ナマエとの出会いは、席替えだった。
今までクラスは同じだけど喋ったことなどなく、顔と名前がぎりぎり一致するレベルの存在だったのだが、席が隣になってからは必然的に関わりも増えるようになって。
教科書を見せてやったり、シャー芯をあげたり、当てられたときに答え教えてやったり、といったありがちなご近所付き合いを経て、ただの背景の一部だったナマエの地位は、よく視界に入ってくる生徒Bくらいに昇格した。
…あんま上がってないか。
「ねぇねぇ、席交換しない?」
「え、私?」
ナマエの第一印象は、一言でいうなら、「可哀相な奴」だった。
くじ引きでオレの隣、すなわち一番後ろの窓際の隣、というなかなかのポジションを得たナマエだったが、持ち前の人の良さから、前の席を引き当てた女子から交換をせがまれていた。
「ナマエ目悪かったよね。だから前のほういいんじゃない?」
「でも、いちばん前かぁ…」
「黒板とか見えなくない?ここ」
「たしかに」
「ノートとるとき絶対苦労するって」
「そうかも…でもマユミちゃんは大丈夫なの?」
「うん、私は視力いいから気にしないでよ」
「ほんと?優しいんだね」
本気で言ってんのか、こいつ。と思った。
ここまでさらりと厭味を言うなんて、なかなかの奴なんじゃないかと自分のことは棚上げで感心したのだ。
しかし隣を盗み見ると、当の本人は清々しいほどの笑顔を浮かべていた。
そこで初めてオレはナマエの顔を認識することになる。
その笑顔は、まさに純粋そのもの、という感じだった。
「ありがとうマユミちゃん」
それがなんだかすごくカンに障った。どこが悪いかといえば悪いとこなんてないし、むしろ道徳の教科書にでも出れるのではと思うほどだ。
だけど悪意を向けられてるのに、それに気づかずへらへらしてるこいつに無性に腹が立ったのだ。
「じゃあナマエ、席交換…」
「必要ないんじゃないかな」
二人の揉め事に思わず首を突っ込んだのも、全てこいつが悪いのだ。
「見えなかったらオレがノート見せるし」
「花宮くん?」
こいつがオレを苛立たせたから。
「ね、いいでしょ。ミョウジさん」
「えっ。う、うん?」
「じゃあ解決。席交換する必要ないね」
自分でもちょっと引くくらいの薄ら寒い笑顔でそう締めくくると、マユミちゃんとやらは顔全体に不満の色を浮かべながらも、大人しく一番前の席に戻っていった。
ああいうタイプは普通に嫌いだ。からかってみようとも思わない。
じゃあどんなタイプをからかいたいかっていうと、そうだな。
「ミョウジさんってさ、」
さっきマユミちゃんに向けたのと同じ笑顔を貼付けたまま、オレはナマエに向き直った。
「見てるとイライラするって言われない?」
「…え」
どんな反応をするだろう。興味があった。
泣きそうな顔で黙り込むだろうか、それとも力なく愛想笑いするだろうか。
ナマエがどうやってオレを楽しませてくれるのかをあれこれ考えたら、自然と口角が上がっていくのがわかった。
するとナマエは、大きな目をさらに大きくしてオレのほうに身を乗り出した。
「それすごくよく言われる。どうしてわかったの?」
「は…?」
例えるなら、前髪をちょっとだけ切った次の日に、それに気づいてもらえたときみたいな、そんな笑顔。そしてナマエは、尊敬とか驚きとかが合わさったような眼差しをオレに向けると、こう言った。
「すごいね、花宮くんって」
オレ、こいつ苦手だ。
そう直感したのも、たしかこの日のことだった。
130407