06


「ア、アレク、こら、あっ、待ってー!」


只今、うひゃひゃ、と楽しそうに逃げて行く、下着姿のアレクに、悪戦苦闘中。
下着は流石に買い足さずには賄えず、猛烈なハイスピードでチャリを飛ばし買ってきた。息咳切らせ、目を血走らせ、子ども用下着を大量に購入する女子高生は、滅多に見られるものじゃない。いやうん、居ない。そんなヤツ私ぐらいしか居ない。
恥ずかしくなかったわけではないが、とにかく急がねばならず、店にいた時間約3分足らず。嵐の如く去っていった私の顔を、ちゃんと見たのはレジのおばちゃんぐらいだろう。
そして寒空の下汗だくになりながら帰宅し、干しておいた服を取り込んで、キビトさんにチビ達の下着だけは担当して貰って、私が服を渡すという作業が開始されたのだ。
割と大きな子までは自分でするとなったが、小さなアレクが出来ないのは解っていた。しかし、アレク以外にも、オズやアダムなど、自分で服を着るという概念がなかった。流石は王子様。
そしてアダムはすんなり終わったのに対し、オズとアレクがまあ、きかない。ズボンを振り回し走り回る風の子状態。子どもって常に動いているのね。私の体力の方が先に限界を迎えそう。あと裸が好きなのは何故「おれはてんかをすべる!」「あれくはてんきゃをする!」何ごっこだ。てんきゃをするって何を始める気だ。


「裸で天下は統べられないよ。だから着なさい」

「えー、はだかですべったらたのしいぞ!」

「うひゃひゃ、はだかー!」

「すべるってそっちか! え、でも待って、裸で滑るの? 何処を滑るにしてもそれはそれで問題じゃね?」

「おれんちかいだんおおいんだ!」

「あ、容易く目に浮かんだ。慌てる侍従さんが容易く浮かんだ」


大変だったろうな……。


「ほら、着たら約束のご褒美だから!」

「やったごほーび!」
「きゃー!」


盛り上がり過ぎだ。ちっとも着る気配を見せない2人に、ご褒美を餌に何とか服を頭から被せることに成功。クリスマスツリーは、ほぼ片面だけに飾りが溢れていたが、約束通り、きちんとやってくれた。
ご褒美ご褒美、と子犬のように戯れついてくる2人に、ポッキーを袋ごと渡せば、なんだこれ? と2人して首を傾げた。
ガサガサと袋を振る不思議顔のオズから一旦取り上げて、開封してやる。中身を出して、瞳を輝かせたオズを見て、待ちきれなくなったアレクが、あれくも! と飛び跳ねた。同様に開けてやって、漸く大人しくなった2人は、仲良くソファーに並んだ。餌効果凄い。
あとは、シオンにもー……、


「………………あげるよ?」


ちゃんと着替え終えていたシオンに視線を定めれば、ポッキータイムの2人を、否正確に言えばポッキーを、凝視していた。声を掛ければ、はっとし、慌てて視線を逸らす。


「はい、開け方わかる?」

「…………ん」


こくん、素直に頷く。寝起きは吃驚したが、案外聞き分けの良い子ども時代だったみたいだ。前髪が邪魔だろうと、適当に髪ゴムで縛ってやる間も、大人しくポッキーをもしゃもしゃしていた。これが大きいシオンなら、間違いなく触んなと怒られるところである。手を叩かれるところである。小さい方が平和ってどういうこと。
それから私の手伝いをしてくれたアダムにも、同じく袋を渡してやったのだが、小さなありがとう、を返して貰った。うわこの子だけだよお礼言ったの。今更はっとして、思わず頭を撫でた。良い子。


「……………………」


あ、なんか、嬉しそう?


「メグミ、おわっ、あー!」


部屋で着替えをしていたアイリスが、戻ってくるなり叫んだ。びくりと震えたアダムが、私の影に慌てて隠れたが、残り3人は顔も向けずポッキーをもしゃもしゃ。そんなに夢中か。


「それはだめ! 脱いで!」

「はあ?」


顔を顰めるユーリに、アイリスはつかつかと寄って行って、それ! と彼の着る黒のパンツを指差した。


「わたしのよ! 返して!」

「うわ、これお前のかよ……」


ああ、やっぱこうなったか。


「いやアイリスそれは、」
「私だってお前の服なんてごめんだね。気持ち悪い。はだかの方がましだ」

「なんですって! このわたしの服が貸してもえるだけありがたいと思いなさいよ!」

「はあ? だれもたのんでないですけどー?」

「あんったねぇ! っ……、ふんっ、もういいわよ。そんな服要らない。あんたが一度でも着た服なんて、二度と着られないわ」

「…………あれ、解決した」


勢いに圧されているうちに、足音大きく、テーブルからアイリスが離れる。だがソファーは塞がっていて、私の目の前で腰に手を当て、おやつ組を睨んだが、それでもどうにもならず、結局荒々しく床のクッションに座った。
一部始終を見ていた私が振り返ると、同様に顛末を見ていたであろうアダムは、不安そうに見上げてきた。それに小さく笑って、アイリスの隣に膝をつく。


「アダム、おいで」


隣に彼が座ったのを見届けてから、雑誌入れの中に手を伸ばす。この中には彼らの為に用意した、絵本が数冊入れてあった。字を学ぶには、丁度良かったのだ。といっても、今は皆大体は覚えてしまったから、活躍の場はない。捨てなくて良かった。


「アイリス、読んだげて」

「えー……」


面倒臭そうな顔をしたが、お願いね、と言い切ってそこを離れれば、彼女は渋りながらも本を開いて見せていた。
アダムは怖がりながらも、好奇心に勝てなかったようで、僅かに身を乗り出して絵本を覗いている。
キッチンで牛乳をコップに注ぎながら、そっと眺めていればその内、ソファー組も彼女の周りに群がって、熱心に聴き入り始めた。アイリスがアダムにポッキーちょうだい、と手を出す。はい、と躊躇なくアダムが差し出したそれを口にくわえる。中々に微笑ましい。
同年代との言い合いも、年下の面倒を見ることも。彼女には初めての経験だろう。大人びて見える彼女は、今まで周りを年上に囲まれていた。子ども同士の触れ合いの機会を、与えて貰えなかった。


「はい、ユーリ」

「………要らない」

「言うと思ったー」


あは、と笑う。
キッチンから牛乳を運んで、盆に並べたそれをテーブルに移す。ユーリの前に置いたグラスは、手で押し返された。


「何わらってんだよ。知らない人から物なんかもらえるわけないだろ」

「あれ、ご飯食べたのに」

「そっ、それは! どくみしたヤツだっていたし! みんな食べてんだから安全だと思って!」

「へえ、しっかりして……え? 毒味?」


しっかりと危機感をもった言い分に、感心しかけ、途中で疑問を拾う。毒味って何のことやらと首を傾げれば、確かめていただろアイツが、と和室の方を指差した。振り返って見てみれば。


「………あ」


丁度襖が開き、キビトさんが顔を出したところだった。服が変わっただけだが、また印象が変わると言うか、割り増した気がする。何がって格好良さが。


「入学式で話題騒然………」

「あん?」


ぼんやり口にした呟きに、キビトさんが顔を上げる。柄の悪さを除けば、本当に格好良いのだ、彼は。怖いけどイケメンだよねー、とこっそり囁かれる部類だ。


「組の若頭みたいだけどね」

「何をさっきからぶつぶつ言ってんだ」

「いや、服が着れて良かったです」


丁度良さそうですね、と話題を逸らせば、片眉を下げた。苦い顔をした彼に首が傾く。どうかしたのかな。


「いや……何から何まで、わりーな」

「あ、いえいえ」


なんだ、何かと思えばそんなことか。所在なさげに頭を掻く彼に、首を横に振って示す。皆、好きでこうなったわけでもないし、謝る必要はない。


「悪いって事はないんで、気を使わないでください。私より、貴方達の方が大変だと思うし、私が出来る限りの協力はするので………するって、決めたので」


言ったからには、する。たかが知れていても、出来る限りは。


「お前…………いや、うん。そうだな。世話に、なる」


何故かちょっと驚いた顔をされたが、初めて、柔らかく笑ってくれた。
ああ、笑うと、歳相応だ。まだ少年を滲ませる、若葉のような笑顔。少しだけときめいたのは内緒だ。


「はい」

「ふん」


なんでそこで鼻を鳴らすかなユーリくんは。せっかくちょっとだけ和やかになったのに、何が気に食わないのか、相変わらず反抗的。どうやら何故か嫌われてしまったようだ。


「ええと、不味くない、と思うよ?」

「なにを言っているかおろかものめ。どくみの意味も知らないのか」


可愛くねえ……。何度目か、思ったそれを押し留め、しかめっ面のユーリを困って見返す。何故か嫌われてしまっているようだが、どうしたらいいのか解らない。怒るような理由があるなら、聞かせて欲しいけれど………。


「そこのやつらは、やすやす手なずけられたかも知れないが、私はだまされないぞ。ゆーかいはんめ」

「う、ううん……あれだね、ユーリは昔は毒っ気隠してないんだね。過程で外面が足されたんだね」


どうやら、ユーリの中で誘拐された設定が消えていないらしい。いくら違うと言っても、信じてもらえてないようだ。
益々困っていれば、ペタペタと軽い足音を立てて、アレクが寄ってきた。


「あしょぼー?」

「は…………?」


アレクの、遊ぼう、は何だろう、癖? なのかな?
口の周りにチョコをいっぱいつけたチビアレクは、意外そうな顔をしたユーリに、にへらー、と笑いかけている。


「あしょぼー?」

「え………うわっ!」


動かないユーリに、アレクが手を伸ばした。その小さな手も、チョコに塗れていた。だからだろうが、ユーリが咄嗟に身を引いて手を叩き払った。


「…………………………」


びっくり、した顔で固まった。かと思えば、じわりじわりと顔が歪む。プルプルと尖らせた下唇が震える。


「ふ、――……ふええええ!」


そしてついに泣き出した。私も慌てたが、ユーリも慌てたらしく、ガタリと椅子を鳴らして立ち上がると、わ、あ、わ、とか言葉にならない声を上げている。


「なっ、泣くな、泣くなって! わざとじゃっ、………ああもう! わっ、悪かったよ! 悪かったから!」


忙しなく動き、アレクの顔を覗き込むユーリを見ていたら、何となく口を挟まない方がいいと思えた。盆を抱え、じっと見守る。


「遊ぶ! 遊ぶから! だから泣くなって!」

「う、ぐすっ、………ほんと?」


ふ、と小さく笑う。ああ、と頷くユーリを横目に、キッチンから手拭きを持ってきた。アレクを呼んで、涙鼻水ごとチョコを拭う。手も綺麗にしてやれば、ユーリの手を引いて和室に走って行った。
オズ達を見れば、飽きたのか、アダム以外の2人はツリーの飾りでキャッチボールを始めていた。
餌効果は長持ちしないのか。しかもお腹が膨れたことにより、元気が倍増したみえる。
元気だなあ、呟けば、キビトさんが苦笑した。


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