08


そろそろと布団を掛け、並ぶ天使の寝顔を見回しながら、ふいいー、と息を吐いたら、傍にいたキビトさんが苦笑した。顔を上げ、苦笑を返してから、2人静かに和室から出る。


「お疲れさん」

「はは、ほんと、疲れました」


今はすやすやと寝息を立てる、小さな彼らは、私の朗読を子守唄に、見事に全員がリビングでダウンした。目を擦り擦りしていたアイリスも、ベッドへ連れて行き寝かしつけ、その間、敷いた布団にキビトさんが皆を抱いて運んでくれていた。
私とキビトさん2人だけになれば、途端に静かな夜だ。お茶淹れますね、とそのままキッチンへ行こうとしたら、待て、と止められた。振り返り、?、を浮かべる。


「俺が淹れてやる。やり方は見て覚えた」


え、と小さく戸惑っている内に、ぽんと肩を叩かれ、去りぎわに座っていろと言われてしまった。此処は大人しく甘えることにしよう。
ソファーに座せば、和室が見える。誰かがうむ、と呻いた。思わずくすりと笑む。
なんだかもう、あっという間の1日だったなぁ。寄り添って眠るシオンとアレクとユーリ。ユーリはアレクと過ごしていれば結局、お兄ちゃんぶりを発揮し、アレクの面倒をよくみたから、すっかり懐いたようだった。同等に、アレクはシオンにもよく懐いた。こちらは何故なのか、解らない。
ただ3人は中睦まじく、戦争ごっこでチームを組んで戦っていた。ユーリが参謀よろしく作戦を立て、忍者のような役目をシオンが担い、アレクは専ら正面突破を試み返り討ちにされしては、ユーリに「それではだめだきしたいちょう!」とか言われていた。一方で、オズとアダムとクロス組は、怯えるアダムを守るように2人が応戦する形をとっていたのだが、どう見てもお姫様を守る騎士状態で、絶妙にハマっていた。各々将来の片鱗をみせていた彼らは、とても楽しそうだったが、こっちは増える仕事に追われて、すっかりヘトヘトに。因みにアイリスは、中立、らしかった。上手く逃げたものだ。
Dは昼食後、ふらりとリビングを出て行き、中々戻って来ない彼を探してみれば、兄の部屋で雑誌を広げていた。開いたままの雑誌が足の踏み場もない程散乱していて、一瞬ぎょっとするも、チラリと私を見ただけで黙々とページを捲るDに、特に掛ける言葉は見付からなかった。よく見れば、雑誌は何れも、風景画で、Dの手にするそれは、地図だった。
近隣の、道を示す地図で、見ても面白いものではない。けれど随分熱心に眺めていたので、ついお節介を焼いてしまった。兄の世界地図がどこかにあったなと思い付き、出してやったのだ。
廊下を駆ける足音を背に、日本、今いる国は、ここだよと指差せば、食い入るように見つめていた。以来、世界地図を離さずいたから、出してやったのは正確だったかもしれない。眠りに落ちる寸前まで、ずっと眺めていた。


「ん」

「あ、ありがとうございます」


彼らを写していた視界を、マグカップが遮って、顔を上げた。受け取って少し横にずれれば、キビトさんは何故か視線を逸らして少し黙った後、私を見ないまま隣に座した。
立ち上る湯気から香る、紅茶の匂い。口を付ければ、ほっとした。と同時に、ん? と違和感が頭を擡げる。いつもと、違う………?


「………………………」


つい、紅茶を凝視する。こんな事を言ったら失礼かもしれないが、いつもより、美味しく、ない。いや違う、美味しくないわけじゃない。多分、私の舌が肥えてしまっているのだと思う。普段、キビトさんが淹れるお茶は絶品だから。


「…………どうした」

「え? あ、いや……」


動かない私を不思議に思ったのだろう。僅かに眉を寄せたキビトさんに声を掛けられて、慌てて首を左右に振る。
そう、だよね。キビトさんだって昔から上手くお茶を淹れられた訳じゃないよね。でも、なんだかそれって不思議な感じ。もしかして料理とかも、出来ないのかな?
とか思ったら。


「キビトさんて、お料理とかします?」


相変わらず捻りも何もない、その質問が口から出ていた。料理? と訝しむように聞き返されて、あれ私今何言ったと思っても、なかった事にはならない。私よ……成長期な今成長しないでどうすんだ。


「い、いや、何となく訊いただけで、深い意味はないんですけど……」


料理しますかに深いも浅いもあったもんじゃなさそうだが、焦った私はそう取り繕うのに精一杯だった。
キビトさんは相変わらず何言ってんだコイツって顔で見返しながらも、いや料理は全然、と首を振って否定を示す。から、思わず目を剥いた。


「ええ、もしかして料理歴意外と浅いの……!?」

「料理歴ぃ?」


いつから、料理を覚えたんだろうか彼は。まるで魔法使いかと見紛う程に、彼の料理の腕は素晴らしい。神技だ。いや寧ろ神だ。


「いやこっちの話です」


密かなショックを受けつつも、誤魔化して笑顔を向ければ、呆れたような目で笑われた。


「ったく、おかしなヤツだな」

「歳が違っても抱かれる印象が同じ………!」


さっきよりもショック!
さっきのが軽いジャブだとしたら、今のは確実にボディーブローだ。マウスピースが飛びます……!


「私は普通私は普通私は普通」

「こえーよ」


はは、と笑われて、うう、と俯く。


「………でもよ、おめぇは変わったヤツだが、いや、変わったヤツだからか、オレは此処に居られたんだろうな」

「え………」


過去形にされた、その意味が解らなくて、彼を見上げる。


「アイリス、っつったか。あのお嬢さんによ、覚えてねーかもしれねーが、オレは……、あいつらも含めて、ずっと世話になってたんだって聞いてな」


和室を見る、横顔は、青年の、凛々しいそれで。


「ま、言われたって覚えちゃいねーからよ、実感は出来ねーんだが………でも本当だとして、なんでオレぁ、此処に居たのかってよ。そりゃあ、きっと………」


不意に此方を向いた瞳に、心臓が跳ねた。慌てて彼の口元に視線をずらす。朝は無かった、髭が、薄ら生えていて、何となく、ああキビトさんだ、と思った。唇が動く。


「おめぇが、居たからなんだろうな」


えっ、と視線を再び上げれば、そこには常ならぬ、青年の姿をしたキビトさんが在って。見慣れないからか、ぐんと歳が近づいた彼は、何時もと違って、何時もと違う、から。


「……………………」

「……………………」


な、なんだこの空気。見つめ合って、ドキドキして、ちょ、なんですかこれ。


「……………………」

「……あの、よ、オレ、」
「とーちゃんのばか!」

「……………………」

「……………………」


ゆっくり、2人で和室へ顔を向ける。
そして吹き出したのも、同時だった。
可愛い寝言に、妙な緊張はすっかり解されて、残りの紅茶を煽る。


「私も、もう寝ますね。スッゴいぐっすり眠れそう」


緩んだ口元が治まりきらないまま、立ち上がる。おー、と返事をしたキビトさんも、紅茶を飲み干すべく、カップを傾けた。


「なあ、オレは何処で寝たらいいんだ?」


キッチンで、追いかけてきたキビトさんから、カップを受け取りながら、ああ、と頷く。

「お兄ちゃんの、あ、駄目だ散らかってる。ええと、こっちです」


流しにマグカップを2つ、並べて置いてから、キビトさんを連れ立ってリビングを出た。雑誌が散らかったままの兄の部屋は使えず、両親の部屋の扉を開けて、ここで休むよう伝えると、申し訳なさそうな顔で、すまねえな、と返された。


「いいんですよ。元々皆が使ってたんだから。もう悠々自適でしたよー。実感なくても」


いひ、と少し意地悪に笑えば、ちょっとだけきょとんとした後、そっか、と柔らかく笑った。その顔にかなりキュンときて、つい見惚れてしまえば、首を傾げられ、ものすごく不自然におやすみなさいを3回程繰り返して逃げるように立ち去った。
若いキビトさんて、あれはあれでときめき要素がありすぎて困るよ……!

だがキビトさんと別れ、歯を磨いて、布団に入れば、途端に瞼は重くなった。
疲れていた。果てしなく疲れていた。明日、起きれるかなあ。

折角のクリスマスイブは、そうして過ぎていった。



[ 13/14 ]


[mokuji]
[しおり]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -