05
ベランダの、小さな物置に箒があって本当に助かった。硝子やら壁の破片やら、土やらプラスチックの残骸やら、それらを掃いて片付けた。 その間、流石に申し訳ないと思ったのか、キビトさんは救急箱の中身だとか、チラシだとかを拾ってくれたのだが、途中でチラシに目を奪われ、結局つっ立ったまま、固まっている。 この反応は、多分、写真、に驚いているんだろうと予測する。でも、いちから説明しようものなら、日が暮れてしまう。 まあ追々、でいいだろう。彼らがこれからも小さいままだったらと考えるとちょっと途方に暮れるが、一時的なものかもしれないし、ほら、人生希望が大事じゃない。希望は捨てたくないよねうん。 キビトさんの後ろを、わーっとオズとアレクが駆け抜けて行く。今はとりあえず、必要最低限、理解してくれたらいい。他は明日にでも明後日にでも回せばいい。
「あしょぼー?」
「え………」
掃除機を気にするシオンは、眺めたり、恐々突いたり、匂いを嗅いだりしていたが、そこへ無邪気なアレクが寄って行った。……匂いを嗅ぐのは、癖なんだろうか。 ちょっとだけ狼狽えたシオンの手を引っ張って、アレクは尚も遊んでと強請っている。和室では、姿勢正しく正座し、目を閉じたクロスが居る。それと、端の方で背を向けて寝転ぶ、Dも。無意味に走り回るオズに反し、アダムは大人しくソファーに座していて、一度もテーブルから立っていないユーリは、ずっとキビトさんを凝視している。不機嫌そうに睨み付けている感じだが、どうも気になるらしい。キビトさんが動くと、それを目で追っていた。
「オズ、走ると危ないよ」
「へーきー!」
や、キミが平気かを訊いたんじゃなくて。決して広くはない我が家は、子どもが遊び回るのに適してはいない。……後で階下の人に謝りにいかねば。 しかしそうは言っても子どもは退屈だろう。んー、どうしたもんか。
「あ、じゃあオズ、ちょっとお手伝いお願いしよーかなー」
「やだ!」
「素晴らしい速攻性」
椅子に飛び乗り、椅子から飛び降りる。元気有り余ってんなー。
「あれー、そっかざんねーん。手伝ってくれたら、美味しいご褒美あったんだけどなー?」
「えっ、なになに、ごほうびってなに!?」
「ぎょほーび?」
おお、釣れた釣れた。解りやすく釣れた。
「甘ーいご褒美だよー?」
「はいはいおれてつだう!」
「あれくもてちだう!」
アレクまで釣れた。倒れたクリスマスツリーを起こして、隣に座ると、その両脇に2人が立つ。と思ったらアレクはシオンも引っ張って来た。 私のおへそ辺り、アレクと丁度同じ高さのクリスマスツリーを、三人三様に眺める。フォクスにだって造花ぐらいはあるから、珍しいって事はないと思う。ただクリスマス自体はないから、何するんだろうと思案しているってとこだろう。 空々しく玩具じみたツリーは、美しいとは言えないが、我が家で唯一、季節感を醸していた。まあ今は只の偽もみの木だが。
「こーやって、木を飾るんだよ」
ばらまかれるように落ちていた飾りの1つを拾い上げ、枝の末端に引っ掛ける。金の包装紙で包まれた、小さなプレゼントの飾り。 へえとかはあとか、不思議そうに頷いたオズとアレクは、きっとなんでそんな事をするのかが解らない。シオンはそれがもろに顔に出ていた。 はあ? なんで? みたいな。
「お祭りみたいなもんだよ。日本人は何でも浮かれるんだよ。あ、日本てこの国のことね」
「おまつり?」 「おまちゅり?」
見事に声をハモらせて、ちびっこ2人が瞳を輝かせた。変なの、と呟いたのは、ユーリだった。聞いていたらしい。
「んじゃ、よろしくねー」
ぽふぽふ、と順番に頭を撫でて立ち上がる。シオンが触られた頭を、何故か押さえていた。
「さってと、なんか着るもんあったかなー」
キビトさん以外は動きにくそうだ。ソファーに落ちていたオズのスウェットを拾ったら、アダムがぴゃっとオズ達の方へ逃げた。そんなあからさまに怖がられると私も凹むんだが……。 両親の部屋になら、昔の服があるかもしれない。と考えながらリビングを後にしつつも、アダムの行動にショックを受けた私の背中は、そりゃあたっぷり哀愁漂っていただろう。オズには笑いかけるのに私には決して向けてくれない……凹むわあ。
―――………
最後の段ボールを引っ張り出して、あー……と意味なく声を漏らす。両親の部屋はあっという間に服の山で散らかった。 敷きっぱなしだった乱れた布団の上にも、私の周りにも、段ボールと服が散乱している。面倒だが、片付けるのは私しかいない。あー……、と溜め息混じりにまた漏らして、段ボールの蓋を開けた。
「………お、おお、あったよ」
本当にあったよ……探しておいてなんだが、半ば諦めていただけあって、今更両親の物持ちの良さに驚く。多分、兄が着ていたものが、数着。段ボールの中で眠っていた。 私の物がない、のは、すぐに合点がいった。アイリスが来てすぐの頃、母が嬉々として何処からか小さな服を出してきたのを思い出す。こっから出してきたのねお母さま。 全てサイズの違う物だったのが、逆にありがたい。アイリス用に買い足した服と合わせれば、何とか人数分揃う筈だ。服貸せなんて言ったら、アイリス怒りそうだなー。
「ん、よし、ちょっと干してから使おう」
晴れていて良かった。イヴは雪でロマンチックに、なんて思う世のカップルさん達には嬉しくないかもしれないが。 服を抱えて、振り返った。 と、バチッと音を立てそうな程、開いたドアの前に立っていた彼と目が合った。
「あれ、アダム、どうしたの?」
声を掛けるとびくりと震える。そして私はふらりと視線を逸らす。私ってそんなに怖いかな。あああ落ち込む。凹む。
「あ………あの、」
ん、と視線を戻す。服の裾を握り締めたアダムが、俯いたまま必死に何かを言おうとしている。やっぱりちょっと凹む。ねえ私そんなに怖い? あれか、フロア用掃除用具を叩きつけたのがいけなかったか。トラウマったか。
「………ぼ、ぼく、………、おっ、おてつだいしようと思って!」
「…………へ?」
小さい子に怯えられるそのダメージに打ち拉がれていれば、思ってもない言葉が放たれた。ぽかんと見返せば、アダムの頬がみるみる赤く染まり、泣きそうに顔が歪む。俯く。唇を噛んだのが見えた。
……………………だ、
「んんああああ……!」
抱き締めたいいいい………! 言葉にならず、意味不明の声を上げて、抱えた服をぎゅうぎゅう抱き締めながら身をよじる。アダムはびくっと震えたが、これは悶えずにはいられない。可愛いよ凄い可愛い抱き締めたい………!
「……………あ、あの?」
「嬉しい! ありがと!」
不安そうなアダムに、ガバッと顔を上げて喜びを伝える。驚いた顔でパチパチと瞬く彼は、私が近付くまで動かず、惚けたまま私を見上げた。
「こっち、付き合ってくれる?」
向かうは自室。大きな彼が何度も忍び込んで来ては、何度も私に怒られた自室。今の彼ならいくらでも入ってくれて構わない。寧ろ一緒に寝たって構わない。 小さな手を取って、そっと引く、とそのまま素直について来た。まだほんのり赤い頬っぺたが、愛らしい。
「そこに座っててくれる?」
そこ、とベッドを示せば、小さく頷いた。物珍しそうにアダムが部屋を見回す間、アイリス用の服を数着、選んだ。彼女は着る物にはちょっとうるさい。お姫様なんだから当たり前だが、それでも“あちら”で着ていた服に比べたら、断然安物。安物で、しかし彼女の拘りは十分いかされていた。 何が言いたいかって、要するに凄く女の子らしい服ばかり、って事なのだ。それでも、アダムなら。今のアダムなら、フリフリだろうとリボンだろうと似合う。断言する。間違いなく似合う。
「これ、着られるかな?」
アイリスの服の中では華美でない、白のシャツを広げて見せる。女の子っぽく絞られたラインだが、中にTシャツを着て前を閉めなければ、男の子でもいけるだろう。いや私だって良識ぐらいある。いくらフリフリワンピースが似合いそうだからって、いくらそれを着たアダムが見たいといったって、それを勧める程非常識じゃない。本音は別だが。
「え………ぼ、ぼく?」
「まあ、ここにはキミしか居ないから、キミだよね」
戸惑ったアダムに、小さく笑って茶化せば、困った顔をされた。ふむーん、この初々しく素直な反応が、何故跡形も残らないのか。やはり人体の不思議としか思えんな。 はい、と服を押しつけるように手渡して、再びクローゼットを漁る。問題は下なんだよなあ。兄のは3着しか見つけられなかったし、アイリスは圧倒的にスカートが多いからな………あ、これなんか履けそう。 細身だが、シンプルな黒のパンツを発見。そだ、寝間着だけど、パーカーとかもあったよな。あっ、これ結構前に買ったパンツじゃん。うわあの子これ履いてないだろ。履いてるとこ見たことないぞ。折角買ったのに……。
「ってこれ私のお気に入り靴下! 何処に行ったかと思ったら、アイリスめ………うわ、これ懐かしい。最初に買ってあげたやつだあ。ふふ、もう着れないんだろうし、取っておいたのかな」
可愛いヤツめ。そうして、にまにまと顔を緩ませ、クローゼット探索に夢中になっていたら、いつの間にか自室も服で埋もれた。 それに気が付いて、やっと何をしにきたか思い出して、ほったらかしのアダムも思い出して。
「うわーんごめん! 今片付けるからもうちょっと待っててね!」
慌てて服を拾い上げながら謝る。と。クスリ、と小さな笑い声。 見ればアダムが、口元を押さえて笑っていた。 彼の周りだけ、花が咲いたよう。
「………………えへ」
釣られて笑う。 距離が縮まったようで、嬉しくて。 へらんへらんとだらしなく笑っているであろう私に、アダムはまた、花の笑顔で笑っていた。
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