一松とコンビニ


もぞもぞと衣擦れが煩い。全く今何時だと思ってるんだ。トイレならさっさと行ってくれ。抗議の意味を込めてお腹に回った腕を小突いた。
壁と私の背中に挟まれて眠る一松は、さっきから何度も身じろぎをしてはうんうん唸っている。耳元でずっとやられたんじゃさすがに目が覚めてしまう。充電に繋ぎっぱなしのスマホを引っ張って時計を見た。午前三時半を回ったところ。どうりでまだ暗いわけだ。

「あい起きた?」
「つーか起こされた」
「やばい」
「なにが」
「腹減って死にそう」

不眠の原因は意外な理由だった。

「夕飯ちゃんと食べないからでしょ」
「だってそんときは腹いっぱいだったんだもん」
「子どもか」
「ねぇどうしよ」
「えー。いま冷蔵庫の中なんもないよ」

残り物の野菜を全部使って作ったカレーをちょうど今日食べ切ったところだった。ほかにもお腹の膨れそうな食事らしい食事はこの家にはない。

「あと三時間くらいしたらファミレス開くから。それまで我慢しなよ」

てきとうに言いくるめてさっさと二度寝にしけ込もう。そう思ったのだけど当の一松はなかなか引かなかった。

「いや無理。ホントにやばい」
「大袈裟な」
「お前が思ってる空腹を5としたら今の俺の空腹度は120は行ってる」
「それはやばいね」
「でしょ。そうと決まればコンビニ行こう」
「うん。……うん?」

この時間から?まさか。









「あっペヤング激辛あるじゃん〜」
「げ。そんなん買うの」
「どうせ会計一松持ちでしょ?冒険しなきゃね」

盛大に舌打ちされたけど、なんだかんだ言って一松はこういうとき買ってくれるということを私は知っている。というかこんな時間にコンビニに付き合わされたんだからこれくらいの見返りはないと困る。
一松が弁当コーナーを物色してる間に新作のチョコやアイスをいくつかカゴに突っ込み、あとは雑誌を立ち読みして待つことにした。時間が時間なだけあって他の客はいなく、レジはすぐ終わった。
店を出てすぐ、ひとつだけ別に渡された小さい袋をなにやらがさがさしている。四角い紙に挟まったそれは、袋から取り出すとたっぷりと白い湯気を立てた。紙を広げてまん丸い皮を真ん中から二つに割る。一層濃い湯気と共に中に詰まっていた肉のあんが姿を表した。
一松は割ったうちの片方にかぶりつくと、紙に包まれたほうをこっちに差し出した。

「くれるの?」
「ん」
「わぁ、ありが…ちょっと」

手を伸ばしたタイミングでひょい、と上に持ち上げられてしまう。だから、子供かって。

「 “どうか肉まんをください一松様” 」
「………」
「 “お口にください” 」
「………」
「おらどうした。言えよ」
「そういうのはトト子ちゃんに頼めば」
「トト子ちゃんに頼めるわけないだろう。ふざけんな」
「こっちがふざけんなだよ」

恋人をなんだと思ってるんだ。
私が冷ややかな目で見ていると、それが良かったのかしぶしぶ肉まんを渡してくれた。
肉汁がたっぷり染み込んだもちもちの皮に、ジューシーなおにく。竹の子の食感もアクセントになって楽しい。美味しい物が口に入ってると信号待ちも短く感じた。

明け方の駅前は車通りが少ない。がらんとした交差点は昼間より風の通りが良いような気がした。

「…さむ」

部屋着にパーカーを羽織っただけは薄着すぎたかもしれない。

「豚のくせに」
「豚じゃないし」

一松と付き合いの長い私は、遠慮がちにひらひらする左手を見逃さなかった。いつもポケットに入ってる左手はときどきこうやって外に出てきては私を誘うのだ。気づかれないとへこむくせに。もっとわかりやすくすればいいのに。
そっと手を重ねると、待っていたかのように指が絡まる。男にしては柔らかくて、でも指先は骨ばってて。そしていつ触っても一松の手は暖かかった。

「ふふ」
「…なに」
「んー?なんでも?」
「うっざ」

思わず緩んでしまう口元に一松は呆れ顔だった。
そろそろ日が登る。たまにはこんな早起きも悪くないなんて、ゲンキンにも程がある。




150314

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