07
子ども達は、警戒しながらという者もあったが、打ち解けるのも早く、アレクの遊ぼう攻撃もあって結局、D以外はそれぞれ仲良く遊んでいた。 Dは……、やっぱりユーリのようにアレクを泣かせた。いやユーリよりも酷い。腕を引っ張り強請るアレクを、突飛ばしたのだ。更に、泣き喚くアレクを冷たく一瞥しただけで、他に何のアクションも見せなかった。 その場は一先ず、アレクを私が抱いてあやしたが、Dの様子は、他の子とちょっと違うと言うか。関わりを断絶している、と言うか。 完全なる拒絶の意思を感じるが、かといって、出て行く風でもない。ご飯だって食べた。何て言えばいいか………どうでもいいって感じで……投げやり、――そう、投げやりだ。 どうにでもなれ、という風体で、周りに無関心。それは、自分にも、無関心、ということじゃないだろうか。
「………結構な敵、だよなそれ」
「んー?」
顔を上げたアイリスに何でもないよ、と返して、和室に向かう。 傷んだ金髪。それを見ながら、背を向け横たわる彼の隣に膝をついた。ちょっとだけ緊張。
「あの………、あのさ、」 「………………………」
返事はない。期待もしていないが。
「なんで………なんで、硝子を、割った、のかな」
彼が激しい行為を見せたのは、その一度きり。実際目撃したわけではないが、何が彼をそうさせたのか、訊いておくべきだと思った。 同じことが、ないとは限らないから。
「…………………………」
「あ、壊したことは、別にいいの。でも、場合によったら、怪我をするでしょう? ………怪我を、したでしょう?」
そればっかりは、怖いから、言っておくべきだと思った。 しかしDは、沈黙したまま、ピクリとも動かない。寝てるのかと思って、そっと手を伸ばした。伸ばした、ら、ガシッとその手が掴まれて、肩が揺れる。 び、びっくり、した。
「………………………」
「お、起きてたん、ってぎゃああああ! 痛い! ちょっ、握力すげぇいった! 痛いっていたたたた!」
ぎりぎりと手首を掴まれて身体が変なふうに傾く。いったい! 痛いからまじでえええ!
「……………ちかよんな」
「ふは! はあぁー、痛かったー………」
ぺいっ、と捨てられた右手を擦る。近寄る者には容赦ないってか。愛嬌は何処にやったんだお前。
「…………………………」
寝てなかったのなら、聞いていただろう。だから私は、そこに留まった。 穴開けとばかりに金髪を見つめ続ける。続ける。続ける。
「………………………はあ」
根負けしたのは、Dだった。溜め息が出た、それを合図にのそりと起き上がる。後ろは向いたままだった。
「…………また、うられた、と思った」
「うられ………?」
「すてられた方がましだから、こわした。たいていは、こわせば、ほうり出される。ほうり出された方が、いい」
よく、解らない。理解はしていない。でも、あまり言いたくない事なんだろうとは、解った。
「そっか………あのね、此処では、Dの好きにしてていいけど、危ない事はだめ。怪我をするような事は、だめ。それ以外なら、何をしてもいい」
「……………あんたは、おれをかったんじゃないの」
「買って、はないです。だから別に、Dが嫌なら、出て行ってもいいんだけど……あんまりお勧めはしないかなぁ」
「………?」
僅かにDの顔が動いた。ほんの少し見えた横顔に向かって、眉を下げる。
「さっきも言ったけど、此処はフォクスじゃないし、外は危険が多い、と思う。きみ達には、危険だと思う。だから、どっちかっていうと、元に戻るまでは、うちで我慢してもらいたい」
「………………………」
ごめんね、と付け足せば、頭の位置が元に戻った。暫く様子を伺っていたが、何を言ってきそうもないので、立ち上がった。
「へん」
「はい?」
踵を返しかけた時点で、呟きを拾った。見下ろす金髪はやはり、壁に向かっている。
「あんたって、へん」
「…………よく、言われます」
不本意ながら。
そこそこのダメージをくらいつつ、和室を後にすれば、何故かキビトさんが苦笑して出迎えてくれた。
「要は戸惑ってんだよ」
との第一声つきで。 意味が解らずきょとんとすれば、何故かじっと見返された。
「え、ええと?」
「環境に恵まれてねーやつってのは多い。どうやらお前は心根が優しいみてえだから言うが、今まで経験したことのないものを与えられても、すんなり受け入れらんねーもんなんだよ」
ぱちり、と瞬いてから、頭の中で、言われた事を咀嚼する。つまり、環境が違う、から、どうしたらいいか解らないってこと?
「……でも、それじゃ、私にも解らない」
彼らの昔、そこに自分は存在しない。理解したくても、できない。 途方に暮れたように漏らせば、キビトさんは違う違う、と首を振った。
「あー、だから、戸惑ってるだけなんだって。ほっときゃいいんだよ。お前はもう、好きなようにしろって、提示してやってんだから。……お前が気を揉む必要はねぇ」
お前が先に参っちまうぞ、そう言って、ふっと笑った。 それは、ちょっと盲点だった。放っておくのも、一つの手段なんだ。酷いように聞こえるが、そうじゃない。子どもにだってそれぞれ、ペースがある。キビトさんて凄い。
「うん………うん、そうですね。私は、私のやれること、します」
むい、と顔を上げる。 私がやれること、それは一先ず、昼食作りである。本当にいつの間に昼になった。
それからも、時間は忙しくどんどん過ぎ、昼食、それが済めばまた元気を取り戻した皆が、チャンバラごっこを始めたり、また植木鉢を倒したり、新聞が散らばったり、いつの間にか夕方で、ケーキも買いにいけず、有り合わせで夕食、と、まあ仕事には事欠かなかった。 こんなに忙しない1日過ごしたことないよ。 そして今も、食後の一息吐く間もなく、船を漕ぎ始めたアレクを慌ててお風呂に連れて行くところだ。
「アレク、アレク、もうちょっと頑張って」
「んんー……!」
むずがって、大層不機嫌なアレクを何とか裸にさせ、自分も急いで服を脱ぐ。脱ぎ捨てる。ああっ、脱衣場で寝ないでアレク!
「アレクシアくんてばー!」
いやいやするアレクを抱え、椅子に座らせ、頭を洗い、身体を洗い、湯船に放り込む。休んでいる暇はない。浴室の扉を開けて、声を張り上げる。
「いいよー! 次誰ー!?」
ちょっと待てば、脱衣場の扉が開いて、オズがひょこっと顔を覗かせた。
「次はオズね、自分で脱げる?」
「できない!」
元気いっぱい笑顔全快で言うことじゃないと思うんですけど。 仕方なしに、浴室を出る。と、僅かに開いたままだった扉から、今度はアダムが顔を出した。
「あ、アダムも一緒に入る?」
こくり、と頷いたアダムに、扉を閉めるよう言いながら、オズの服を脱がす。ちょっ、おま、足振ってズボン脱ぐな!
「せめえ!」
「えええ無邪気に残酷だなオイ」
「よい、しょ、おれはみずのせいれいつかいだぞー!」
「おわー! オズ! 床がびしょびしょになるから!」
浴室に駆け込んで早々、狭いと叫び、更に扉を開けっぱなしのままシャワーを振り回すから堪らない。オズはもう本当に超やんちゃ……!
「アダ、アダム、おいで早く!」
「う、うん……」
緊張した様子のアダムの服も脱がし、慌てて浴室に移動する。
「オズ! めっ!」
シャワーを取り上げれば、不満気に口を尖らせた。むくれてもダメなものはダメよオズワルドく、
「ってぎゃあああアレクウウウ!?」
ちょっと目を離した好きに、アレクが湯船で沈みかけていた。慌てて抱き上げ救出。もうてんやわんやだよ!
「アレク! アレクシア! もう出ていいから! 出たら寝ていいから! キッ、キビトさあああん! アレクが出ますううう!」
ふらふらするアレクを脱衣場に立たせ、急いでドアを閉める。曇りガラスの向こうに、大きな人影が現れたのを確認してから、そうっとまたシャワーに伸ばそうとしていたオズの手を掴んだ。
「はい、目ぇつぶって!」
「ぶあ!」
言って直ぐ様、頭からシャワーをぶっかける。多少荒いが、私にも余裕がない。 アダムが盛大にびくついていたとしても。 余裕が、ないんですよ……!
「こ、こら、じっとして、目に入ったら痛いよ、オ」 「いてええええ!」 「言わんこっちゃない!」
子育てって体力勝負なんですね。3人、湯船に浸かった頃には、私はげっそりしていた。
「メグミ! みろ! せんすいのじゅつ!」
「いやうん、只の潜水だよねそれ」
「オ、オズ……おねえちゃん、こまってるよ?」
「アダム……お前さんは本当に良い子だね……」
アダムはもうずっと小さくてもいいと思う。バッシャンバッシャン顔にオズの立てるお湯を受けながら、アダムの頭を撫でる。
「オズー、その内頭ぶつけ、」 「あだ! いてえ!」 「言わんこっちゃない!」
何故風呂で同じツッコミをしなけりゃならんのだ私は。
「なんかお湯も減ってるしんぶっ! ……っ、もうオズ!」
「みずぜめのじゅつ!」
「いや水責めて、お湯掛けただけじゃ、ちょっ、ふはっ! こんにゃろ………!」
お湯を飛ばしてきたオズに、大人げなく猛反撃を繰り出す。
「ふはは見たまえ! この実力の違いを!」
「んー! や、んんー!」
「これが大人と子どもの実力差よ!」
と言っても、ただ単に手の大きさの違いだが。私が大人かどうかも微妙だが。 でも、うん、必死にやり返すオズが可愛いので、やっぱり手加減はしてやろう。 ついでにアダムも巻き込んで、なんだか盛り上がってしまった結果、お湯は盛大に減ってしまった。
そして3人仲良く、のぼせた。
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