少し遅めの夕食を終えて食器を片付けると、食卓に取り残された一人分の茶碗。いつも三人で囲んでいる食卓に、この日なまえの姿はなかった。

「あいつまだ帰んねぇの?」
「たしかに遅いわねぇ。今日は早く帰るって言ってたのに」

どうせどこぞの居酒屋ででも酔い潰れてるんだろう。珍しくもない。

「心配ねぇ」
「すぐ帰って来るだろ」
「帰りに何かあったのかしら」
「バスで一本じゃねぇか。何があんだよ」

ばーさんは本気でなまえの身を心配してるというより、何か他の思惑がありそうだった。にやにやと俺の顔を覗き見て、大袈裟に心配するそぶりをみせては同意を求めてくる。

「ねぇ、土方くんちょっと見に行ってみてくれない?」
「は…?」
「ほら、これなまえちゃんの携帯番号。登録しときな」
「いや、まだ行くって言ってな」
「いってらっしゃい!」








恋せども乞いせども
第九話









半ば強制的に外に追いやられて、寒空の下立ちすくむ。あいつどこで飲んでんだ。全く検討もつかない。いくら数が少ないとはいえ、飲み屋街の居酒屋を片っ端から探すのは骨が折れるし。どうせ出ないだろうと諦め半分で、聞いたばかりのなまえの番号に発信した。

『…』

しばらく粘るとコールが止み、沈黙。なんだこいつ寝ぼけてんのか。

「あーもしもし、なまえお前どこいんだ」
『…』
「おい、なまえ、」
『…どちら様でしょうか』

聞こえてきたのはべろんべろんのなまえの声…ではなく、聞き覚えのない男の声。

「あ?てめーこそ誰だよ」
『そちらから名乗るべきじゃないですか。この番号、登録されてませんよね』

警戒心剥き出しの声色に途中携帯を叩き切りたい衝動に駆られたが、なんとか平静を保った。(いや、あんまり保ててないか)

「一緒の下宿に住んでんだよ。大家が心配してっから迎えに来た」
『……5丁目の焼き鳥屋にいま、』

それだけ聞いたらあとは通話を切った。これだけの対話でも、電話の主が不愉快極まりない野郎だということがありありとわかった。つーか誰だよ。くそ、部屋から刀持ってくりゃよかったな。







▼△







言われた焼き鳥屋に着くと、柱の影になって入口からは見えないカウンター席に、なまえを見つけた。隣にはさっきの電話の主と思われる若い男もいる。

「……。」
「あなたですか、さっきの電話。早かったですね」

ぱりっとしたスーツにややネクタイを緩めた、なまえと年頃を同じくした男は、俺を一瞥すると再びなまえのほうに視線を戻した。

「…何やってんだよ」

男に身体を預けてすやすや眠るなまえを見ると、朝家を出るときは一番上までぴっちり留められていたシャツのボタンが、今はみっつめまで開けられている。勿論犯人はこいつで、ボタンを開ける現場を現在進行形で目の当たりにしているわけだが。

「首苦しそうだったのでボタン外してあげてたんです」

表情を変えずに淡々と話すこいつは、空のグラスの数から察するになまえと同じ位飲んでいたのだろうが、全くそんな様子は感じさせない。

「ほー、酔って意識ない女の服を脱がして介抱してやってると。随分と紳士なこって」
「……」

何を勘違いしてんだか知らないが、妙な対抗心剥き出しで高圧的に話されては気分が良いものではない。こっちも自然と喧嘩腰になってしまうというものだ。

「…申し遅れました。みょうじさんと同じ職場で働かせてもらってます、斎藤です」
「土方」
「わざわざ来てもらって申し訳ないですけど土方サン、みょうじさんのことは僕が送って帰るので心配には及びません」
「おいおい、どの口が言うんだよ。お前見てたった今心配になったとこだ」
「それを言うなら僕のほうが心配です、みょうじさんがあなたみたいな方と寝食を共にしてるなんて。変な気でも起こすんじゃないかと」
「生憎こんなちんちくりんに変な気ぃ起こすほど飢えちゃいねぇよ」
「そうですか?ただの同居人の心配の仕方ではないように見えますけど」
「ハッ」

依然として二人の間には張り詰めた空気が流れる。こいつは自分の肩にかかったなまえの髪を掬うと、俺に見せつけるように優しく撫で始めた。

「みょうじさんって寝顔も可愛いですよね」
「そうか?こいつ寝るとき歯ぎしりうるせぇぞ」
「……」
「……」
「会議中に居眠りして僕にもたれ掛かってきたりして。お茶目っていうか」
「あと寝言で名前呼ばれたりな。夢にまで見てんのかよって。笑っちまうわ」
「……」
「……」

どうもこいつの言動はいちいち俺の神経を逆なでする。この男がもし真撰組に入ったら、一番隊に入隊させて即殉職させてやりたいと思った。寧ろ殉職する前に切腹を命じたいと思った。部下の職権濫用に普段から頭を痛めている俺だが、今日ばかりはこの権力を何事かに使えないかと思考を巡らせた。

しかし、二人の間に流れるピリピリした空気を知ってか知らずか、突然上がった間の抜けた声によってその場は一転した。

「あー十四郎さんだー!」

目を覚ましたなまえは俺を見つけるやいなや盛大に抱き着いてきた。突然のことにバランスを崩しかけたが、なんとか持ちこたえる。酔うと絡んでくるといううっとうしい癖が、今日ばかりはこの上なく好都合なことに思えた。そして驚いた顔の野郎に少しばかり優越感。

「迎え来てくれたの?」
「いや迎えっつーか…」
「やったー十四郎さんやさしー!」
「……まぁいいか。夕飯いらないときはちゃんと連絡しろよ。おら、帰んぞ」
「じゃあおんぶ」
「おー後でなー」
「斎藤くーんじゃあねー!また月曜日ー」

にこにこと手を振って俺に促されるまま席を立つなまえに、呆然と俺たちのやり取りを眺めるだけの斎藤。うん、なかなか気分がいい。刀持ってこなくても大丈夫だった。

「そういうこった。じゃーな、斎藤クン。」

よろけるなまえの肩をわざとらしい位に優しく抱き、勝ち誇った顔のままのれんをくぐった。そして居酒屋を出たところでふと我に返る。俺、なにやってんだ。

「…おい」
「んー?」
「アイツには気をつけろよ」
「アイツ?はしもっちゃんのこと?」
「誰だよそいつ、新キャラかよ。斎藤だ斎藤」
「えーどうゆうこと?」
「とにかく近づくな」
「どうしてよ」
「いいからお前は俺の言うこと聞いてりゃいいんだよ」
「なにそれーテイシュカンパク反対ー」
「うっせ」
「もう意味わかんなーい。これなら斎藤くんと飲んでればよかった」
「あ?今なんつった」
「なっんも〜」
「こいつ…」
「ねぇ十四郎さん、おんぶはー」
「誰がするか。歩け馬鹿」


やっぱり刀もってくりゃよかった。




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