げ、視線を下げ、そしてそこにあった2つの目と、目が、合った。
「………………………」
そして思う。あれこれ昨日の繰り返しじゃね? と。 まさかのループに迷い込み、混乱しかけた私に対し、目の前の少年は、泣きそうな表情を浮かべた。それに寝起きながらぎょっとし、昨日と違う事に気付く。昨日は、黒髪黒目の少年。しかし今日は、金髪赤目の少年。つまり、Dだ。ああ、まだ元に戻ってない。
「D? どうし、」 「メグミちゃんどうしよう! おれさまちっちゃくなってる!」 「…………………うん?」
や、見ればそれは解りますが。 引き続き泣きそうな顔のD少年は、首を傾げた私に構わず、頭を抱えて喚いている。どーなってんの!? って、それ昨日の私の台詞だよ。
「えーと………、あの、重いんでどいて貰えますか」
「なにいってんのメグミちゃん! おれさまが! おれさまがちっちゃいんだよ!? そんなんきにしてるばあいじゃないんだよ!?」
「いやうん、落ち着け」
Dが何を言いたいのか解らないが、すごく混乱している事は伝わった。身を少し起こせば、Dは退いた為、ちゃんと起き上がり改めて彼と向き合う。
「うんと? 何がどーしたって?」
「だから! おれさまがちっちゃいの! おきたら、ちっちゃくなってて、みんな、ちっちゃくなってて……ちっちゃくなってて!?」
「いやだから落ち着け」
アイリスがベッドで呻いているが、とりあえず頭を働かせる。
「D……、もしかして、D?」
「さっきからそういってるでしょ!?」
「いや違くて……、D、私が、誰か解る?」
「はあ!? ちょっ、こんなきんきゅーじたいに、なにねぼけてんの!? ちゃんとおきて! みて! おれさまがこどもになってる!」
「うん、昨日からね」
「そうきのーから! …………え、きのーから?」
首をこてんと傾けたDから視線を逸らし、少し逡巡する。昨日は見た目も中身も、子どもに返っていた。しかし察するに、今朝は中身は“元”の彼。そして、昨日の事を覚えていない。
「…………微妙」
「なにが!?」
これは、良い傾向なのだろうか。元に戻りかけている? とみていいの? 中身だけじゃ微妙だけど。そう言えば……他の皆はどうなんだろう。
「ねえなにが!?」
………確かめた方が早そうだ。 緩慢な動きで布団から出ると、冷えた空気に震えた。もったもたとカーディガンを羽織る私の下で、ちっちゃいDが相変わらず喚きながらうろちょろしている。煩い。
「んもー、解ったから、ちょっと落ち着きなって。もう3回目だよ?」
「んなんでメグミちゃんはそんなおちついていられんの!?」
はあ、と息を吐いた、その時。 バン! とノックには掛け離れた音量で、ドアが鳴いた。 びくんと震え、顔を向けると同時、ドアの向こうから声が響く。
「メグミっ! 起きてるか!? 起きてないなら今すぐ起きろ!」
その人にとってはとても珍しい焦った声。彼が声を裏返えらせるなんて、それだけでただ事ではない事が伺える。
「キビトさん?」
「っ、開けるぞ!?」
「あ、今、」
開けます、と言おうとし、ドアに向かって1歩踏み出したら、待てなかったのか、ドアは向こうの手によって開いた。 そこに立つのは、やはりキビトさんで、昨日のまま、青年の姿で、やたら切迫した表情で、盛大な寝癖をつけていて、何故か顔から水を滴らせている。え? なんで顔が濡れてんの?
「大変なんだ! 今顔を洗っ、………………」
あ、顔を洗っていたのか。と私は納得していたが、途中、キビトは目を剥いて固まった。彼の視線を辿ると、Dが居る。Dもまた、目を剥いて固まっていた。
「おま、え………?」
「うそ…………キビ、ト?」
「………なっ、」
わなわなと震えだしたキビトさんを見て、咄嗟に耳を押さえた。本能が命じた結果だった。
「なんじゃこりゃああああ!?」
びくんっ、とアイリスが跳ね起きた。はい、うん。
し ず か に 。
自分より取り乱した人がいると、冷静になるらしい。多分初めてだと思うが、キビトさんに静かにするよう注意して、呆然とする彼の隣を擦り抜ける。
「あ、キビトさん、因みにそれ、昨日からですよ」
「はっ?」
やっぱり、昨日の記憶はないらしい。思わず失笑を漏らしてしまえば、居間の方から絶叫が複数上がる。 キビトさんの叫びに目を覚ましたのだろう。きっとまだ子どもの姿であろうことは、とっくに予想を付けていて、静かにしろっての、と1人ごちた。
「なんだっ、こども!? おま、おまえだれだ!?」 「アダ、ム………」 「オズ…………」 「こ、これは、一体………」 「!? !?!?」 「ちょ、ちょっと待ってよメグミちゃん!」
リビングを開けて、もう騒音と化した声達に、苦笑する。 諦めていたけれど、今夜はもしかしたら、クリスマスパーティーを、できるかもしれないな。とっても騒がしい夜になりそうだ。 なんて私も大概、楽天的だ。 漏れる苦笑は、止められなかった。
Happy Merry X'mas !!
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