チョロ松とダージリン



「あ、チョロ松だ」

注文したものが来る間、カフェの中から通りを眺めていた。休日の雑踏は目まぐるしく、ただ目をやっているだけでも退屈がまぎれた。お冷の氷が溶け始めた頃、外を歩く一人と目が合う。やたら締まりのない顔にチェックのシャツを着ていかにもという感じのアニメキャラクターが描かれた紙袋を持つ成人男性。女子として関わりたくない、と本能で思ってしまうのは必然だが、向こうがこちらに気づくやいなや店内に入ってきてしまったからどうしようもない。何の疑問を持つことなく私とテーブルを挟んで向かいに座った彼、チョロ松は、本来彼自身が「意識高い系」と馬鹿にするであろうちょっと敷居の高いお洒落カフェに堂々と入ってきた。

「こんな時間から一人カフェとか、他にやることないの?」

正直お前に言われたくない。

「…悪かったね。チョロ松はライブの帰り?」
「まぁね。ふふ、今日はライブ後にハイタッチ会があってね」

露骨に機嫌が良い原因はこれか、と理解する。握手会やハイタッチ会は新曲CDのリリースと関係していて、ライブ後毎回あるわけではない。憧れのアイドルと触れ合えるというのはやはり格別らしく、こういうイベントがあるときはいつもに増して顔が緩んでいる。
私の肩は無遠慮に叩く癖に。別にアイドルになりたいわけでも、チョロ松に憧れられたいわけでもないのに、なぜだか今日は無性にいらいらした。すると私の不機嫌を察知してチョロ松が顔をしかめる。

「なんだよ、聞いたから答えたんじゃんか」
「別にそこまでは聞いてない」
「お前文句ばっかりな。…あ、すいませーん。同じの下さい」

私のティーカップを指してチョロ松が言った。明るい色の髪を束ねた色白の店員が会釈して伝票を持っていく。
ほどなくしてガラス製のティーポットとカップのセットが運ばれてきた。茶葉はよく蒸れていて、注ぐとふわりと良い香りが鼻腔をくすぐる。ここのカフェは収穫時期になると産地から直接紅茶を仕入れるこだわりぶりで、特に私はダージリンがお気に入りだった。

「ん」

湯気の立った華奢なティーカップが目の前に置かれる。チョロ松は、自分が口をつける前に私のほうにダージリンを勧めてきた。でも、私が自分で頼んだのがまだ残ってるし。

「そっち冷めてるじゃん。飲んだら」
「え、でも」
「お前が物欲しそうな顔で見てるから。いいよ、その代わりこのクッキーもらう」
「一言多いよ…」

クッキーじゃなくてスコーンだよ、という指摘に対しては「なにがスコーンじゃ」と悪態を付いていた。チョロ松は優しいんだか優しくないんだかわからないけど、つい天邪鬼な態度を取ってしまう私も人のことは言えない。こんなどうしようもない二人は案外お似合いなんじゃない?なんて、口が裂けても言えないけど。
冷めた紅茶を飲むチョロ松は、味がわかってるんだか定かじゃないが、香りの良さや味の深みをひとしきり褒めていた。どうせ雑誌の受け売りだろうが、せっかくだから最高の状態で味わってもらいたい。まだ湯気の立つそれを差し出した。

「せっかくだから飲んでみなよ。淹れたては違うよ」

飲みかけで悪いけど。すると、目の前の男は明らかに固まった。

「えっ?で、でも…いや別に自分のあるし、」

しどろもどろになって目線が泳ぐ。どうしたの、急に。何か変なことしただろうかと反芻しても特に思い当たらない。

「いらないならいいけど…」
「や!いらないとは、言って、ない」

まさかとは思うけど、間接キスとか思ってる?
断ってるくせに視線はしっかりとカップに向いていて、正直さに可笑しくなってしまう。
ちょっとは意識されてるって自惚れてもいいんだろうか。アイドルみたいに可愛くない私にもチャンスがあるって。


160717


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