06
もうすぐ試合なんだ、と黄瀬くんが話していたのを思い出した。
なるほど。 そういうわけで、こんな遅い時間にも関わらず、前方をジャージ姿の紫色の頭が歩いているんだ。
今日は由紀子の家でお泊り会をする予定だった。学校が終わってから一度家に帰って、荷物をまとめて、由紀子の家に向かった。 その途中、学校の通学路にもなっている住宅街を通り抜けようとすると、遥か前方を紫原くんが歩いていた。 ゆっくりゆっくり歩く彼は、普段のんびりしていることを差し引いても、長い練習で疲れているんだろうなと思った。
紫原くんの長めの髪は、点灯したばかりのオレンジ色の街灯に照らされてきらきらしていた。目を奪うその綺麗な色に、話かけようと踏み出した足が思わずためらわれる。
しかし前を歩く彼は、私の葛藤など知りもしないといったふうに、何の前触れもなく後ろを振り返った。
「わ、ばれちゃった」
「…ばれるし。なんで声かけないの」
「えっと、その、疲れてそうだったから…」
半分ほんとで、半分うそ。後ろ姿をじっと見ていたなんて、絶対に言えない。 紫原くんは私が隣に追いつくのを待って、ゆっくり歩みを再開した。
「みゆちんはどうしたの」
「友達の家でこれからお泊り会なんだ」
肩にかけた大きめの鞄を見せると、紫原くんは、へぇーといつものように頷いた。
「紫原くんこそ、こんな遅くまですごいね。部活でしょ?」
「んーまぁ。もうすぐ試合だし」
そう言って口に入っていたものを飲み込むと、エナメルバッグのポケットからまた新しいお菓子を出してきて、さくさく食べ始めた。
「来週なんだけど」
「そっかぁ。高総体もう始まってるんだもんね」
「……」
「頑張ってね」
「来週の土曜なんだけど」
「うん」
「11時から」
「うん」
「総合体育館で」
「うん?」
やけに詳しく教えてくれたけど、ええと…これはもしかして、
「見に、行ってもいいの…?」
「…別に。どっちでもいーけど」
口調がいつも以上にぶっきらぼうになってお菓子の咀嚼音が段々と速くなる。何か機嫌を損ねるようなこと言ったかな、と心配になったけど、それは杞憂だったみたいだ。落ち着かない様子で目線を泳がせる彼を見て、なんとなくわかった。どうやらこれは照れ隠しらしい。
「見に行くよ。ぜったい行く」
紫原くんは、しかし満更でもなさそうに、ふーん、と言うと再び新しいお菓子を頬張った。
「じゃあまぁ、頑張ろうかなー」
由紀子の家を通り過ぎてたことに気づいたのは、紫原くんの住む寮の前まで来たときだった。
ヘリオトロープ 130430
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