「こうやって会うの久しぶりやな」

二人分の体が乗ったベッドがぎし、と音を立てて軋んだ。

「そうですね」

私はわざと顔を背けるようにそっけなく答える。どきどき煩い心臓の音をごまかすように、赤くなった頬を隠すように。

「なんやつれないなぁ。わしこんなに淋しがってるのにー」
「…本当ですか」
「見てわからん?」

でも私がこうして意地を張ってみたところで、主導権が彼にあるのは変わらない。

「なぁナマエ」

そう耳元で囁かれれば、もう彼の手中に堕ちたも同然。

「やらしいことしたいんやけど」

スカートの中に伸びてきた骨張った手に私が成す術など何もないのだ。
何と言おうと結局私がその気になるのを知ってるくせに、焦らすように太ももを撫でるだけなんてこの人は本当に意地が悪い。

「今日はえらい素直やな」
「嫌って言ってもするでしょ」
「はは、物分かりええ子は好きやで」
「都合いいの間違いじゃないですか」
「ほんま、ナマエちゃんは可愛ないなー」
「…知ってます」
「まぁ、ベッドの中では可愛いからええけど」

こんな私の悪態も、彼にとったら行為を盛り上げる材料くらいにしかならないのだろう。
事実、不満顔の私をベッドに押し倒す彼の表情は愉快そのものだ。

「……今吉さん、きらい」
「わしは好きやで」

そうゆうとこが、きらいなんですよ。
開きかけた唇の隙間に舌が捩込まれてきて、それ以上文句を言うことは許されなかった。
ぬるりとした熱い感触に目眩を覚えそうだ。涙の滲む瞳を薄く開くと彼と目が合って、思わず視線を逸らした。
それを合図に太ももを這っていた手が下着に触れて、羞恥とか期待とかが入り混じって段々と頭が麻痺していった。
いつの間にかブラウスのボタンは全て開けられて下着のホックは外されている。
性急すぎる行為のはずなのに身体の中心は十分すぎるくらい溶けていた。

「ん…っ、」
「っは、…これ邪魔やな」

今吉さんは眼鏡を外すと、上着を脱いでベッドの下に放った。さらさらと流れる前髪とか引き締まった腰とか、彼はあの達者な話術なんてなくても、私を惑わす術を十分持ち合わせているのだ。

「なに考えてるん?」
「…何だと思います?」

見とれてたなんて気づかれたくなくて、ちょっとばかりぶっきらぼうに答えた。そんなの彼の前では無意味だとわかってはいるけど。
こうでもしないと自分を保つことができないのだ。

「もっと激しくしてーって顔しとる」
「してな、…ぁ、やっ」
「やっぱ可愛えぇわ」

下着の隙間から入っていた指が引き抜かれかちゃかちゃとベルトを外す音がすれば、もうプライドなんて無いようなもの。
私は必死に彼の背中にしがみつくしかなくなるのだ。


















目を覚ますと、カーテンの隙間から薄明るい日差しが漏れてきて部屋全体を柔らかな光が包んでいた。
背中に感じた体温に、まどろんでいた意識が段々と鮮明になってくる。お腹に両手が回されていて、どうやら後ろから抱きしめられているらしい。時折うなじにかかる息がくすぐったい。起きてるときには絶対やらないくせに、私が眠った後にこんな甘えるようなことするなんて、ずるい。

身をよじって、静かに寝息を立てる今吉さんの顔を見上げる。
普段全く隙がない彼の、私だけに見せる無防備な姿がとても愛おしい。

「今吉さん、」

好き、ですよ。小さく呟けば首から上がぼわっと熱くなって、言葉にするだけなのにこんなに照れてしまう自分に呆れる。

起こさないようにと慎重に腕の中をすり抜けバスルームまで来ると、後ろからシーツの擦れる音がした。

まずい、起こしちゃった、と思ったのも束の間、「わしも好きやでー」と無遠慮なほどの大声が聞こえて、私は勢いよく浴室のドアを閉めた。
鏡に映った自分の顔は、可笑しくなるほど真っ赤だった。



あの独り言を聞かれてしまった。恥ずかしさでしばらくは顔を合わせたくない。できればこのまま着替えて家に帰ってしまいたいと思った。シャワーの勢いを無意味に強くしたり弱くしたりしながら、私はやり場のない羞恥をどうにかしようとあぐねていたのだが。


「一緒に入ってええ?ナマエちゃん」


直後、開いたドアから楽しそうににやつく今吉さんが現れることなんて、まだ私は知らないのだ。





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