お昼時は多くの人で賑わうこの甘味屋も、夕方になると比較的客足も落ち着いてくる。端っこの卓に腰かけておばちゃん特製の黒豆茶をすする。
外の喧騒から離れて、静かな店内はゆっくりと時間が流れているような気がする。目をつむって、表を歩く人たちの話し声や売り込みをする威勢のいいお兄さんの声を聞いていると、自然と意識がふわふわして…


「っ痛!」


おでこに激痛が走った。持っていた湯呑みを落としそうになり慌てて握り直す。

「なにさぼってんでィ」
「うわっ」

さわさわと波打つ黒豆茶から視線を上げると、あの嫌なお客が目の前に立っていた。

「客に対して、うわっはねぇだろ」
「だって、急に…!」
「呼んでも気づかないからでさァ」

彼の話では、何度呼んでも私が瞑想の世界から戻ってこず、最終的に真ん前まで近づいても私が気づかなかったため、こんなことになったとか。だからって客が店員にデコピンしていい理由にはならない。でも勤務中にうとうとしてた私が言えることではないから黙っていた。

「え…と、いらっしゃいませ」
「おせぇよ」
「あ、ただいまお茶お持ちします」

はっと我に返って本来の自分の業務に戻る。私の仕事はうたた寝することでも、嫌な客と無駄話をすることでもないんだ。

「つーか喉渇いた」
「はい、玄米茶と黒豆茶どちらに」
「あ、これでいいや」
「え、ちょっ、それ…」

あろうことか奴は、私が三分の一ほど口を付けた湯呑みを奪うとそれを一気飲みした。

「それ私が飲んでたやつ…」
「見りゃわからぁ」
「……」
「あんま腹減ってないから団子だけでいいや」
「…かしこまりました」
「みたらしとー、ずんだな」

腹減ってないなら来なくていいです。とかはさすがに言えなかったけど、いつも振り撒く営業スマイルがないことから察してほしい。私はあなたがニガテです。

「あと玄米茶たのまァ」
「…ただいま」

ほんとに今日は運が悪い。この時間にお客が入ること自体珍しいのに、よりによって珍しく来た客がこの人なんて。
お団子とお茶をお客さんのところに持っていき、私はまた厨房の柱に傷を増やしていた。がりがりがり、私の心の傷を表しているかのように柱の汚れが削れていく。

私が柱削りに没頭していると、表の戸が開く音がした。またお客さんか、と出ていこうとすると、なにやら話し声が。なんだ、あの人の連れか。

「てめぇ巡回中に上司撒くとはいい度胸じゃねぇか」
「いらっしゃいま…えっ?」

どう見ても顔見知りだが、雰囲気から察するに、連れではなさそうだ。こんな険悪な連れ合いを私は見たことがない。

「だめですよ、土方さん。いい歳して迷子になっちゃあ」
「あぁ、悪ィ。そうだよなこの歳で…ってお前だよふざけんな」

ノリつっこみした。ノリつっこみしたよ、この人。

「おら、行くぞ。さっき近藤さん見かけたから連れ戻さなきゃなんねぇ」
「まはへーはんほほへふは?」
「いいから早く食い終われ。むしろ喉に詰まらせろ」
「ははひはひはしね土方」
「聞こえてんだよ!」
「あの…」

なんだか愉快なやり取りだが、このまま見ているわけにも行かない。この人の勢いだと、代金未払いのままお客さんを引っ張っていきそうだ。

「あぁ?」

やっと私の存在に気づいたらしい上司は、私に親でも殺されたのかというほど恐い顔で振り返った。部下が部下なら上司も上司だ。

「ほら怯えてるじゃねぇですか。土方さん睨むから」
「別に睨んでねぇよ」
「すいやせん、会計」
「あっ、はい」
「ほら土方さん、行きますぜ」
「おい、元はと言えばおまえが…」
「ごちそーさんでしたー」

あの目が合っただけで人を殺しそうな上司をあしらって、お客さんは颯爽とのれんの向こうに消えていった。

「ありがとうございました…」

なんだかどっと疲れが襲ってきた。あの人の職場どうなってんだろう。
そして使った皿を片付けながら、気づいた。
あいつもさぼってんじゃん。






130920
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