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高総体が間近に迫ったある日、全校生徒が体育館に集められた。出場する選手たちの壮行会をやるらしい。高校に入学したばかりだというのに、運動部の人たちって大変。
教室清掃が比較的早く終わった私は、同じクラスの由希子と一緒にまだ人が疎らな体育館へと向かっていた。

すると体育館の入口に差し掛かったところで、床にチロルチョコが落ちているのに気づいた。
拾いあげてみると表面には黒いロゴで、ブラックサンダー味と書かれている。
チョコレート味のチョコレートってどうなの。


「みゆ?なにそれ」

「んーチョコ?」

「えっ食べるの?」

「まさか」


このまま落としてても踏まれちゃうし、拾っといて後で落し物ボックスに放り込んでおけばいいか、なんて。ほんの気まぐれでそれをポケットにしまった。




それから始まった高総体の壮行会は、校長先生の話から始まりそれぞれの部の部長なりキャプテンなりが挨拶していくといった変哲のないものだった。


が、バスケ部の挨拶が始まった途端、お喋りムードだった生徒たちが一段とざわついた。後ろのほうから聞こえた「でけー」と言う声に、バスケ部なんだからでかいに決まってんじゃん、と顔を上げたら、‥‥ほんとにでかかった。誰が、といより全体的に。
その中でも一人だけ飛び抜けた人がいて、生徒たちの視線を集めていた。見たことないし、3年生だろうか。どっちにしろこの時期に試合に出る人なんて、2年生か3年生に違いないか。

そういえばこの高校はバスケの強豪校だったことを思い出す。
何かに秀でた人ってやっぱりきらきらしている。バスケ部の人たちを見て、そう思った。













壮行会が終わり、由希子は他クラスにいる彼氏に会いに行ってしまった。たしか中学の頃から付き合ってた……ナントカ君。
由希子はモテるから、すぐまた告白とかされるんだろうなぁ。
ナントカ君も気が気じゃないだろう。

ぼんやりと友人の彼氏の心配をしていると、ブレザーのポケットに入ったスマホが着信を伝えた。やばい、マナーモードにするの忘れてた。
慌ててスマホを取り出すと、同時にさっき拾ったチロルチョコが勢いよくポケットから飛び出した。

小さな黒いパッケージは掃除したばかりのつるつるの廊下を滑っていき、前から来た男子生徒の足にぶつかって止まった。


「ありがと、う…」


慌てて駆け寄って、チョコを拾いあげてくれた男の子にお礼を言おうとした。…ら、息が止まりそうになった。

なんせ、この辺りに顔があるだろうなと想定して上げた目線の高さには、ワイシャツの第三ボタンがあったのだから。
つまり、目の前に立っている彼の身長がものすごく大きいということだ。それはもう、天井に付きそう、っていうのが比喩に聞こえない程度には。
そして視線の先を上方に軌道修正して顔を見たら、もっと驚いた。
彼は、あの、バスケ部にいた一際大きい人だった。


大きい人は拾ったチョコをじっと見つめると、自分のブレザーのポケットを探り出し手の平サイズの袋を取り出した。あの、チロルが10個くらい入って売ってるやつ。


「おそろいだー」


チロルの袋を私の目線の高さに持ってきて、大きい人は言った。
一瞬何のことかわからなかったが、パッケージのロゴをみて合点がいった。
そう、私が落としたのと同じブラックサンダー味。


「ね?」


大きい人は首を傾げて返事を急かすように続けた。小さい子供が自分の発見をお母さんに報告するような、そんな口調。
見た目の印象より随分と柔らかい話し方に、些か拍子抜けしてしまった。

「え、と…」

呆気に取られていると、後ろから大声が聞こえて大きい人は振り返った。名前を呼ばれたらしい。すると彼は私にチョコを返してそのまま行ってしまった。
あまりにも一瞬の出来事に頭が事態を処理し切れず、ただただ立ち尽くしていた。


「みゆ!」


背後から聞こえた由希子の高い声によって現実に引き戻された。彼女は大きな目をさらに大きくして、遠くなった大きな背中を目で追っていた。


「知り合いなの?」

「ぜ、全然…」


入学してまだ数週間。高校はわからないことが多過ぎる。





青くて四角い春
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