04


「………あ、の、」


小さく、可愛らしい声で、俯きがちに、おどおどと此方を伺う。どう見ても美少女。どうしよう。アダムが可愛い。超可愛い。どうしようなんか噴火しそう私噴火する可愛い! 心の中で身悶える。


「アダム、ちゃんといえよ」

「う、ん………っ、あの、」


心配そうな顔で、アダムの隣に立つのはオズだ。繋がっている小さな手と手。


「うん?」


目の高さが合うよう、しゃがんでいた私が小さく首を傾けると、一度ぐっと唇を引き結んで、意を決したように息を吸い込んだ。


「アダム………めた、ムウト、です」

「はぅん………!」


きゅうううん、と心臓が締め付けられる。かんわいいいいい………! 本人に名前を告げられても、やっぱり可愛いこの子があれと結び付かない。このまま大きくなれば、儚く美しい青年が出来上がる筈だ。何をどう間違ってあんな俺様になったのか、全くもって解らない。人体の不思議か。


「よろしくね」


へらりと笑いかければ、戸惑ったような表情を浮かべた。隣のオズを見上げ、オズがむい、と顎を反らせば、また私に顔を向ける。目が合う、と直ぐに逸らされた。伏せた睫毛が長い。段々下を向く。銀髪がサラリと揺れた。


「よろしく、おねがい、します」

「あああどうしよう私キビトさん私噴火する!」


もじもじと服の裾を弄る、耳を染めたアダムが、びくりと肩を揺らせた。ついに我慢できずに振り返って思わず言えば。


「人は噴火しねぇ」


あまりにも真顔で静かに否定された。





―――………










ご飯の後で、まず自己紹介をしたい、と言い出した私。名前は知っているけれど、今の彼らと私は“初めまして”。彼ら同士もそう。だから最初から、やり直すのがいい、と思った。
私が名乗ったから、必然的に今度は皆の番、って事になる。仲良くするには、名前から。
最初に応えてくれたのはオズだった。元気に手を挙げ、「はいはい! おれ1ばん!」と飛び跳ねた。オズのおかげで、居間の雰囲気が引っ張られるように軽くなっていく。「よろしくなーメグミー」とにっかし笑う彼の小さな手と握手していれば、キビトさんが、呆れたような溜め息を吐いた。吐いて、名乗ってくれた。それから、Dとユーリを除けば、他も続いてくれて、最後がアダムの番だった。
ちびっこアダムくん、かなりのシャイボーイらしい。いや私の感覚的にはシャイガールなんだけども、それはまあ置いといて、物凄く緊張しながらも、何とか名前を述べて、ペコン、と頭を下げた。
無事挨拶できてほっとしたのか、アダムとオズは仲良く手を繋いだまま、テレビ前のローテーブルへ、ててて、と走って行く。はあー可愛い。でれでれになるわ。
クロスはずっと眉を寄せているが、ちゃんと名乗ってくれたし、意外にもシオンが礼儀正しかった。
「僕は、シオン。シオン=ヨークストーン。しんじられないけど……ここにいるしかないなら、ここにいる」
僕て
よろしく、と彼が首を傾けると黒髪がサラリと揺れた。小さく微笑も浮かべていた。お前は誰だと思った。
アレクはスゴかった。凄い可愛かった。あれだけ大泣きした烏が、ご飯食べたら元気になったらしく、オズに続いて、はいはーい! と手を挙げ、あれくちあー! と満面の笑顔で叫んだ。ばっ、おまっ、すげえかわいいいい! と身悶えたのは勿論だが、でれでれと頬を緩ませた私に、このチビアレクくん、両手を目一杯広げてぎゅーと腰に抱き付いてきた。この辺で既にノックアウトだが、更に私の顔を見上げてえへへーと笑う。この笑顔がまたやばい可愛い。天使の笑顔。アレクが私の絶対正義になった瞬間である。


「なんでこう次から次に問題が起こるのかしら……」


名前を言われて、現実だと思い知らされたらしいアイリスは、疲れたように項垂れている。


「まあまあ、ほら、片付けするから手伝って」


食器の片付けと、部屋の片付けと、それが済んでも色々、色々、やること盛り沢山だ。謎の幼児化事件のせいで、仕事は余計に増えたし。服とかなんとかしなきゃだし。
皿を重ねだした私の傍に、アレクは隠れるように立って、オズがまたソファーでぴょんぴょんやり始めるたのをじいー……と見つめている。と思えば不意にテテテー、と走っていき、一緒にぴょんぴょんし出した。


「硝子、気を付けてね」


うちの居間は、入り口からすぐ左手にカウンターキッチン、右手食卓、更に右手奥にローテーブルとソファー、ソファーの向かい側に和室、がある。食卓の奥の壁に添わせてあるのが、食器棚。さっき軽く端に寄せたけど、まだ破片が落ちているかもしれない。皆は裸足だから、踏んだりしたら大変だ。


「いいわよ。わたし洗っとくから片付けてきて」

「アイリス……苦労かけてごめんよお」

「気持ちわるっ! なにその年寄りじみた言い方」

「気持ち悪い!?」


だってお姫様なのに、皿洗いなんかさせちゃって悪いと思ってさ。それなのにさ。気持ち悪いってどういうことなの。


「アイリスが酷い……」

「………………………」

「あ……ありがとう」


よろりと打ち拉がれてテーブルに手をつけば、目の前に皿が差し出された。クロスが無表情で出したそれを受け取る。


「……まだ、みとめたわけじゃないけど」

「え?」


視線を逸らし、ぼそりと呟いたクロスに耳を寄せた。ちょっとだけ眉を顰めたが、そのままボソボソと口を動かす。


「ほかに、いくとこないから、ここにいる………」


………律儀な子だ。わざわざ言葉にしてくれるなんて。うん、と頷けば、ぷいっと身体の向きを変えて、和室へ入って行ってしまった。
それでも、私はあったかい気持ちになった。にやけた顔を晒しつつ、キッチンのアイリスに皿を渡してから、掃除機を引っ張り出す。
それをなんだと凝視するのは、キビトさんとシオンとユーリ、のテーブル組だ。シオンなんて、反対向きに正座して、椅子の背を両手で掴んで、ばっちり観察体制だ。
つい苦笑しながら、コンセントを刺す。此処に来て間もない頃のようだ。初めて見た時も、同じように皆が母の手元を凝視していた。まあ、今の彼らにしても、初めてなんだけど。あ、そうだ。
掃除機を手に、むふ、と心の中でほくそ笑む。ちょっとした悪戯心が湧いたのだ。皆を見ながら……――スイッチを入れた。


「わっ!」


予想通り、複数の驚いた声が上がった。一斉に肩を揺らした様を、しっかり目撃させてもらった。しかも、余程驚いたと見える、一番近くのシオンは、隣のキビトさんに飛び付いた。笑う。我慢できない。これは笑う。
が、私が、ぶふっ、と吹き出した、と同時に、弾けるようにアレクが悲鳴を上げた。そして。


「うっ、うわああああ!」
「うぎゃー!?」


視界の隅を何かが横切った。横切ったかと思えば、バキン! と大層派手な音と共に、掃除機が壁に突っ込んだ。壁に………突っ込んだ。


「…………………………」


ぱら、ぱらぱら、と壁だったものの破片が、落ちる。掃除機が壁に突っ込んでいる。しつこい程に繰り返し思って、だが他に、当てはまる言葉がない。掃除機が壁に突っ込んでいる。呆然とする私の隣で、肩で息をしながら掃除機を睨み付けているのは、キビトさんだ。首にしがみ付く、シオンを引っ付けた、キビトさんだ。


「――………ええ?」


何これ。意味が解らない。


「うええー!」
「おうっ! ふ……あ、アレク……え? え?」


泣きそうな顔で私目がけて飛んで来たアレクが、腹にタックルをかましたが、うん、あの、ちょっと今私よく解らないんだけどね? なんで? なんで掃除機壁に突っ込んだ?


「………おいっ、なんだったんだ今のは!」

「えっ? 今の?」


何故か焦ったような怒ったようなキビトさんに、眼光鋭く睨まれたが、逆に訊き返したい。一体何が起こった。


「これはなんだ! てめえ、人の良さそうなフリして、やっぱり何か企んでやがんのかっ」

「え? 掃除機で?」


掃除機で何を企めと?
うちの掃除機はいたって普通に塵を吸い取るくらいしか出来ませんけども。


「そーじき?」


オズがふと復唱したが、キビトさんは私を睨み続けていて、私もそんな怖いキビトさんから目が離せずいる。逸らしたらやられそうだ。逸らした瞬間ヤられる多分。勿論ヤられたくないので、必要な言葉を発する。


「えーと……これで、掃除を、します」

「………………、掃除を?」


何度か瞬いた後、キビトさんは確かめるように呟いた。
いやもう恐らく、この子で掃除はできないだろうけどね。確実壊れただろうしね。
微妙な渋顔をしたキビトさんに、微妙な笑顔を返しながら、軽率な行為は控えよう、心から思った。


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