「よう、なまえ」
「……おはようございます。十四郎さん」


朝から怖いものを見てしまった。

洗面所を出たところで、顔を洗いに来たお兄さんとすれ違った。その時の凶悪な顔といったらもう…すれ違いざまに刺されるかと思った。
彼は朝が苦手らしい。


眠気まなこで自室に戻ると、戸を開けた瞬間、煙草の煙が鼻腔を刺激した。

「……部屋間違った」

すぐ戸を閉めればよかったのだけど、部屋中の見慣れない物に思わず目を奪われる。壁に掛かった着流し、机に置かれた吸い殻と焼酎、床に散らばる月刊マガジン、枕元に置かれたマヨネーズ。……マヨネーズ?

「おい」

振り返ると、先程より数倍殺気を増したお兄さんが私を見下ろしていた。

「テメェ、何してんだ」
「えっと、あの、その、」


「……私も…マガジン派、です」








恋せども乞いせども
第四話








ごとんごとん

洗濯機はせっせと働いている。
君は働き者だね。私は働き者じゃないから仕事休みたいよ。さっきなんて、仕事に行くどころか生命の存続すら危ぶまれたよ。十四郎さんあんなに怒ることないのにねぇ。

ぐるぐる回る水面を見ていたら、視界の中央に、真っ黒い塊が飛び込んできた。振り向くと、洗濯機に靴下を投げ入れた十四郎さんが私の顔を睨んでいた。

「…お前、大丈夫か?」
「なにがですか。心のほうならさっき誰かさんに怒鳴られたせいでずたずたですけど」
「じゃなくて、頭のほう。洗濯機に話しかけるとか、お前もそうとう追い詰められてたんだな」

なんか悪かったよ、さっきは怒りすぎて

心から申し訳なさそうに謝られた。これは本気のやつだ。本気で可哀相な子を見る目だ。ちがいますよ、私は可哀想な子じゃないですよ、ほんとですよ。

「十四郎さんが洗濯してくれないからですよ」
「俺のせいかよ」
「本当は昨日の夜に洗濯するはずだったのに、寝ちゃうから」

だから私が出勤前にこうやって洗濯機と会話するはめに。

「当番表見なかったんですか?昨日の洗濯係は十四郎さんですよ」
「…ここそういうシステムなのか」
「最初に説明受けた筈ですけど」
「あー…なんかそんなこといってたような」

この人、知らないふりで通すつもりだな…そうはさせないぞ。私がここまで病んだのも十四郎さんのせいなんだから!

…間違った。私は病んでなんかない。病んでなんかないんだ。とにかく早い所この仕事を押し付けて、私は会社におさらばすることにしよう。れっつふらいあうぇー


「……じゃあこの洗濯物、十四郎さんに任せます」
「じゃあ、ってどういう流れだよ」
「脱水終わったんで、あと庭に持ってって干してください」
「…え、マジでか」
「私は仕事行くので!じゃっ」
「おい待てって」
「そうだ、洗濯物の取り残しがないようにお願いしますね。もっかい洗わなくちゃいけなくなるので」
「なまえちょっと待っ…!」





玄関のほうで戸が閉まる音がした。あいつ本当に行っちまいやがった。

「しゃあねー、やるか」

水を吸って重くなった衣類の塊を抱え、カゴに突っ込む。…俺、なにやってんだろう。
一抹の虚しさを感じないわけではなかったが、なまえに言われた通り、取り残しがないか洗濯機の底を覗き込む。

すると目に入ってきたのは、薄水色のレースで彩られたブラジャー。つまみあげると、雫がレースを伝って指を濡らした

「あいつ、意外と……」

タグに書かれたアルファベットを、俺は一生忘れない
…と思う。たまには洗濯も悪くない。











……まてよ、コレどっちのだ
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