「お前さ、大丈夫なのか」
「何がですか」
「下宿とはいえ男とひとつ屋根の下って、体裁悪くねぇか」

呑み歩きから帰ってきた十四郎さんにお水を用意していると、彼は突然こんなことを言い出した。

「ものすっごい今さらですね…しかもそれを十四郎さんが言うとか」

珍しく節操のある発言に異常な違和感。酔ってると逆に理性的になるとか、倒錯もいいとこだ。

「おあいにくさま、私の身を案じてくれるような男性はいませんから平気ですよー」
「だろうな」
「だろうなってなんですか」
「そういう感じしねぇもん、見てて」
「うわああ…滲み出てるの…」
「まぁそれなら、」

水の入ったコップをテーブルに置くと、ソファに座っていた十四郎さんが私の腰を抱き寄せた。

「誰にも文句言われる筋合いねぇな、お前に何しても」

バランスを崩してソファに、というか十四郎さんの身体に倒れ込んでしまった。…えっと急に何言い出すのかな、このひと。私のそんな当惑も見て見ぬフリで、十四郎さんは私の髪をひと撫ですると唇の輪郭を焦らすようになぞった。その余りの慣れた手つきに、なぜか心臓のあたりがざわっとした。

「私が文句言うって可能性は考えないんですか」
「あ?だっておめー、嫌じゃないだろ?」

そう言うと十四郎さんは、今までにないくらいの良い笑顔で私の背中をソファに押し付けた。








恋せども乞いせども
第八話








とりあえず、前言撤回。誰?十四郎さんは酔うと理性的になるなんて言ったの。知ってる、私だよね!

現在、私の視界に見えてるのは古ぼけた木造の天井と、瞳を欲に染めた十四郎さんの顔のみ。時々首筋にかかる吐息がくすぐったい。てか、めちゃくちゃお酒臭い。

「あの、退いてください。重いです」

迂闊だった。内容はともかく普通に会話が成立してたから、てっきりあんまり酔ってないのだと思ってた。ここまで理性がぶっ飛んでるなんて。彼は酔いが表に出ないタイプだったらしい。十四郎さんは私のパジャマの裾をもどかしそうにめくると、お腹の辺りを直接撫でた。触られた手から彼の火照った身体を直に感じて、私まで頭がぼーっとしてくる。

「なぁ、指入れていい?」

私のパジャマのズボンに大きな手が滑り込んできて、長い指が下着のゴムの上をいったりきたりする。素面の顔してこんなことするもんだからもうドン引きだ。

「……どこに」
「どこって…んなの、」
「やっぱいいです言わないでください」

酔っ払いって怖い。セクハラが通常よりも大胆だし直接的になってるよ。下手に動くとガバっときそうで、抵抗もままならない。

「林田さんが起きたらどうするんですか」
「起きねーよ」
「その自信どっからくるの…」

林田さんに見つかるよ作戦失敗。同居人に見られるという超絶気まずい状況を持ち出して、十四郎さんの常識に訴えかけようとしたけど…だめだった。すると私が大人しいのをいいことに、今まで下着のゴムを弄ってた十四郎さんの手がパジャマのズボンをずり下げた。

「え、ちょっ…ほんとまずいってば、やっ」

下着に指がかけられ、私が本格的に殴る体勢をとった途端、十四郎さんの顔が私の首筋に埋められた。

「…あれ、十四郎さん…?」

まさか。

私の顔のすぐ傍から至極気持ち良さそうな寝息が聞こえる。お腹を這い回っていた手は、だらんと力を無くしてソファの上に落ちた。

「寝て…る…?」







外から聞こえる小鳥のさえずりも爽やかな朝六時半。

「おーなまえか、はよ」
「……」
「あー頭いてー」
「……」

ばりばりと頭を掻きむしって顔をしかめる十四郎さん。と、目の下にばっちりクマをつくった私。

「んだよ、何か言えよ」
「…覚えてないんですか」
「なにがだよ」

…信じらんない。やっぱり全然覚えてなかった。
十四郎さんは、むしろ私がわけわかんないこと言ってるみたいな目で見てきた。私の計画では、昨日の暴挙を恥じた十四郎さんが私に一生頭上がんなくなる展開を期待してたのに、現実はこうも残酷だった。

「本当になんっにも覚えてないんですか?」
「だから何がだって」
「昨日の夜のことですよ」
「昨夜?……あ、ちょっと待て。なんかキてる」
「ほんとですか?思い出しそう?」
「この辺までキてるわ、この辺まで」

自分の喉元を指して言う十四郎さん。おお、もう一息。

「十四郎さん頑張ってくださいよ!」
「あー、キたキた、…っう」
「え、ちょっと!?」
「無理…う、出る…」
「そっち!?早く洗面所!」

ここ(私の部屋の前)で吐かれちゃ堪んない。十四郎さんの腕を掴んで洗面所までダッシュだ。途中の廊下ですれ違った林田さんが「あんたたち、ほんと仲良いわね」と笑った。
昨晩は違う意味で仲良くなるとこだったのに、一晩明ければこのザマだ。十四郎さんって酔うといつもああなのかな。だとしたら職場の女の人は無事に済んでるのだろうか。飲み会とかあるだろうに、心配。十四郎さんのげほげほむせる声をBGMに、見たこともない同僚の女性の身を案じてみたりした。





130224
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