記憶が…ない。朝起きると見慣れた天井にいつものせんべい布団。なんらおかしいことはないのだけど、昨日の夜同僚と飲んだ後の記憶がない。どうやってここまで帰ってきたっけ?二軒目の焼き鳥屋に入って、その後は…?
頭の中に浮かんでは消える疑問をかき消すように、掛け布団が大きく揺れた。そして布団の中が、妙に暖かいことに気づく。

「…なんでいるの」

十四郎さんだった。
大きな体を窮屈そうに縮めて、布団の足元のほうで丸くなっている。二日酔いで痛む頭がさらにずきずきといい出した。これから仕事なのに…。

「起きてください」
「んー…」
「なんで私の部屋にいるんですか」

無理矢理布団を剥がそうとすると、端っこを掴んで抵抗される。強情な子供だ。でも寝起きの力なんてたかが知れたもの。ぐいぐい引っ張るとすぐに布団は取り返せた。

「チッ」
「ほらいい加減起きて」

すると空を掴んだ手が私の足首に伸びてきた。油断していた私はあっけなく引きずられてしまう。
ぐい、と近づけられた顔。寝起きで髪ぼさぼさのくせに、それなりに決まってて、なんか悔しい。十四郎さんはずるい。

「……」
「今度はなに」
「おはようのキスは」
「…ば、馬鹿じゃないですか」
「するかよ、バーカ」

くつくつと笑って、十四郎さんは立ち上がった。さっきまで寝ぼけてたのが嘘みたいだ。

「お前も早く支度しろよー」
「ちょ、待ってください。なんで一緒に寝てたかの説明は」
「あ?お前運んだら部屋戻るの面倒になったんだよ」

わけのわからない説明も、ここまで開き直られると危うく納得しそうになる。いやいや、おかしいでしょ。

「悪酔いしてたお前をちゃんと家まで送ってやったんだ。感謝しろよ」
「ちゃんと…?本当に何もしてないでしょうね」
「あぁ、ほぼ」
「ほぼってなんですか!」
「うるせぇな。ちょっと触るくらいいいだろうが」
「よくない!ちょっとってどれ位ですか?ていうか、どこを?」
「今日の朝メシは鮭か〜」
「話逸らすの下手!!」

私の追求を無視して、十四郎さんは洗面所へ続く廊下へ消えていった。あんまり騒ぐと林田さんに聞こえてしまう。同じ部屋で一晩過ごしたなんけバレたらそれこそここにいられなくなるだろう。私は泣き寝入りするしかなかった。

朝食もそこそこに会社へ向かう。正直、今朝のもやもやのせいで全然食べた気なんてしなかった。脂の乗った塩鮭も、林田さん得意の赤味噌の味噌汁も。全部あの人のせいだ。






130511
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テーマ「人外ファンタジー」
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