トド松とさくらんぼ


職場のおばちゃんに佐藤錦を2パックほどもらった。さくらんぼは大好きだけれど一人で食べきるには少し多い量に、さてどうしたものかと頭を悩ませていたのだが、ちょうどいいアテを思いついた。

「やっぱり佐藤錦は違うねー」

赤い小ぶりの実をぽいぽい口に運びながらトド松が言う。年頃の男がこれだけいれば、食べ物なんていくらあっても困らないだろうと踏んだ私は、迷わず松野家を訪れたのだった。そしてその考えは見事的中し、留守番をしていたトド松に大層喜ばれた。

「私アメリカンチェリー苦手なんだよね。酸っぱくて」

その日は珍しく彼以外の兄弟は外出中で、家には私とトド松だけがいる。

「あぁ、まあね。でも甘煮してタルトにするとけっこう食べやすくなるよ」
「へぇー…」
「先週料理教室で習ったんだ〜」

さすが女子力の権化、いつの間にそんな習い事を。トド松とはそこそこ仲良しのつもりだったが初耳の情報だった。長男が「弟が俺と話してくれない」と嘆いていたのを思い出し少し同情した。

空のパックにさくらんぼの種が溜まっていく。
トド松は急に静かになったと思うと、なにやら口をもごもごしている。

「できた」

こちらに舌を出してきて、見れば舌の中央でさくらんぼの茎が器用に結ばれていた。

「すごい。すごいけど…なに。練習したの」
「キス上手くなるって聞いたから」
「女子か。相手もいないくせに」
「うるさいぞー」

トド松は新しいさくらんぼを口の中に入れぷちっと茎と切り離すと、茎のほうを私に寄越してきた。私もやれってか。

「お手並み拝見といこうかな」
「ふん、これくらい…」

馬鹿馬鹿しいと思ってはいたけど、売られた勝負は買う主義だ。なにより年齢イコール恋人いない歴の童貞に負けるわけにはいかない。


………。


………。



……………おかしい。




「あれー?どうしたの?あんなにバカにしてて、まさかできないの?」
「………」
「ちょっと!無言で吐き出さないで!」

きゃんきゃんとうるさい末弟は、すでに結んだ茎を3つも作り机に並べていた。うち1つは一本の茎に2つも結び目がある上級技で、とてもじゃないが真似できない。悔しそうな私をにやにやと見てトド松は勝ち誇った表情を浮かべた。

「ほんと色気ないよねー」
「……うるさい」
「こういうのって経験じゃなくてセンスだからさ。生まれ持ったモノっていうの?」
「………」
「あいちゃんがキス下手だってわかっただけだったね。あはは」

ぷちん、と何かが切れた。

ワイシャツの胸倉を掴んで生意気な顔を引き寄せる。口角がキュッと上がった、完璧に保湿された薄ピンクの唇が目の前だ。迷わず自分の唇を押し付けた。

「んっ!むぐ…」

息継ぎもわからずだらしなく開いた口に、舌を滑り込ませる。
甘酸っぱくて、熱い。
口の中に残ったさくらんぼの種を見つけ、舌で口中を転がしてやるとトド松は顔を真っ赤にして肩を震わした。ぎゅっと瞑ったままの瞳は何かに耐えているようで、しかし嫌がってはいないことは私の背中に回された腕が証明している。

そっと唇を離した。繋がった涎がぷちんと切れる。

「どう?下手だった?」

とろんとした目で私を見るトド松は、いまだ状況に頭がついていかないのか酸素を取り入れることに必死になっている。半開きの口元がいやらしい。
口の端に垂れた涎を舐めてやると、泣きそうな顔で睨んできた。

「あいちゃんのばか…」

真っ赤な顔がさくらんぼみたいだ。
さて、この後どうしよう。



アンケートより
160321

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